大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

ハラカルラ 第32回

2024年01月29日 21時17分53秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第30回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


     『ハラカルラ』 リンクページ




                                  



ハラカルラ    第32回




なにか間違えたことを言っただろうか。

「朱の守り人は今もだがもう長く来ておらん。 最後に見た時が・・・おい、いくつだったかのぉ?」

「ああ、ある日突然来なくなったな。 そうさな・・・七十の歳を越したくらいだったか、あれからもう六十年近く経つのではないか?」

そうであれば生きていて百三十歳くらい。 きっと生きていないだろう。

「光霊は来なかったんですか?」

「言っておっただろう、光霊は与えられてその後二度の異変のあとに消滅すると」

「朱の守り人が来なくなった頃・・・その数年前か、光霊を与えたのちの二度目の異変があった」

だから亡くなっても光霊は烏の元に来なかった。 だが光霊の問題だけではない。 突然来なくなったと烏は言った、どういうことだ。

(まさか・・・攫われて・・・)

幽閉された? いや、幽閉されては跡を探すことが出来ない。 跡を探すことだけを強いられたということか?
そうであるのならば、どんな最期を迎えたのだろうか。

(あ・・・)

もしかして朱門は・・・朱門も俺と同じことを考えた? 元をただせば矢島は朱門の筋だったと長は言っていた。 だからせめて矢島の身体を引き取りに行った?
いや、それだけでは片付けられない。 どうして住民票が朱門の村にあったのか。 住民票の転出転入の移動は委任状さえあれば代理人でも出来る。 やってはいけないことだが、その委任状とて勝手に書くことが出来ないわけではない。
朱門が矢島にことわりなく住民票を移動させた?

(いや、待て)

あの時、長の言ったことを思い出せ。 ・・・なんと言っていた? 今にして思えば気になることを言っていたはずだ。

(くそ、怒り心頭すぎた・・・)

思い出そうとするが、長の謝る言葉とライのあの表情しか思い出せない。

「なーにを一人百面相をしておるのか。 ほれ、さっさと手伝え。 まずは二枚貝を見ておけ」

それでなくても記憶を辿れないというのに茶々を入れてくれる。

「あの、さっき黒と青が話をする必要も無いだろうって仰ったとき、矢島さんもって言いましたよね? 矢島さんもそんなことには触れなかったって」

文句を言われないように、二枚貝に向き合いながら言う。
水無瀬が言われたことをしようとしていることに納得をしたのか、黒烏が水無瀬の問に答える。

「ああ言った。 まぁ、昔の黒はかなり青のことを言っておったが、それも長く黒の守り人が来んようになってからはそういうこともなくなった。 矢島もその先代も青のことには触れんかった。 気にして触れんかったという風ではなかったし、青が気にしているだけと言っていいだろう」

青が黒を気にしているのは当たり前と言えば当たり前だろう。 青は加害者になるのだから。 年月が解決してくれればいいが、黒の、千住の言っていたことを思い出すとそう簡単にはいかないのは明らか。
そこから考えるに黒もまた青を気にしている。
矢島もその先代も黒としての守り人であるという自覚があったのならば、青を気にしていていい筈。 それなのに烏はそうではないという。

(どういうことだ・・・)

矢島もその先代も黒の守り人ではあったが、朱の人間だと腹に決めていた?

