大福 りす の 隠れ家

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国津道  第11回

2021年02月22日 22時45分17秒 | 小説
『国津道(くにつみち)』 目次


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- 国津道(くにつみち)-  第11回



浅香がバッグを持ってくると、詩甫が片手をバッグに入れポケットティッシュを出し、剥がした絆創膏の代わりにすぐに指に充てる。

「草で切っただけなのにえらく深く切っちゃったんですね。 あ、手は上げておいてください」

「あ、はい。 あの・・・」

「はい?」

「誰かに見られている気がして」

あのねっとりとした不気味な感覚の上にこの出血。 浅香に言わずにはいられなかった。

「え?」

「その、気のせいかもしれませんけど・・・とても嫌な視線のような気がして・・・」

浅香が辺りを見回すが誰も居ない。

「いつからですか?」

「祐樹と浅香さんが初めて会った日が最初で、今日で二度目です。 今日は二度ありました」

あの日から・・・。

「今もですか?」

「いいえ、今は。 今日、最初は私がお社の前に居た時で、祐樹が供養石の周りを掃いていた時でした。 その時は殆ど一瞬に近かったんですけど、さっき浅香さんと祐樹が居なくなった時はその間ずっと」

「何処からかは分かりますか?」

視線を感じるということは、その先の目が何処にあるか分かるものだ。 視線を感じ、そちらに顔を向けると目が合うように。
だが詩甫が眉尻を下げて首を振る。

木々の方を見渡すが人の影など見えない。 隠れてしまっていては分からないだろうが、木々の中と社では距離がある。 視線を感じるには不可能な距離ではないであろうが。

「ちょっと待っててください」

そう言い残すと社の周りを駆けだした。 今まで何度もここに来ている、誰も居るはずのないことは分かっている。 だからあくまでも一応として。

浅香はここに来て誰かの視線とか嫌なものとか、そんなものを感じたことは無かった。 だがここは長い年月を朱葉姫の社として構えていた地である。 供養石もある。 アニメの見過ぎかもしれないが、何か現実的でないものがあってもおかしくはない。

それともやはり山の中だから、単純に嫌なものの念でもあるのだろうか。 ここで殺人とか自殺とかがあったのだろうか、それとも動物・・・。

社を一周し終えると詩甫の元に戻って来た。

「誰も居ませんね」

あまり詩甫を不安にさせる話はしたくない。
そこに祐樹が木々の間から姿を現した。

「一度曹司に相談してみます」

ここで何かあったのならば曹司が気付いているはず。 小声で詩甫に言うと戻って来た祐樹に笑顔を向ける。

「さて、じゃ、草抜きを付き合ってくれるかな?」

「おぅ、約束だからな」

時間いいですか? と詩甫に訊ねるが、明らかに了解を得ようとしているのが分かる。

「はい」

実は前回、祐樹はサワガニを一匹しか捕まえられなかった。 数匹のサワガニを持っている浅香の手。 羨ましかった。 自分も掌いっぱいにサワガニを乗せたかった。
その視線に気付いた浅香に提案された。 だからその提案に約束をした。 浅香の掌に居るサワガニを全部祐樹の掌に乗せる代わりに、今度会った時には草抜きを手伝うと。
詩甫にサワガニを見せてあげたかった。 見せると詩甫が喜んでくれた。 すごいね、とも言ってくれた。

「指切らないようにね」

今の詩甫には冗談に聞こえないジョークに祐樹が笑って応える。

「姉ちゃんじゃないから」

「祐樹・・・」

そのジョーク、今は最悪だから。

「あ、ほら、野崎さん、手が下がってきてますよ」

ティッシュが真っ赤になってしまっていた。 慌てて詩甫が手を上げる。
一瞬厳しい顔をした浅香が手元に顔を戻す。

しゃがんでブチブチと雑草を引く手が四本。

「ね、祐樹君、どこで曹司の名前を聞いたの?」

その浅香に何をとぼけたことを訊いているのかという目を送る。

「え? あれ? 変なこと訊いた?」

祐樹が見せつけるように大きく溜息を吐く。
子供に溜息を吐かれてしまった。 我ながら情けない。

「姉ちゃんが倒れた時に決まってんだろ」

それは救急車を呼んだ時。

「え? あの時?」

「お前、言ってたろ・・・その、姉ちゃんじゃない姉ちゃんと・・・“わたくし” と話してたろ。 “わたくし” に “ぞうし” って呼ばれて、朱葉姫の所に連れて行くって言ってたろ。 ここのお社のことだよな。 最初にお前が姉ちゃんを連れてきたのか」

