大福 りす の 隠れ家

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孤火の森 第16回

2024年08月16日 20時36分56秒 | 小説
『孤火の森 目次


『孤火の森』 第1回から第10回までの目次は以下の 『孤火の森』リンクページ からお願いいたします。


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孤火の森(こびのもり)  第16回




「そうか、連れて行こうと思っていたが・・・そうだな、どうせ寝るだけか」

ポポが握り飯を喉に詰まらせかけた。

「何やってんだ」

アナグマが急いで木椀に水を入れるとポポに飲ませる。 水で握り飯を流すとゲホゲホ言いながらポポがサイネムを睨む。

「寝るもんかい! 行くからな!」

「では起きておけ」

では連れて行こう、ではない。

「お前・・・」

「名を呼べ」

「サイネム! 罠に嵌めたのか!」

ポポ自ら行くと言わせ、ましてや寝ないと断言させた。

素知らぬ顔で握り飯を口に入れる。

(こりゃ・・・ポポの扱いを慣れてやがるぜ)

だがポポとは顔を合わせてどれ程も経っていない。 ということは、このサイネムという男もポポと似た性格だったのだろうか。

(サイネムか・・・)

サイネムはポポとブブ以外にその名を名乗っていない。 ポポとブブに名を名乗ったのを聞いてサイネムという名だということを知っただけである。 森の民は他の民に名を名乗らないのだろうか。 そんなことを考えながら、やけ食いをしているポポを眺めた。



城の一室、セイナカルの部屋の長テーブルには早めの夕食が並んでいる。
セイナカルは滅多にこの部屋から出ることは無い。 客を相手にする以外は食事もこの部屋でとっている。 とは言っても客とも滅多に顔を合わすことは無い。

「やぁ、我が姫」

明るい声でセイナカルの伴侶である州王が入ってきた。
州王、入り婿ではあるが、父親は前州王の従者であり、州王自身はセイナカルの遊び相手でもあり共に勉強をする相手でもあった。 父親は我が息子が州王になるのを見届け、既にこの世には居ない。

「お帰りなさい」

いつものように左の額から目じりに髪を垂らし微笑を州王に向ける。
長い間城を空けていた、微笑で終ったことには物足りなさを感じるが機嫌が少し戻っているようである。

「ただいま、抱きしめてくれないのかな?」

セイナカルの座る椅子まで行くと、額にかかっていた髪を梳き上げそこに口付けると、セイナカルが目を細める。
美しいセイナカル、抱きしめてはくれなかったが、その目が細められただけで州王に満足の笑みが広がる。

「元気にしてたかい?」

「ええ」

目を合わせると「お疲れでしょう、お座りになっては?」 と勧めるが、州王は口の端を上げただけでセイナカルに微笑み返した。

「お土産があるんだよ」

側仕えが贅を凝らした箱をセイナカルの前に置いた。

「まぁ、素晴らしい」

「ははは、箱じゃないよ、その中。 開けてごらん」

箱と蓋は蝶番で繋がっている。 そっと手前を開けると、その中に大きなエメラルが精緻を極めた金細工に包まれていた。
箱の中に手を伸ばし満足そうに州王に目を移す。

「僕が付けよう」

セイナカルから受け取ると、後ろに回り大きなエメラルドをセイナカルの胸元に飾る。
後ろに回った州王には見えなかったが、セイナカルの表情が氷のように冷たく変わっていた。

「どうだい?」

「ええ、素敵」

胸元に輝くエメラルドを手に取ってそう言ってみせる。

そんなセイナカルに満足したのだろう、州王が席に着き晩餐が始まった。
州王はセイナカルがどうして機嫌が悪かったのかを訊くこともなく、あちらこちらと他国や他州を回っていた話を聞かせた。 だがその話の中には国交、州交の話はなかった。 美しい風景、細工物、楽器演奏、特産である飲み物や食べ物のこと、そんな話ばかりである。