(いや、待て俺)

長が自分たちは朱門の人間だと言った時に、矢島の先々代が攫われたと長から聞いた。 だがそれを聞くまでは、当たり前に長たちを黒門の人間だと思っていたし、矢島にしてもそうだ。 最初っから黒門の人間だと思っていた。 だから何の疑問も持たなかった。
だがこうして細かい話になると辻褄が合わないことが出てくる。 疑問が出てくる。
矢島もその先代も、先々代が攫われたということを知っていたのだろうか。 自分たちは朱門の筋だということを知っていたのだろうか。 そうだとすれば、誰がそのことを言ったのだろうか。 先々代にそんなことを言わせる隙を黒門が作るわけがない。

(あ・・・)

長の言っていたこと・・・。

『あるがままを見て選んでほしかった』

その前に・・・強制、長はそう言っていた。

『水無瀬君にも強制はしたくなかった』

水無瀬君にも “にも” と言っていた。

(その前に何を言っていた・・・)

考えるが思い出せない。

「鳴海、手が動いておらんではないか」

「あ、はい」

烏の機嫌を損ねるのは得策ではない、戻ってから考えよう。


「あ“あ”― 疲れたー」

ハラカルラに居て疲れるということは無いが、そう言いたくなるのは人の世界に居て身についてしまった口癖なのだろうか。 だがあれやこれやとやらされたことには違いない。 黒烏など、昨日留守にしていたことなど思いっきり棚に上げてこき使ってくれたのだから。

「ん?」

ピロティから穴を抜け、首をポキポキとならしながら机を目の前にした時だ、引き出しに何かが挟まっているのが目に留まった。
来た時には気付かなかった。
机に近づいていき挟まっていた物を目にする。 それは手に取らずとも何かはすぐに分かった。

「どうして・・・」

キャラクターの描かれたジッパー付きの袋を引き出しから抜き、その引き出しを開ける。 引き出しの中には丸裸になったUSBスティックがある。 ジッパー付きの袋に入れたはずのUSBスティックが。
USBスティックを手に取る。 これがどんな機能を持っているのかは知らない。 だがあの煉炭が手を加えたに違いないことは分かる。 だからここにあるのだろうから。
USBスティックのキャップを外す。 スイッチらしきものはない。 無線機ではないようだが、一応USBスティックに向かって「あーあー」 と言ってみる。 やはり応答はない。

「応答があったとしてどうしようってんだ、俺は」

聞こえてきた声が煉炭なら、元気にしてるか、などと訊けるが、それ以外の声ならどうするつもりだったのか。 ライの声が聞こえてきたら謝るつもりだったのか、あの時は言い過ぎたとでも言って。

「馬鹿らしい」

それぞれを引き出しに入れかけ、その手を止めた。 少し考え、引き出しに入っていたメモとペンを手に取る。 USBスティックとメモを袋に入れ、しっかりとジッパーを合わせポケットに突っ込む。

「俺が見たと分かればそれでいいんだろうからな」

少なくとも二度はここに来ている。 ここから無くなっていれば次に来た時に分かるだろうが、それ以上に証明しよう。
煉炭がやって来たのか、ワハハおじさんが来たのか、長がかんでいるのかいないのか、全く分からないがこれで納得するだろう。

穴を抜けると下に黒門の人間たちが立っているのが見える。 車こそないが、お抱えの送り迎えだとかSPとかと考えれば有名人とかリッチマンになった気分にもなるだろうが、到底そうは考えられない。 単なる囚われの身。 お抱えやSPどころか看取だ、獄卒だ。
着地をした時にポケットに手を入れた。

今日も水無瀬の後姿をナギとワハハおじさんが見送った。 ナギがスイッチを入れる。

「うん?」

「どうした?」

「少し動いたようですが今は動いていません」

「どういうことだ?」

「周り、大丈夫ですか?」

例の男は居ないかということだ。 ワハハおじさんがもう一度あたりを見回す。

「居なさそうだ」

「ちょっと動きます」

ナギの後ろにワハハおじさんが続く。
両手で機械を持ったまま青く点滅している方に向かう。 歩を進めるうち、そこが黒の穴の真下であるということが分かった。
眉を寄せたナギが機械をワハハおじさんに預けると、膝を折って下に落ちていた物を拾い上げる。 それはキャラクターの描かれたジッパー付きの袋であった。
目の高さまで上げる。 中にUSBスティック以外の何かが入っているのが分かる。

