学問空間

【お知らせ】teacup掲示板の閉鎖に伴い、リンク切れが大量に生じていますが、順次修正中です。

亀田俊和氏「足利尊氏─室町幕府を樹立した南北朝時代の覇者」(その1)

2021-08-22 | 山家浩樹氏『足利尊氏と足利直義』
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2021年 8月22日(日)10時57分49秒

最新の史料も紹介されている森茂暁氏の『足利尊氏』(角川選書、2017)を基礎にして、それと対比する形で自分の見解を述べて行こうと思ったのですが、「この武力騒乱が結果的に眠っていた尊氏の武門の棟梁としての統治権的支配権を目覚めさせたといえる」(p88)といった表現に窺われるように、森氏は未だに旧来の佐藤進一説の枠組みの中におられる研究者ですね。
また、森氏は、少なくとも私にはあまり重要と思えない論点にこだわったり、論理的一貫性を欠くように見えたり、その発想の基本的部分が理解しにくかったりして、どうにも私とは相性が良くなさそうです。

「後醍醐の怨霊を封じ込める物語は、そのまま室町幕府成立の物語へと昇華する」(by 森茂暁氏)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/48e121f2f56d2e0f61081b09423540bf

そこで、いったん仕切り直しをして、亀田俊和氏の「足利尊氏─室町幕府を樹立した南北朝時代の覇者」(『南北朝武将列伝 北朝編』所収、戎光祥出版、2021)に基づいて、当該期の大きな流れを掴んだ上で、私見を述べて行きたいと思います。(p179以下)

-------
一進一退の建武の戦乱

 建武二年(一三三五)七月頃、得宗北条高時の遺児時行が信濃国で挙兵し、関東地方に侵入した。中先代の乱である。直義がこれを迎え撃ったが、連戦連敗で時行に鎌倉を占領されてしまった。
 八月二日、尊氏は直義を救うために京都から出陣した。このとき尊氏が征夷大将軍と諸国惣追捕使への任命を希望したことが、武家政権樹立の意向表明とされることがある(実際に任命されたのは征東将軍)。しかし、征夷大将軍は政敵護良親王もかつて自称し、後醍醐に追認された官職である(ただし短期間で解任されている)。尊氏の要求は幕府を開く目的ではなく、単に反乱鎮圧を容易にするための権威付づけを求めたにすぎなかったと筆者は考えている。
 ともかく、三河国矢作宿(愛知県岡崎市)で直義と合流した尊氏は、東海道各地で時行軍を撃破し、十九日に鎌倉を奪回した。この功で、尊氏は従二位に昇進した。また、十月中旬頃に尊氏は、建武二年内裏千首の歌を朝廷に提出している。この時期までは、尊氏と後醍醐の関係はきわめて良好であった。
-------

いったん、ここで切ります。
「尊氏が征夷大将軍と諸国惣追捕使への任命を希望」は『神皇正統記』の記述に基づいていますね。
この点、『太平記』では尊氏は征夷大将軍任官と「東八ヶ国の管領」の二つを要求し、後醍醐は前者は拒否、後者は許可したとしていますが、『梅松論』では尊氏は東下の勅許を求めただけで何も要求していません。
その他、諸史料の尊氏東下に関する記述については、下記投稿で『大日本史料 第六編之二』の記事を引用しています。

西源院本『太平記』に描かれた青野原合戦(その5)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/c570eabc77c671779a06556b40320714

次いで、「十月中旬頃に尊氏は、建武二年内裏千首の歌を朝廷に提出している」は井上宗雄氏『中世歌壇史の研究 南北朝期』の、

-------
 ところで、新千載六二六・一七八三によると「建武二年内裏の千首の歌の折しも東に侍りけるに題を給はりて詠みて奉ける歌に、氷 等持院贈左大臣〔尊氏〕」とあり、この千首歌の折に尊氏は関東にいたのである。建武二年前半の尊氏の動向ははっきりわからないが、仮にこの東下を八月二日以降のものとしたら、この千首もそれ以後に行われた事になる。十月中旬、中院具光が勅使として関東に下るのであるが、それに付して奉ったのであろうか。

https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/0bf06ecacd790d39d7e14f7740533296

という見解に基づく推論と思われます。
従来、歴史研究者は国文学、というか井上宗雄氏の歌壇史研究の成果をあまり参照して来なかったので、尊氏と後醍醐の関係の分析にこうした視点が取り入れられている点は新鮮ですね。
ただ、尊氏が「建武二年内裏千首」に歌を寄せた時期が「十月中旬頃」かは確実な史料で裏付けられる訳ではなく、井上氏もあまり自信がなさそうな書き方ですね。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「この日〔建武二年九月二七... | トップ | 亀田俊和氏「足利尊氏─室町幕... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

山家浩樹氏『足利尊氏と足利直義』」カテゴリの最新記事