浅香が手を止めて「あたー、あの時かぁ」 と言って屈んでいる膝に両肘を乗せると顔を俯ける。 完全に曹司の失敗である。

「曹司のヤツ、周りの事とかなんも考えねーんだから」

浅香の独り言に祐樹が眉をひそめる。

「なんだよ」

「あ、いや」

二人の会話は詩甫の耳にも入っている。

「仕方ない、か。 曹司が悪いんだからな」

憮然とした面持ちで詩甫に振り返る。

「おい、何言ってんだよ。 お前が “ぞうし” なんだろうが」

祐樹から目を外した浅香に言うが、浅香は祐樹を見ることなく詩甫に問いかけた。

「祐樹君を巻き込んじゃっても宜しいでしょうか?」

「おいっ!」

祐樹に突っ込まれ浅香が祐樹に目を合わせる。

「お姉さんの許可が出たら話すよ」

「姉ちゃんの?」

祐樹が詩甫を見る。

「姉ちゃんどういう事? 姉ちゃんは・・・その、オレに何か隠してるの?」

自分に対してとえらく話し方の扱いが違うな、と思いながら雑草を引き抜く。

「あの・・・浅香さんどうすれば・・・」

「曹司の失態ですよ。 あの時のことは野崎さんは知らないでしょうが曹司のヤロー、祐樹君と他の隊員の前で平気に一夜と話してたんですから。 んっとに、自分勝手な」

その時のことは浅香から聞いてはいたが、みんな一夜に気圧されフリーズしていたと言っていたはずだ。

「祐樹君は野崎さんを心配するあまり、すぐにフリーズが溶けたんでしょうね。 曹司と一夜の会話を聞いていたということです」

「おい! なんだよそれ、ちゃんと説明しろよ!」

浅香が手を止め祐樹を見て一つ頷くと詩甫を見返る。

「巻き込んじゃいますけど、宜しいですか? これじゃあ僕も信用されませんから」

祐樹も詩甫に顔を向ける。 何を言っているかは分からないが説明を受けたい。

「姉ちゃん、いいだろ?」

仕方なく詩甫が頷く。

「あ、血が固まっちゃったらティッシュがへばりついてしまいますから、細目にティッシュを変えて下さいね」

ここに水道など無いのだから、簡単に洗い流すことなど出来ない。

「おい、話し逸らそうとしてるか?」

「そんなことナイナイ。 そうだな、祐樹君には信じられない話だけど、疑わないで聞いてくれる?」

「姉ちゃんの事なんだから、何でも真剣に聞くに決まってんだろ」

「・・・それは、有難い。 手を動かしながらね」

そう言って何もかもを話し出した。
最初は驚いた顔を見せていたが、その内に耳から入る情報が現実的でないからなのか、上手く組み立てられなくなったのか、眉をしかめたり、首を傾げたりもしていた。

「ってことでね、まぁ、僕は曹司であって曹司でないというわけ。 というわけで、正真正銘、僕は浅香亨。 偽者でも何でもないよ」

祐樹に分かるようにゆっくりと話した。 そのお蔭でと言っていいのか、雑草は大分抜くことが出来た。 やはり一人より二人は早い。

「・・・その言い方をしたら、姉ちゃんはその瀞謝であって瀞謝でないってことか?」

「ま、そうなるね」

瀞謝と詩甫のことを言われ思いもしなかった発想だったが、自分の身を振り返るとそういうことだろう。
手をはたくと立ち上がり詩甫の前に立つ。 手を取って傷口を見ると血は止まっている。 財布から最後の絆創膏を出すと詩甫の指に巻いた。

