大福 りす の 隠れ家

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ハラカルラ 第2回

2023年10月16日 21時12分27秒 | 小説
ハラカルラ    第2回




クシュン。

後ろから伸びてきた腕が水無瀬の腕に絡みついてきた。 この感触は確かめなくても誰かはすぐに分かる。

「よっ、水無ちゃん風邪?」

腕を絡めてきた相手が水無瀬の顔の前にひょっこりと顔を突き出してくる。

「って、ナニその顔!?」

目の下にはクマが出来、目が潤み、鼻の頭が赤くなっているだろうことは想像できる。
あれから寝られなかった。 あれやこれやと解決できないことが頭の中を駆け巡り、気付けば小学生の声が聞こえてきた。 小学生の登校時間となっていた。 それからウトウトとしだして、いつしか天板に顔をあずけたまま寝たようだった。 ほんの一、二時間だろうか、その間に見事に鼻風邪をひいたようだ。

「寝不足の働き過ぎの、寝たから鼻風邪」

「いや、それってどっか矛盾してね?」

「してないからここに居る」

「してるって。 寝不足の寝たから鼻風邪って。 ま、そこはどうでもいいか」

「いいのかよ」

「うん、いいのいいの。 次の水無ちゃんの講義中止だから」

「は?」

「インフルだってよ」

雄哉の声が遠くに聞こえる気がする。

「はいー?」

「当分、休みだってよ」

ウソだろ。 今日はこの一講義だけに来たっていうのに。 バイト先のあのお気軽なアイツの言ったことが思い出される。

『バカンス? ハワイとか?』

バカンスどころかハワイどころか行き先は地獄じゃないか。 重い身体に鞭打って駅まで歩き電車に乗って来たというのに。

「まぁそう落ち込むなよ。 って、どこまで落ち込むんだよ」

リュックを背負った俺は膝を曲げて座り込んだ。 一回生の時から寿司詰め状態講義を盛り込んだ。 入学して半年ほどが経った頃には、生活の資金繰りに深夜のバイトにも励んだ。
うちの大学は二月いっぱいまで講義がある。 だから今月中にこの講義さえクリアすれば単位がパーフェクトになるはずだった。 早々に自己卒業が出来るはずだった。 あくまでも卒業論文が合格すればだが。

「そっか、そうだよな。 水無ちゃん頑張ってたもんな」

他地方から出てきた高校の同級生である雄哉は水無瀬のことをよく分かってくれている。

大学に入ったのは肩に背にそれなりの箔をつけ、それなりの常識範囲の知識をつけたかったから。 入学をしたのは国立でもなく公立でもなく、有名私立大学でもなかったが。

もしかしてこれは母親が大卒で、父親が高卒だったのが理由かもしれない。
高卒と言っても父親曰く 『高校入試の時には自分の名前が書けて、面接の時にはお父ちゃんとお母ちゃんの名前が言えればいいなんて世間では馬鹿にされてたけど、まさかそこまで馬鹿高校じゃなかった』 という高校だったらしい。

恋愛だとは聞いていたが、父親は多様な言葉を知らなかった。 母親はいつも噛み砕いて父親に話していた。 それも自然に聞こえるように。 そのどこかに疲れを見せ出していたが、父親はそれに気付いていなかった。 水無瀬はそれが悲しかった、父親が憐れだった、父親の気付かない母親の疲れが分かって水無瀬もしんどかった。

決して父親を軽視しているわけではない。 どれだけ仕事に疲れていても明るく笑顔を絶やさず母親を大切に思い、家庭を守ってくれている父親。 家庭を持つ男として一番必要な心構えを持っている。
だけど父親のようにはなりたくない。 彼女が出来ればその彼女に見下されることの無いよう知識を入れたかった。 言葉も然り、専門的なことも。

「卒業まで日はあるって。 ってか、水無ちゃん俺より余裕じゃん?」

たしかにな。 雄哉、お前サボりすぎだし。
膝に力を込めて立ち上がる。

「おっ、復活」

「してねーよ、帰って寝る」

パンパンとダウンジャケットを叩くと、ポロリとポケットからアレが落ちた。

「ん?」

雄哉が拾い上げて畳まれていたそれを開こうとするのを止めた。 が、遅かった。

「なにこれ? これって古代文字?」

「え?」

取り上げようとした紙を更に開いていく。

「なんで水無ちゃんがこんなものを持ってるわけ?」

紙が全開された。
こんなもの? それってどういう意味だ?