「メモ?」

ワハハおじさんが後ろから覗き込んでくる。

「それが、あれか?」

指示代名詞しかない質問、 だが何を言っているのかは分かる。

「はい」

「えらく小さいんだな。 下りてきた時に落としちまったってことか?」

「そうとは言い切れないようです」

「え?」

「取り敢えず戻りましょう」


「なんでよー、これ」

「なんでこうなるんだよー」

ナギとワハハおじさんが煉炭の工作室にやって来ていた。
椅子に座っている煉炭が、いっちょ前に腕を組んで口を尖らせている。 それもワハハおじさんという煉炭の父ちゃんの居る前で。 だがしかし、文句を言っている相手はナギであって、決して父ちゃんにではない。

「だから、水無瀬が返してきた。 中に入っていたそのメモは煉炭宛て。 そう言っただろう。 で、USBスティックに何か変わったところは無いか?」

ハラカルラを出てすぐに袋からUSBスティックとメモを出した。 メモには 『煉炭、元気でいろよ』 とだけ書かれていて、USBスティックに何か変化があったかどうかは煉炭にしか分からない。

「大体こんな短いお手紙ってある?」

「いや、それは水無瀬が書いたもので、私が知ったことではない」

「どうして水無瀬は持っていかなかったんだよー」

「だから、それも私が知るわけないだろう。 で、USBスティックはどうなんだ」

煉がUSBスティックを手に取り炭が覗き込む。

「変わんないね」

「一緒だね」

「何かを変えるにも、あそこには道具がなかったもんね」

「うん、それにそんな技術も水無瀬にはなかったもんね」

「技術もだけど知恵も知識も無いもんね」

「知恵があったら持って出てるはずだもんね」

そして二人が声を揃えて「やっぱり水無瀬はおバカだ」 と言う。
本当にこの二人の話題には上がりたくないと、ナギが顔を歪めながら二人の話を止める。

「まだ文句があるんなら父ちゃんに言うんだな」

「煉炭、まだあるか」

父ちゃんの一声で煉炭の口が互いの手でふさがれ、同時に首を左右に何度も振っている。 これで大人しくなった。
煉炭の確認により、水無瀬はUSBスティックに何も手を加えていないということは分かった。

「どうしますか?」

「うーむ・・・」

煉炭の父ちゃんであるワハハおじさんが腕を組む。

「まず考えられることは、二つってところか」

ナギが改めてワハハおじさんを見ると、ワハハおじさんが右手の人差し指を立て「まず一つ」 と言い始めた。
一つ目は、水無瀬がこれを追跡機と認識していない。
そして次に中指も立て「二つ目」 と続ける。
これが煉炭の手元にあったことを水無瀬は知っている。 それが穴にある机の中にあった。 その意味は村からのことか、煉炭二人からのことか、また、これが文字の無いメッセージなのか、煉炭が手を加えた何かなのか。 水無瀬自身がどう解釈したのかは分からないが、いずれにしても受け取らないという意思表示なのだろう、と言って手を下ろした。

「ナギから見て他にあるか?」

「今は思い当たりません」

ナギが首を振る。 そのふとした表情があの日見たライに似ているとワハハおじさんが小さく溜息をつき「さて・・・どうするか・・・」 と続けた。
受け取らないということは、水無瀬は全面的に拒否をしたということ。 それはこれ以上何かをするということは無理強いをするということになる。