州王が敢えて国交や州交の話を聞かせないことはセイナカルも知っている。 考え方が根本的に違うのだから話すことは必要ではない。
扱いやすい州王だが、それはあくまでもセイナカルに対してだけ。 国交、州交のことになればこの男は考え方を変えない。

「まぁ、楽しく過ごせましたのね」

「ああ、そうだね。 そうだな・・・あと十日もすれば美味しいワインが届くよ。 ニッポニャンの王・・・のご子息からきみに預かってきた」

「まぁ、楽しみだこと」

セイナカルが杯を置いた。 目の前に置かれていた晩餐は終わって既に食器は下げられている。
側仕えがセイナカルにそっと近づき耳打ちをする。
前に座っていた州王、側仕えのその口の動きから誰が訪問してきたかが分かった。
セイナカルが州王を見ると州王が両手を広げ肩まで上げると、わざとらしく肩をすくませる。

「仕方ないね、相手がジャジャムじゃ」

ジャジャムとセイナカルは州王より長く一緒に居ることはよく分かっている。
椅子から立ち上がると「あまり無理をしないでおくれ」 と言って開けられた扉から出ようとすると、そこに低頭したジャジャムが立っていた。

「少しはご機嫌が戻っていると思うよ」

「お邪魔をいたしまして申し訳御座いません」

低頭したまま答えると、開けられたままの扉に歩を入れた。
扉が閉められるとセイナカルが席を立ちバルコニーに向かった。 ジャジャムがその後に続く。

「せっかくの時を壊してくれて」

「申し訳御座いません」

側仕えがワインの入った杯をそっとテーブルに置く。

「それで?」

ジャジャムがここに来るということは何かがあったということ。

「まだ森を調べている段階でしたが、三つの森で森に入った偵察の兵が戻って来ないということです」

セイナカルが目を細める。

「森に迷ってしまったのか、単に見つかったのか、森の民同士で何らかの方法で攻め損ねた森のことを知って何かがあったのか、そこのところは分からないようです」

「その三つの森は・・・森に奇襲はかけられないということか」

「まずは・・・。 もう奇襲とはいきますまい」

奇襲でなければ森の民に勝てるはずなどない。

「一旦、引く方が宜しいかと」

いつもなら問われてもいないのにこんな進言などすることはなく、州王がセイナカルの機嫌が戻ったと言ったからでもない。
ここでゴリ押しをしても兵が死ぬだけ。 いいや、見る方向を変えれば兵はいいかもしれない。 兵自身は宝物(ほうもつ)を手に入れようと躍起になっているのだから。
だが呪師は違う。 兵隊長によって無理矢理街から連れてこられただけである。
睨まれるかと、怒りを買うかと思った。 それでも覚悟をして進言をした。

暫し黙考していたセイナカルだったが、以外にもあっさりと返事を返してきた。

「一旦、引くか・・・。 まぁ、それも良いかもしれんな」

下げていた顔の中でほっと息を吐く。

「だが兵を街に降りてこさせてはすぐ次に動くことが出来ん。 それに全員が引くことは無い」

「と申されますと?」

下げていた顔を上げたがまだ腰は折ったままである。

「一旦森から離れるよう。 そして一部をあの森に」

セイナカルの口の端がニィっと上がる。
一瞬にしてジャジャムの背中に冷たい汗が流れる。

「もし何らかの手で連絡を取り合っているのなら、どこかの森があの森に起きたことを目にすれば・・・」

「あの森に起きたこと・・・とは?」

どういうことだろうか、心当たりが全くない。

「これからよ、これからあの森に起こすことよ。 思えば今までどうして放ってきていたのかのぅ。 女王の居たあの森が焼き払われれば森の民はどうする、か」

広い森である、そう簡単に焼き尽くせないであろうし、そこのところは上手く考えて焼かせるようにする。 時をかけて、いや、時以上に日をかけて。
そうなれば子供を置いて、いや、数人は残っていようか。 だが数人残したとしても森の民総動員であの森の火を消しに来るか、それとももう女王の居ない森を見捨てるか、そこのところは分からないが、前者であるのならば、数人の森の民と子供だけ残っている状態であれば。