「・・・雄哉、お前これが分かるわけ?」

「馬鹿か。 分かるわけないだろ」

顔が引きつり膝が笑う。

「だって・・・古代文字って・・・」

今様にしか考えられなく、古代とは考えもつかなかった、発想に無かった。 せいぜいマークに見えるものを象形文字と考えたくらいだった。

「うーん、分かんねーけど、どっかで見たことがあるんだよな。 これと似たような感じで」

気のせいかなというが、そんな気のせいはないだろう。
俺は雄哉の胸ぐらを掴んだ。

「思い出せよ」

あ、あんまり力(りき)み過ぎると鼻提灯が膨らみそうだ。

「おいおい、それってセクハラじゃね?」

「それを言うならパワハラだろ」

「俺と水無ちゃんの間にパワーバランスの優劣はない」

言われてみればそうだし、それにどちらにしろ正鵠を射ている気がしない。 胸ぐらを掴んだままお願いをする。

「雄哉さん、お願いだから思い出して」

「それがお願いする態度?」

言われてみればそうか。 手の力を抜いて雄哉の胸ぐらから手を離し再度お願いする。

「雄哉さん、思い出してみて?」

ついでに頭を下げてみる。 う・・・鼻水が・・・。 それにさっき力を入れたからだろうか、目のウルウルが酷くなってきた。

「苦しゅうない、頭(こうべ)を上げい」

「はい」

俺は目と鼻から流れるものをキラキラと輝かせて雄哉を見た。

「うーん、無理」

「は?」

「思い出せなーい」

「てめー!!」

紙を取り上げ蹴りを食らわせてやった、が、逃げられた。

「とにかく、講義は休講。 バイトのし過ぎじゃね? 身体を休めろよー。 それと鼻水拭け」

手を振って逃げ去って行く。
ある意味有り難い友達だ。 だが、はぁー、っとため息が出ると共に鼻水も流れてきた。 ポケットからポケティを出しチーンと鼻をかむ。

「休講か」

あのまま寝ていればよかった。 あ、そうしたら鼻風邪どころではなかったか。

「ん?」

雄哉はどうして休講のことを知っていたのだろうか。

「って、雄哉だもんな」

疑問はすぐに消された。
同じ学部ではないが、人懐っこく人見知りなどとは程遠く誰とでも話すことが出来、あちこちに顔の利く雄哉である。 教授とも色んな学部の学生とも交流がある。

「だから・・・古代文字なんて言葉も出てきたのか」

言葉だけではなくどこかでそれらしいものを見たのかもしれない。 いや、見たと言っていた。
思い出してくれよー、と言いたいが、きっとそれらしい感じの文字を見た止まりなのだろう。 読み解くまでには至らない範囲。
だがあの雄哉のことだ、気にかけてくれているはず。 そして思い当たる人物に接触して何かを訊いてくれるか俺に紹介してくれるはず。 今はそれを待つしかない。

「って、これに囚われたくないなー」

どうしてポケットから落ちてきたのか。 いやそれよりどうして夕べポケットに戻してしまったのか。 そう思いながらも再び二つをポケットにしまい込んで気付いた。 ポケティを何度か出し入れしていたから落ちたのか、と。 ポケティを反対のポケットに入れ替える。

アパートに戻るとさすがに眠気に襲い掛かられた。 顔も重い。 微熱こそないが、きっと鼻風邪のせいだろう。
こたつでぬくぬくと眠りたかったが、さすがに一度踏んだ轍(てつ)は踏まない。 買って帰った鼻風邪用の薬を飲んでスウェットに着替えると、ベッドで布団にくるまった。

