大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

孤火の森 第19回

2024年08月26日 20時11分57秒 | 小説
『孤火の森 目次


『孤火の森』 第1回から第10回までの目次は以下の 『孤火の森』リンクページ からお願いいたします。


     『孤火の森』 リンクページ




                                 



孤火の森(こびのもり)  第19回




「お頭」

お頭が振り向くとクロギツネが立っていた。

「なんでぃ」

昨日若頭から聞いた頭が痛くなる事を言われるのだろう。

「若頭から聞かなかったか?」

やっぱりか。

「・・・聞いたよ」


『お頭、みんながブブのことに気付いてきてますぜ』

『まぁ、ちーっと、目立つか』

『ちーっと、くらいじゃありませんぜ。 それに時宜(じぎ)を計ったようにあの旦那だ』

『計ったって言うか、元々こういう運びだったからな』

『その元々を誰も知らないんです、怪しんでも仕方ないですぜ?』

『気付いてるんじゃなくて、怪しんでるのかよ』

『話せって迫られました』

『おー、女に迫られない分、男に迫られたか』

『・・・お頭』

『オメーに話したのはおれだ。 それは致し方なくでぃ。 アナグマに知られ、ヤマネコには迫られて話したがよー、だがヤマネコには話しておきたいとは思ってた。 だがこれ以上はな。 あいつらのことを思うとちゃんと話して別れさせてやりたいがよ、こっちの都合を押し付けるわけにもいかねーだろ』

チラリと見られたアナグマ。 アナグマは盗み聞きをしていたのだから。 だがそれもポポとブブのことを思ってのこと。
そこにポポとサイネムが戻って来たのだった。


「聞いたんなら、ブブはどうなってんだ? それにあの客人は誰だ?」

「あの旦那か。 そうだな、あの旦那がブブを見てくれている」

朝飯が終わるとサイネムがブブを連れて出るのだ。 仲間に見せる気はないが、万が一にも目にした時にはこう言っておいた方が騒ぎにならないだろう。

「あの客人がか? ・・・他のやつらが言ってたけど、あの客人、呪師じゃないのか?」

「呪師? なんでだ?」

他のやつらも言ってるのか。 まぁ、当たり前だろうが。

「呪師っちゃー、あんなローブを着てるもんだろう」

「そう言われりゃーそうか。 だがあの客人は呪師じゃねー」

森の民は呪を使うが、あくまでも呪師ではない。 反則ギリギリの答えだな、と心の中で舌を出した。
もしそんな姿をヤマネコにでも見られたら “いい歳して気持ち悪いんだよ” とでも言われるだろう。

「それじゃあ医者か? それならブブはどうなってんだ? 病気か? その、手が付けられない・・・、いや、手は付けられる。 ブブに万が一なんてないんだからな。 だが、だがよ、ブブに何があったんだ?」

(けっ、ここにも親馬鹿が居たのかい。 いや、それともブブ馬鹿か?)