「また開いちゃったら大変ですからきつめに巻いています。 部屋に戻ったら、洗って貼り直して下さいね」

そう言うと、抜いた草の塊を持って枯葉がまとめられている所に放りに行った。

「姉ちゃん・・・いまアイツが・・・浅香が言ったこと、本当なの?」

詩甫が少し笑うと頷く。

浅香が二人の様子を目にする。 詩甫と祐樹で話すことがあるだろう。 二人の視界に入らないように大回りをすると社の前に立った。
供え物の下に半紙が敷かれているのを目にする。

「さすが女子」

一言漏らすと手を合わせる。 そして心の中で曹司を呼ぶ。
うまく社の中に居たようで浅香に気付いた曹司が浅香に気を合わせる。 浅香も曹司と意識を合わせた。

<瀞謝がここで誰かに見られてる気がするって言うんだけど? ここで誰か死んだ?>

<・・・言葉を選べ>

<それを言うなら、こっちは場所を選べって言いたいんだけど?>

すぐに浅香から祐樹が聞いていたという情報が思考で流れてきた。 それは曹司が堂々と救急隊員や祐樹の前で一夜と話していたことである。

<・・・朱葉姫様のお社があるのだから、その様なことは無い。 とは言い切れんがな>

<おーい、場所選びのことは無視かよ。 って、どういうこと?>

<姫様にも抑えられない戦が無かったわけではない。 だがそれも遠い昔の話。 姫様がこの場を清められた>

曹司の言いように浅香が深い溜息を洩らす。
戦って・・・。

<そ。 んじゃ、ここ・・・十年か五十年くらいの間には?>

<戦などない>

分かってる。

<いや・・・だから戦じゃなくて・・・>

今度は小さく溜息が出る。

<ほら、殺人とか自殺とか>

<お前こそ場を選べ。 姫様の社の前で何ということを言うのか>

<いや、だからさ、最初に言っただろ。 瀞謝が誰かに見られてた気がするって。 誰かが隠れてるかもしれないから、お社の周りも見てみたけど誰も居なかったんだよな。  木の中も考えられるけど、誰が好き好んでこの寂しい山の木の中に立ってるかって話。 ってことはこの世の者じゃないって可能性が大きいんだけど? 心当たりない?>

今の自分が体験していることを考えると、容易にそのような事が想像できる。

<今もか>

<いや、今はないらしい。 ここで瀞謝が一人になった時と、その・・・瀞謝である詩甫の弟が離れていた時らしい>

<・・・お前は待っておれ>

合わせていた手が下ろされ、僅かに下げていた顔が上がる。 次に詩甫と祐樹が話している方に足を向ける。

祐樹が詩甫と話していた視線を詩甫の後ろ、こちらに歩いて来る浅香に向ける。

「ん? あれ? なんで機嫌悪そうなんだ?」

「え?」

詩甫が振り返り浅香を見た。

「あ・・・曹司・・・」

詩甫はもう、曹司と浅香の区別がつく。 初めてここに一緒に来た時に曹司が余りにちょくちょく出てきたから、浅香と曹司の違いは一目で分かるようになっていた。

「え?」

祐樹が詩甫に向けた目をもう一度浅香に向ける。
浅香の姿をした曹司が詩甫の前に立った。

今まで見ていた限りの浅香なら詩甫に何かを言う前に祐樹に声をかけるはずだ。 祐樹が怪訝な目を浅香の姿に送る。
その浅香の姿が祐樹を見ずに詩甫を見る。

「痴れ者の目が見ていたのか」

“痴れ者” と聞いて言葉の意味は分からないが、その言いようが祐樹の耳にも目にも不遜な態度に見える。 だが詩甫が倒れた時、曹司はこんな態度ではなかったはず。 本当に詩甫の言う通りこれが曹司なのだろうか。