よく眠れたのだろう、目が覚めるとスッキリとはしていたが漆黒の闇だった。

「うわ、豆球も付けなかったのか」

さほどの自覚は無かったが、かなりのバタンキューだったようだ。 手探りで電気の紐を探す。 左右に動かす手の甲に紐が当たりその紐が弾かれる。 すぐに手を返し弾かれ戻ってきた紐を掌に収め下に引っ張る。
電気が点き一瞬眉をしかめる。 まぶしい。 二度紐を引っ張り豆球にすると薄闇の中、隣の部屋に移動する。 豆球の明かりを元に電気の紐を引っ張る。 電気が点くと何故こっちで寝なかったのかと、こたつが煌々と自己主張をしているようだ。

「腹減った・・・」

時計を見ると午前二時を回っている。 昨日は何も食べていない。 ダウンジャケットを着こむと鍵と財布を持って玄関に向かう。 ダウンジャケットの下に見える下穿きはスウェットだが、この時間だ気にすることは無いだろうし、冬物のスウェットだ、寒さにも耐えられるだろう。
スニーカーを履き外に出るとドアに鍵をかける。 あの時聞いた気になる音がある、ドアノブを回し鍵をかけたことを再度数回確認する。

「よし」

廊下を歩きカンカンカンと音を鳴らして鉄筋階段を降りていく。 向かうはアパートから一番近い二十四時間営業のコンビニ。 自分の働いているコンビニではない。 そこまで行くと廃棄があるかもしれないが、今は金にものを言わせてでも近場で済ませたい。
だが近場と言ってもそこそこ歩かねばならない。

「うー・・・寒いぃぃ」

身を縮こませて歩いていると後ろから声をかけられた。

「よっ、兄ちゃん」

「はい?」

アパートの近場に “兄ちゃん” と呼ばれる顔見知りなどいない。 水無瀬の働いているコンビニ近くであったのなら、客ということで有り得なくもないが。
“兄ちゃん” と呼んだガタイのいい男が水無瀬の横に並んだ。

「この寒いのにどこにお出掛け?」

俺がどこに行こうがお前に関係ないだろう、とは思うが、こんな所で喧嘩を吹っかけてもあとが面倒臭いだけだ。

「あ、そこのコンビニまで」

行き先は言った。 こっちは病み上がりなんだ、とっとと消えろ。

「そっかー、コンビニか」

「あの、おじさんもコンビニですか?」

おじさん、と呼んでもいいのだろうか。 だが完全に中年だし許されるだろう。 それにコンビニではないと答えて欲しい。

「コンビニは便利だよな」

「あ、はい」

そんな返事を期待していたわけではないのだが。

「若いもんはコンビニがなくちゃ生きていけんだろう?」

「あ・・・どうでしょうか」

水無瀬はそのコンビニで働いているのだから、そう言えなくもないが。

「なぁ、俺について来んか?」

「え?」

「コンビニが無くても不自由はない」

現コンビニバイト店員としてそれは避けたい話しである。

「え? あの?」

「衣食住に困ることは無い」

衣食住に困ることが無いのは迎え入れたいところだが、何を言ってるんだこのおじさんは。

「あ、あの・・・あ、そこのコンビニなんで、じゃ」

コンビニの明かりを指さすと走った。
コンビニで僅かに残っていたお握り二つとホットの茶をレジに通し自動扉の前に立った。 ウィーンという音をたてて扉が開いていく。 目に映る範囲におじさんが待っていないかどうかを確認する。