お頭がぼりぼりと音を鳴らして頭を掻く。

「ブブに万が一なんてこたーねーよ。 朝飯が終わった時のブブの具合によっちゃー、あの旦那が面倒を見てくれるがな」

「・・・面倒って?」

「まっ、この穴から連れて出るってこった」

「ブ、ブブが群れを出るってのか!?」

「ブブの具合によっちゃーだよ」

「そんな簡単に・・・。 お頭! ちゃんと話してくれよ!」

「何を焦ってんだ、群れから出てもブブはブブだい」

「そういうこっちゃ―――」

「お頭! 大変だ!」

岩穴から離れて朝の見回りをしていたイノシシの声が響いた。


飯が炊けた。
ヤマネコの指示でお頭の部屋に客人の分を含めた朝の握り飯と、それとは別に握り飯を四人分握るようにと言われていた。

「ヤマネコ?」

サビネコが握り飯を握りながらヤマネコを見る。

「なんだい」

「四人分って?」

「さあね、お頭から言われただけだからね」

「ブブ・・・」

「え?」

「男達が言ってたよ」

握り飯を握る手は止めてはいない。 炊きたての飯だ、掌が火傷しそうになる。
サビネコが握り終わった握り飯を、ヤマネコが今朝早く採ってきた香りのいい葉で包む。

「なにを」

二人の会話に他の女たちも耳をそばだてている。

「ブブの具合もそうだけど・・・ポポとブブの名のこと・・・」

男達だけではない。 女たちもポポとブブの名前のことには気付いている。 だが男達と同様、誰もそれを口にはしなかった。

「何を言い出すのかと思ったら」

「え?」

サビネコの手が止まる。

「まぁ、あたしら女からみても今のブブの状態は良くはない。 客人がいるだろう? あの客人に見てもらってる」

「そ、そうなんだ」

「ああ、そうだ。 で、ポポとブブの名だが、あたしがいけなかったのかねぇ」

「え?」

「お頭はまだ名を決めてなかったんだ。 なのに、ついうっかりね、訊いちまったんだ、なんて名だいって。 で、サビネコはあの時のあたしの状態を知らないだろうけど、そりゃ・・・ボロボロだった。 だからお頭が焦ってついうっかり、ポポとブブって言ったんだよ。 いったいどこからそんな名が出てきたのかねぇ。 まぁ、お頭のことだ、あたしの穴に来るまでにブブが屁でもこいたんだろうさ、それと似た名でポポってとこだろう」

「あ・・・そうなんだ」

「ああ、あたしが気に入ったってとこがあったからそれから名を付け替えることなく、そのままポポとブブになったのさ。 可愛い名だからね」

「そうだね・・・」

お頭がクロギツネに問いただされた時、どうしてこれくらいのことが言えなかったのだろうか。

「ブブ、大丈夫?」

「さぁ? 客人に任せるしかないかね、あたしにはそれ以上は言えないね」

どこかおかしい。 ブブのことなのに。 これがポポであってもそうだ。 ポポとブブのことなのに、ヤマネコが人任せにするなんて。

「ヤマネコ?」

「さて、これで全員の分が握れたかね。 サビネコも随分と握るのが上手くなったもんだ」


お頭が走って布を撥ね上げ部屋に入ってきた。
静かにブブの横に付いていたサイネムが振り返る。

「予定が狂った」

サイネムが眉根を寄せて立膝から立ち上がる。

「兵が・・・あの森に向かってる」

「兵が?」

「あとからあとから、あの森に向かってる」

イノシシから聞いてすぐに見通しのいいところに走った。 そこで見たのはあちこちの山筋から兵があの森に向かって行く姿だった。 岩穴に戻ると「誰も穴から出すな」 と言い、部屋に飛び込んできた。

「もしかしたらもう何人かが森に入ってるかもしんねー」

「様子を見に行ってくる」

あの崖の棚から。

「駄目だ、崖には行けねー、兵に見つかっちまう。 どっか他にいい所が・・・」

お頭が頭を絞るが、さっき見た様子では兵がどこから来るか分からない。
お頭の様子にサイネムも腕を組んだ。 ブブの様子から今日を逃したくない、いや、逃せない。

男達の部屋でイノシシから話を聞いた若頭が顔を真っ青にした。

「若頭、どうした?」

「何かあるのか?」

「いや・・・アナグマは?」

「起きてこねーポポを起こしに行った」

立ち上がった若頭が部屋を出て行くと男達が目を合わせた。

「何があったんだ?」

「イノシシ、何か聞いてないのか?」

「そう言やぁ、お頭もかなり血相を変えてたな」

再度、男達が目を合わせた。

ヤマネコとサビネコが握り飯を皿にのせ、お頭の部屋を訪ねて来た。

「なんだい、若頭とポポは?」

若頭とポポの分も皿にのせてきている。

サビネコが掛布にくるまっているブブの姿を目に入れると、皿を置いてブブの横に膝を着く。
静かに眠っているように見える。 だがどうしてここまで掛布を巻いているのだろうか、顔しか出ていない。
熱でもあるのだろうか、そっと額に手をあてるが熱など感じない。 前髪をかき上げても熱の汗もかいていない。

(・・・汗をかいていない?)