「おい、もっと言い方があるだろ」

浅香と呼んでいいのか曹司と言えばいいのか迷ったから名を呼ばなかった。
曹司がチラリと祐樹を見る。 見下すように。

「おい! なんだよそれ!」

「祐樹、いいの。 少し話しをさせて」

詩甫に言われてしまえば仕方がない。 口を歪めても閉じるしかない。
今目の前にいるのは曹司か嘘つき浅香か。 祐樹の目が皿を舐めるように浅香の姿を見る。

「はい、気のせいかとも思うんですけど、でも・・・その視線がねっとりとしていて背中に嫌なものが走るような感じで」

曹司が片手で顎を触る。 何か考えている様子だ。

「この地は姫様が清められてはおられたが、もう何百年も前から姫様のお力も弱くなってきておられる」

詩甫が頷く。 その話は浅香から聞いている。 だから曹司が申し出て浅香という存在が生まれたと。

「亨が物の怪(もののけ)ではないかと言っておったが、それが有り得んことではない。 瀞謝は姫様の願いを一つ叶えてくれた。 次の願いを叶える時まであまりここに来るのは控えた方が良いだろう」

「あ・・・でも。 最後の願いをお叶えするまでに、少しでもお社を綺麗にしたくて」

「姫様が聞かれるとお喜びになるだろう。 それは有難いことだが・・・」

先程の浅香の話では誰かが居るという視線の持ち主の姿は無いようであった。

数拍ほどの間が空いたと思ったら、スッと浅香の姿の目の奥が変わった。 その浅香が大きく息を吐く。

「びっくりさせちゃったたね」

祐樹に目線を合わせて腰をかがめる。

「あ・・・えと、浅香?」

「そう。 こんな風にして入れ替わる。 あの時も同じ」

曹司と一夜が話していた後に、浅香がパッと態度を変えたのはこういうことだったのか。

浅香が詩甫に目線を移す。

「えーっと、曹司からの命令です。 野崎さんがこちらに来られる時には必ず同行するようにとのことです」

「え?」

「とは言っても僕も仕事があります、二連ちゃんは付き合えませんので、出来れば多くて週一にしていただきたく」

詩甫は土日が休みだ。 その土曜日か日曜日のどちらかを浅香の非番に合わせてもらう。
浅香にも生活があるのだから。

「でもご迷惑じゃ・・・」

「ははは、曹司に出てこられるより全然いいですよ。 ほら、アイツ場所も何も選ばないですから」

下手をすると同行せずにいたら身体を乗っ取られて仕事中にでもここに来そうだとまで言うが、あながち言えなくも無いだろう。
詩甫が好き勝手をしてしまっては、余計と浅香に迷惑をかけてしまうかもしれない。

「申し訳ありません」

「あ、これはこっちの事情ですから気にしないで下さい。 事前に連絡ください。 そこで土曜か日曜かは申し訳ありませんが僕に決めさせてください。 あ、毎週来ます?」

「あ、いいえ、さすがにそれは」

毎週となると、電車代やタクシー代など馬鹿に出来ない。

「浅香さんの御都合もあるでしょうから、駄目な時は言って下さい」

「はい、そうさせて頂きます。 って、予定ガラ空きですからご心配なく」

「なんだよ、浅香、デートの予定はないのかよ」

「祐樹、何てこと言うの」

ご心配なく、と詩甫に言ってから祐樹に視線を合わせる。

「そうなんだよなー、世の女性に見る目がないんだよなー。 で? 祐樹君は?」

「え?」

「彼女いないの?」

「あ・・・その、浅香と同じだよ。 じょ、女子に見る目がないんだよ」

「おお、そうか、同志同志」

祐樹の肩をポンポンと叩いて竹箒を持つ。 次に雑巾の入ったバケツを持とうとすると、すかさず祐樹がそれを持つ。

「片付けはちゃんとする」

そうだよな、と言った浅香が歩き出すとその後に祐樹がつき浅香を抜いた。 二人が社の裏の方に向かって歩いて行った。

―――ねっとり

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