居ない。

ホッと安堵の息を吐く。

「考え過ぎか。 これが被害妄想ってやつなのかな」

肩の力が、どこか強張っていた力が抜けていく。 思わずそんな自分に呆れて鼻で笑ってしまった。

「あ・・・」

目に・・・目の端ではなく、目に、正面に・・・。
魚と目が合った。

「え・・・」

横姿を見せた魚が水無瀬の前を泳いでいく。 だがその目は水無瀬をじっと見たままで、進行方向に反して眼球が後ろにずれていく。

「なん、で?」

魚の眼球は動くのか? そんなことは知らない。 だけどまるでスローモーションのように泳いでいる魚、その魚の眼球が動いている。 その視線の先には水無瀬がいる。 早い話、ずっと水無瀬と目が合っている。 ましてや口角が上がって・・・笑っているように見える。

(魚の口角が上がるって・・・)

有り得ないだろう。
有り得ない、だから目をこすった。 何度も何度も。

「あのぉ、お客さん」

後ろから声がかかった。
こすっている手を止める。

「出るか出ないか、どっちなんすか」

ぶっきらぼうな言い方だった。 うちのコンビニのアイツのような。

「あ・・・」

自動ドアが開けっ放しになっていた。 寒風が店内に入っている。

「あ、すいません、出ます」

軽く振り返り店員に言い、前を見ると目の前に居た魚はもう居なかった。 どこかに泳いでいった・・・。

(え?・・・)

どうして・・・。 どうして道路と交差して・・・いや、道路が水の中にあるんだ・・・。
出しかけた足を止めた水無瀬に店員が呆れた声でもう一度声をかけてきた。

「お客さん」

「あ・・・あ、はい」

何がどうなっているんだ。 ゴクリと唾を飲み込んだ瞬間、水が消えた。

「え・・・」

「お客さん、具合悪いの?」

こいつも敬語を知らないのか。

「いや・・・何でもないです」

もう一度振り返り店員に言うと前を見た。 いつもの道路が目に映る。 いつもと何ら変わりはない。
自動扉を出てそのまま足を動かす。

(何なんだ、さっきのはいったい何なんだ・・・)

俺の勘違いか?
勘違い? あれが? そんなわけはない。 完全に目が合った、笑っていた・・・魚が。
それに水の中に道路があった。

(水? 水の中に道路?)

どうして自分はそう思ったのだろうか。
水は透明でそれと分かるものではない。 それなのにどうして。 顔を俯けて考える。

(・・・揺らめいていた?)

そうだ、揺らめいていた。

(それって、波が立ったということか?)

いや、そうではない。 波など見えない、もっと深くの水の中。

(どうして、どうしてそう思うんだ)

それと分かる何かを見たわけではないのに。
いや・・・見た。
何かを。

(俺は何を見た?)

顔を上げた時、おじさんが目の前に居た。

「え・・・」

どうしてここに居る? ここで何をしている?

「なぁ、俺についてくれば分からないことが分かる。 どう?」

分からないことが分かる? さっきは衣食住に困ることは無いと言いながら、なんなんだそれは。

「結構です」

俺は走った。 走って走ってアパートまでたどり着いた。 後ろを振り返るとあのおじさんの姿は見えない。 追ってはこなかったようだ。
息を弾ませたまま音を立てて鉄筋階段を駆け上がり部屋に飛び込むと、鍵をかけチェーンをかける。 その途端、ドアを背にまるで尻もちをつくようにズルズルと座り込んだ。

「なんなんだよ、いったい・・・」

掌で額を覆ってみるが、何一つとして分かるはずなどない。
目の前を泳いでいく魚。 その魚がじっと水無瀬を見て笑っていた、そして一瞬の間に居なくなった。 見慣れた道路が水の中にあった。 だがその水も唾を飲んだ途端に消えた。 知らないおじさんが声をかけてきた。 それも水無瀬が戸惑っているのを見透かしたように、おじさんについてくれば分からないことが分かるなどと言って。 ましてや衣食住に困らないなどとも言って。

「くそっ!」

額を覆っていた手を膝に着くと勢いよく立ち上がり、スニーカーを撥ねるように脱いで玄関に上がった時、コンっと何かの音がした。 撥ねたスニーカーがその何かに当たったようだ。

「ん?」

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