学問空間

『承久記』『五代帝王物語』『とはずがたり』『増鏡』『太平記』『梅松論』等を素材として中世史と中世文学の中間領域を研究。

流布本も読んでみる。(その86)─『六代勝事記』・『吾妻鏡』との関係

2023-08-05 | 長村祥知『中世公武関係と承久の乱』
『六代勝事記』については長村祥知氏に「『六代勝事記』の歴史思想─承久の乱と帝徳批判─」(『中世公武関係と承久の乱』所収)という論文があり、後日、少し検討したいと思っています。
流布本が『六代勝事記』を参照していると思われる部分についても、後日の参照の便宜を考えて、長村論文から引用させてもらいます。(p272以下)

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 抑、時の人うたがひていはく、『我国はもとより神国也。人王の位をつぐ、すでに天照太神の皇孫也。何によりてか三帝一時に遠流のはぢある。……本朝いかなれば名ををしみ恩を報ずる臣すくなからん。……壮士なんぞ兵法にたへざる』となり。
 心有人答ていはく、『臣の不忠はまことに国のはぢなれ共、宝祚長短はかならず政の善悪によれり。憲宗は人のつひえをいたはりて、五載まで驪宮のちかきにみゆきせず。玄宗は人のうらみをさとらずして、一天みだれて、蜀山のはげしきにさまよひ給き。帝範に二の徳あり。知人と撫民と也。知人とは、太平の功は一人の略にあらず。君ありて臣なきは、春秋にそしれるいひなり。撫民とは、民は君の体也。体のいたむ時に、その御身またい事えたまはんや。……(忠、殷の武丁、唐の太宗、夏の禹、周の文王の理想的な君臣関係を叙述)悪王国にある時は、へつらへるを寵してかしこきを退け、……六十年よりこの[ ]、好文重士の君まれにして、政道過[ ]にみだるゝたびに、其身やすからず、其心くるしぶゆゑに、一人よろこびあり[ ]〕、兆民かうぶらむ事をねがふばかり也』。
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「時の人」と「心有人」の問答となっていますが、省略された部分には主に中国の故事が沢山入っていて、分量的には半分程度になっています。
原文のままだと全体の構成が分かりにくいのですが、長村氏の要約はすっきりしていますね。
これを流布本と比べると、

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 承久三年、如何なる年なれば、三院・二宮、遠島へ趣〔おもむか〕せまし/\、公卿・官軍、死罪・流刑に逢ぬらん。本朝如何なる所なれば、恩を知臣もなく、恥を思ふ兵〔つはもの〕も無るらん。日本国の帝位は伊勢天照太神・八幡大菩薩の御計〔はから〕ひと申ながら、賢王逆臣を用ひても難保、賢臣悪王に仕へても治しがたし。一人怒時は罪なき者をも罰し給ふ。一人喜時は忠なき者をも賞し給にや。されば、天是にくみし不給。四海に宣旨を被下、諸国へ勅使を遣はせ共、随奉る者もなし。かゝりしかば関東の大勢、時房・泰時・(朝時)・義村・信光・長清等を大将として、数万の軍兵、東海道・東山道・北陸道三の道より責上りければ、靡かぬ草木も無りけり。

https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/4d3ea4a0fbfa97c410e44864a0358b7e

という具合に一字一句対応している訳ではありませんが、流布本は『六代勝事記』を参照しているのは明らかですね。
そして、『吾妻鏡』閏十月十日条は土御門院の土佐配流を記した後、

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天照大神者。豊秋津洲本主。皇帝祖宗也。而至于八十五代之今。何故改百皇鎮護之誓。三帝。両親王。令抱配流之恥辱御哉。尤可恠之。凡去二月以来。皇帝。并摂政以下。多天下可改之趣蒙夢想告御。新院御夢。或夜。有船中御遊之処覆其船。或夜。又老翁一人参上一院。叡慮者一六由告申。又七月十三日。可定天下事者。吉水僧正坊夢。年来薫修壇上有馬。件馬俄以奔出者。依之。僧正於向後者。不可奉仕仙洞御祈祷之旨。潜挿意端云々。是等何非宗廟社稷之所示哉。然而君臣共不驚之御。為長卿独不酔之間。恐怖云々。

http://adumakagami.web.fc2.com/aduma25-10b.htm

とあって、「天照大神者。豊秋津洲本主。皇帝祖宗也。而至于八十五代之今。何故改百皇鎮護之誓。三帝。両親王。令抱配流之恥辱御哉。尤可恠之」には『六代勝事記』の影響が窺えます。
しかし、『六代勝事記』では「三帝一時に遠流のはぢ」とあって、六条宮・冷泉宮には触れていないのに対し、流布本では「三院・二宮、遠島へ趣せまし/\」、『吾妻鏡』では「三帝。両親王。令抱配流之恥辱御哉」となっています。
まあ、別にこれが決定的な証拠という訳ではありませんが、私はこの記述は『吾妻鏡』編者が『六代勝事記』だけでなく流布本も参照していることを示しているように思われます。
なお、閏十月十日条には順徳院の夢等、京方敗北を示唆する様々な事例が挙げられていますが、これも『吾妻鏡』編者が相当広範に関係史料を集めていることを示していますね。
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