「ねー、父ちゃん」

煉炭が声を合わせて父ちゃんの隣にやって来た。

「水無瀬にお手紙書く」

「いいでしょ?」

ワハハおじさんがナギをちらりと見る。 書く書かないの是非は置いておいても穴に持って入るのはナギだ。 ワハハおじさんに入る気はない。

「再々あの穴に入りたくない」

朱の穴ならまだしも、他の門の穴になど誰が入りたいと思うだろうか。

「えー、なんでー、お手紙置くくらいいいでしょー」

「書くのは煉と炭なんだからー」

ワハハおじさんが文句を言っている煉炭の頭の上に手を乗せる。

「ってことだ」

「えー、父ちゃーん」

「配達人がいなけりゃ手紙は届かない。 それより煉炭は水無瀬君に戻って来て欲しいってことか?」

「うん」 二人合わせて言うと今度はそれぞれに言う。

「水無瀬はおバカだけど優しいもん」

「知恵もないけど、煉炭の話を聞いてくれるもん」

この二人、一度は貶(けな)さないと気が済まないのか、と思いながらナギが聞いているが、この二人は水無瀬のことをよく見ていたんだな、とも思った。 きっと水無瀬はライやナギと話している時と同じように、この二人に向き合っていたのだろう。 小さな子が話しているだけだと右から左に流すことは無かったのだろう。
そんな水無瀬がライに言ったことを思うと、自分達はどれだけ水無瀬を傷つけてしまったのか、どれだけライも傷ついたのか。

「そうか。 まぁ、方法が無いわけじゃないがな」

「え? どういうことですか?」

「完全にとは言い切れないがな、チャレンジしてみてもいいかもしれない。 それで上手くいったとしても再度断られたら諦めよう。 ライはどうしてる?」

あの日、ライと長が戻って来て水無瀬がどういう返事をしたのかを村の皆に話した。 ライの表情が沈んでいたのには誰もが気付いていた。
皆が解散したそのあとナギと両親が長に呼ばれ、水無瀬とライの話がどういったものだったのかを詳しく聞かされた。 水無瀬を一泊預かっていたということで、ワハハおじさんもその後に長から聞いた。

「まだ」

ライはあの日から部屋にこもったままで一歩も出てくる様子はない。

「そうか」

「ねーねー父ちゃん」

「お手紙書いてもいいの?」

「手紙は無理だな、水無瀬君と同じくらいのメモ。 それだったら父ちゃんが預かる。 だが成功するとは限らない。 それでもいいか?」

「うん!」

元気良く二人が答えるが、絶対に文句を言うと思っていたナギが意外な顔をした。 ついさっき『大体こんな短いお手紙ってある?』 とのたまっていたのに。 それともメモと言われればそれで納得できたのだろうか。

(いや、そんなことはないだろう。 私も最初に水無瀬の書いたものをメモと言った)

「じゃ、父ちゃんと約束だ」

「なに?」 キョトンとした同じ顔で二人が声を合わせる。

「上手くいって水無瀬君が戻ってきたら、水無瀬君を水無瀬と呼び捨てにするのはやめろ。 それとバカと言うのもだ」

「えー!」

どれだけ水無瀬を馬鹿にしたいのだろうか。


同床異夢にあたるのだろうか・・・。
畳の上に寝ころんでいる水無瀬が考えている。
“同床” 同じ立場にありながら。 そこまではそうだろう。 “異夢” だが考え方や目的とするものが違う、または考えや目的が異なる。 そこはどうなのだろうか。

「考え方は違うだろうな、多分。 けど目的は同じ、のはず。 どっちも単にハラカルラを守りたい、ってんだから」

仲良くやっていけばいいのに、と思うのは余所者だからだろうか。 だが余所者と言うだけなら守り人も余所者。 歴代の守り人たちはどう思ってきていたのだろうか。

「ああ、そう言えば、烏が青とどんな話をしたのかを訊くの忘れてた」

水無瀬が毎日来ているから青は顔を出さないのだろうか。 そんな話をしていたのだろうか。
ポケットをポンと叩く。

「気付いたかな・・・」

上から降りて着地をした時にポケットの中のものを下に落とした。 黒門の人間に気付かれないように。

「明日・・・確認だな」

まだあそこに落ちたままなのなら回収しなくては。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ハラカルラ 第31回 | トップ | ハラカルラ 第33回 »
最新の画像もっと見る

小説」カテゴリの最新記事