「森の民が何人か森を出て行った後に残っている者を捕らえればよい」

取りこぼした者を先に捕らえる、そこに固執する必要などない。

「四日・・・そうだな、明日の夜から夜ごと五日、ここから森が焼かれていくのを見ていよう」

五日をかけて夜に森を燃やせということ。 そしてそれは明日から。

あの森の一番近くにある森からだけ兵を引き上げさせ、あの森を焼くように言うとすれば、その森の兵隊長が反対をするだろう。 その森の宝物が手に入らないかもしれないのだから。 だがそれよりも森の民を捕まえることが出来なくなるかもしれない、そうなればセイナカルからの怒りを買うだけである。
街の兵を森に向かわすわけには行かない。 では満遍(まんべん)なくあちこちの森からあの森に向かわせねばなるまい。

その間にどこからどう焼くか、それを考えなければならないが、森の状態は十三年余り前と変わっているだろう、調べ直すことも必要だがそんな時はない。 今あの森に残っているのは愚兵。 あてになどならないが、今の森の状態を一番よく知っているのは誰よりもあの愚兵たちということになる。

ジャジャムが扉を出た。
今からでは早馬などでは間に合わない。 外に目をやるとあと暫くは明るいだろう。

「鳥を飛ばすしかないか・・・」

まずはあちらこちらの天幕に鳥を飛ばし、あとの指揮系統は大隊長に任せるしかない。



夜になりお頭の部屋を出たサイネムとポポ。
お頭から若頭とアナグマを付けると言われたがサイネムがそれを断った。

『あまりにも手を煩わせる』

『ブブのことだ、誰もそんなこと思っちゃいねーよ』

だがサイネムは首を横に振った。

『兵は夜には動かないだろう。 それに夜は分かりやすい』

分かりやすい、その意味が分からない。 だがそれが森の民なのだろう。

『そうかい、じゃ、いいんだな?』

サイネムが首肯する。
サイネムと共に岩穴を出たポポ。

「おい、本当に火が要らないのか?」

松明が要るだろうと言ったお頭に首を振ったサイネム。

「二度と言わせるな、次に名を呼ばなければ帰れ。 そして森に来るな。 ゼライアはわたしが守る」

ポポの顔が歪む。 森に行くとかそんなことはどうでもいい。 だがブブを取られてなるものか。

「サ・イ・ネ・ムッ! 松明は要らないのかっ!」

「要らん」

「どうしてだよ、崖に行くんだろ? 月明かりだけじゃ・・・」

心許ない。

「お前は目で見ようとするからそう考える」

「はぁ? 目で見るのが当たり前だろ。 なにか? サ・イ・ネ・ム・は耳で見るのか? それとも鼻か? 鼻の穴をおっぴらげて見るのか?」

ポポがサイネムに鼻の穴を向けて思いっきり開いてみせた。 サイネムが横目でポポを見る。

「なんだよ」

サイネムが体ごとポポに向き、右手の中指をポポの額にあてる。

「なんだよ! なにす、ん、だ・・・」

「見えるか」

朝の昼の陽がまぶしくあたっている時とは違う。 夕刻の、どこか静まった暗さがあるが、だが夜に見える山ではない。

「お前にはまだ暗さが見えるだろう。 わたしには見えないがな」

「どういう、こと、だよ」

「未熟ということだ」

サイネムの指が額から離れた。

「どうだ? 今までと同じか? それともわたしが触れた時のままか?」

「・・・一緒」

「どちらと」

ポポに言葉が足りないとは言わなかった。

「・・・暗さはあるけど、見える」

「では松明は要らない」

サイネムが足を進める後を月明かりに頼ることなくポポが歩いた。

「夜が分かりやすいということはこういう事だ。 相手から見えなくともこちらからは見える。 松明など持っていては相手にこちらの場所を知らせるだけのこと」

坂道を上がり崖の上まで来た。 ここから崖にある棚に降りるのだが今は夜。 サイネムは夜に兵は動かないだろうと言っていた。 だから棚に降りることなく、森と一直線上にあるこの崖の上で森の様子を見るのだろう。