おかしい、これだけグルグル巻きにされているのに。
前髪を直し、立ち上がりヤマネコの元まで戻ると「ヤマネコ」 と小声で呼んだ。

「ブブに何があるんだ? あれだけグルグル巻きにされてるのに汗一つかいてない」

「ああ、冷えが酷くてさ」

「冷えって・・・それなら、それなりの薬草を煎じてやればいいだろう!」

「サビネコ、声が大きい。 ブブが起きちまう」

サビネコがサイネムを睨みつけた。

「客人・・・アンタ、ブブをどうしようってんだ?」

「おい、サビネコ、客人にあたんじゃねーよ」

「この客人がブブを見てるんだろう? なのにブブがあんな調子だ、お頭だっておかしいと思うだろう!」

「だから、声を抑えろって」

「そうさ、こんな大きな声を出してるのにブブが起きない、それだっておかしいだろう!」

「サビネコの言う通りだな」

お頭が布を撥ね上げて入ってきた男達を目にした。

「まさか兵がうろついてるからって、ブブをどうにか出来ないとかって言わないよな?」

「オメーたち・・・」

「ブブの具合によっちゃー、その客人がブブを連れて出るって言ってたけど、今のサビネコの話じゃブブの具合がよくないんだろ?」

「穴にある薬草で足りないんだったら、いくらでも山に採りに行く」

「兵に見つかるかもしれねーってのに、何言ってんでー」

「お頭の群れだぜ? 逃げ足だけは早い」

「お頭の足じゃあ逃げきれないからな、おれらに任せとけばいいさ。 何が足りない?」

「オメーら・・・」

「安心してくれよ、何を言おうがポポは連れて行かねー」

「足手まといだからな」

「・・・そう言ってくれるのは嬉しいんだがよ・・・悪いがよー、ちょっと時をくれねーか?」

「時って! そんなこと言ってる間にブブがもっと悪くなったらどうするんだよ!」

「サビネコ、落ち着きなって。 それより、兵がうろついてるってのはどういうことだい?」

「ヤマネコ、それはおれが目にしてきた、間違いねー。 あちこちから歩いて来てる、外に出られる状態じゃねー」

「・・・それって」

「ああ、いま旦那と話してたとこだ。 だから手を考えたい。 ヤマネコ、悪りーが全員連れて出てくれるか」

「手って・・・、あちこちから兵が歩いて来てて、そんなもん、手なんてあるわけないじゃないか、これ以上ブブを放っておけないってのに」

「やっぱ、ヤマネコは何か知ってるんだ」

それなのに握り飯を握っている時に何も言ってくれなかった。
不服を漏らしたサビネコをチラッと見るとお頭に目を戻す。

「山のことはあたしらが誰よりも知ってる。 とくにこの群れの領域はね」

「ヤマネコ・・・」

「あたしらが案内するよ」

お頭が首を振る。

「そうじゃねーんだ」

ヤマネコが眉を寄せる。

「兵が向かってるのは・・・」

「・・・え、まさか」

お頭が頷く。

「なんでだい!」

「分かんねー、いま旦那がそれを探ろうって言ってたんだけどな」

何を悠長なことを言っているのだ、今日儀式とやらを始めなければブブはどうなる。 大切に大切にあの二人を見てきた、乳をやるとすやすやと寝ていた。 双子のお蔭で死んだ我が子に誇れる母になれたと思っていた。 今でもそうだ。 それなのに、また、兵に邪魔をされるのか。

「くっそ! どこまでも! 邪魔ばっかりしやがって!」

ヤマネコが手に持っていた皿を持ち上げた、一瞬にして皿が叩きつけられ、大きな金属音を鳴らして部屋の隅に転がっていく。
ブブの瞼がピクリと動いた。

ヤマネコが怒ればどういうことをするか男達は知っている。 だからヤマネコが皿を持ち上げた途端、皿の上にあった握り飯はさらっていた。

ヤマネコの台詞に気になったところがあったお頭だが、今はそれどころではない。

「頭」

「なんでぃ」

「これ以上、群れに迷惑はかけられない」

「どうする気だ」

「何があってもわたしが守る。 世話になった」

「何言ってんだ! 今この穴を出てどうにかなるもんじゃねーだろ!」

掛布が動くのがサイネムの目の端に映った。 サイネムがブブの方を見ると、誰もがその目につられるように同じ所を見た。

「サ、イ、ネム」

すぐにサイネムが走り寄り膝を着く。

「どうした? どこか具合が悪か? 喉が渇いたか?」

力無くブブが首を振る。

「うるさかったか? 悪かったな」

もう一度ブブが首を振る。

「もう・・・足が、動か、ない」

太腿まで広がってきているというのか。

「大丈夫だ、わたしが守る。 すこしでも水を飲もう、な?」

ゆるりとブブが頷く。
サイネムが振り返ると目の前に木椀が差し出された。 木椀には水が入っている。

「ブブがアンタを選んだのなら、アンタを認めなくもない」

木椀を受け取ると器用にブブの身体を起こさせ、木椀を口にあてる。
二口三口飲むとふぅーっと息を吐いた。 重そうな瞼をゆっくりと上げると「サビネ、コ」 名を呼んだ。 今初めてサビネコに気付いたようだ。

「顔色は悪そうにないね」

ブブの横にしゃがむとニコリと笑顔を送る。
さっきブブは足が動かないと言っていた。 いったいブブに何が起きているのか。

「痛いところは無いか?」

「・・・ない、よ。 心配、かけて、る?」

いま水を飲んだばかりだというのに、口の中が乾いてるのだろうか、話しにくそうにしている。 それに力のない声、枯れた声。 目にいつもあった光が・・・ない。
ちょっとの間、話さなかっただけなのに。 川の中でブブと一緒にしゃがんで・・・。 それなのに。
サビネコの目に涙が溜まっていく。

「心配なんてかけてないよ。 みんなブブのことが好きなだけさ、ブブに会いに来ただけだよ」

「みん、な?」

「ああ、群れのみんながブブの会いに来てる」

「明日、遊ぼ、って」

「うん、言っとく。 まずは山でかけっこだ」

うん、と小さく頷くと、そのまま瞼を閉じた。 サイネムがブブを横にする。
誰もの口が引き結ばれていた。 全員がブブの声を聞いていた。

「・・・旦那」

サイネムが立ち上がる。

「やはり進みが早い。 森の中に居ないからだろう」

え? 森? 誰もが口の中で呟く。

「このままでは明日には話せなくなっているかもしれない」

全員の顔が固まった。

「今すぐ森に連れて行く。 少しでも進行は止まるだろう。 その後のことはわたしの命に代えてでも行う」

「そうかい、分かった。 だがよ、旦那一人で行かしゃしねーよ」

サイネムが眉を寄せる。

「ま、待ってくれ! お頭、森って何だよ!?」

問われたことに答えず反対に訊き返す。

「若頭は?」

「いねーよ、それより森って何だよ!」

「そっか、若頭に伝えといてくれ、オメーらを頼むってな」

「はぁ!? なに言ってんだよ!?」

「ちゃんと説明してくれよ!」

サイネムがブブを抱き上げた。

「ザリアンは?」

「まだ寝てんだろ」

昨日のことがある。 初めての呪の長い時の中に居た。 理解しがたいこと、分からなかったこともあるだろう、身体には現れない何もかもが疲れているのだろう。 まだ起きていないことを責められるものでは無い。

「起こしてきてもらえるか」

「お頭、ザリアンって誰だよ」

その問いに答えたのはお頭ではなくサイネム。

「ザリアンとは、この群れで言うポポのこと」

はぁー!? 誰もが大きく口を開く。

「わたしは森の民」

「旦那・・・」

まさか正体を明かすとは思ってもいなかった。

「長い年月森の女王の御子を育ててくれたことに、森の民、そして亡き女王に代わって深く感謝する」

「み、みこって・・・」

「ポポとブブのことさ」

大きな息を吐きながらヤマネコが言った。 ここまで言ったのなら何も隠すことはない。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 孤火の森 第18回 | トップ | 孤火の森 第20回 »
最新の画像もっと見る

小説」カテゴリの最新記事