サイネムが一度月を振り仰いだ。 満月は終わっている。 これから更に月が細くなり新月を迎える。 ふっと髪の毛の色が変わった。 満月ではなくとも白銀色の髪はとてつもなく美しく月の光に照らされている。 そして瞳も。

サイネムが胸の前で左右の人差し指と親指を合わせ、他の指は丸く曲げこちらも左右を合わせた。
何をしているのだろうかとポポが覗き込む。

「同じ指の形をとれ」

「へ?」

「同じことを二度言わすな。 同じ指の型をとれ」

一度目は “カタチ” と言った。 そして今は “カタ” と言った。 同じ言葉を二度言っていないだろう。

「好き勝手いってんじゃないよ!」

サイネムと同じように、胸の前で左右の人差し指と親指を合わせ、他の指は丸く曲げこちらも左右を合わせる。

「ゆっくりと指の型を変えていく。 真似るよう」

ゆっくりとと言われても初めて見る者にすれば指がこんがらがりそうになる。

―――間違えた。

ポポの指の動きを見ていたサイネムが指を開く。

「最初からもう一度」

「・・・」

怒られなかった。

もう一度、胸の前で左右の人差し指と親指を合わせ、他の指は丸く曲げこちらも左右を合わせた。 そして次々と指の型を変える。
さっき間違えた所を通過した。 それから何度か指の形を変える。 今度は一度も間違えなかった。

「地から足が離れることを意識しろ」

「え?」

「いちいち問い返すな」

もっと言いようがないのか、そう思いながらも地から足が離れることを意識する。
ふわりと足元が浮いた。

「え!? あ!? うわっ!」

大きく尻もちを着いてしまった。
浮き上がっていたサイネムが尻もちを着いたポポに視線を送る。 その視線をしっかりと受ける。

(くそっ!)

罵倒される。 その前に起き上がってもう一度あの形を・・・。 ポポが立ち上がってもういちど指を合わせたが、悔しくもその先の指の動きを覚えていない。 だがそれを切るようにサイネムの声が響く。

「一度目で浮いたのは上々」

「え?」

「問い返すなと言った。 わたしは一度目で移動を出来たがな」

(コイツ・・・)

サイネムの言いようにいちいち腹が立つ。

浮遊していたサイネムがポポの元まで下りてくると、まるで指の動きを止めるようにポポの二の腕を取った。

「もう覚えただろう。 時があるわけではない、降りる」

“もう覚えただろう” と言われて “はい” などと言えるものではない。 ポポでなくとも誰であっても、一度教えられただけであんな複雑に動かす指の形を覚えられるわけもなく、まずまず生活の中で指の型など無いのだから。

二の腕をとっていたサイネムの腕がポポの腰に回され、サイネムに抱えられたポポの身体が浮いた。 そしてそのまま崖の棚まで降りて行く。
崖の上から様子を見に行くわけではなかったようである。

「良い場所を教えてもらった。 ここは落ち着いて風とも話せる」

え? と言いかけたポポが慌てて口を閉じ、ちゃんと言葉にする。

「風と話せる?」

「今は必要ないがな、だが最初の内は簡単に風と話せることなど出来ない。 こういう場所は周りを気にせず自分の中に入り込める」

「自分の中に入り込める?」

「まずは自分の中に入り込んで・・・簡単に言うと集中か、それから何事も始める」

「それが呪なのか?」

「小手先だけの呪もあるがな。 そんなものは簡単に破ることが出来る。 今・・・いや、今もどうかは分からないが、少なくとも今日、森の様子を見に行った時に居た呪師はその程度の者だった」

「そんなことが分かるのか?」

サイネムがじろりとポポを見る。

「森の様子を見に行く」

「あ、うん。 今度は寝ないでちゃんと見ておく」

そう言って足を後ろに引こうとするとサイネムがそれを止めた。

「わたしの横に座れ」

サイネムがその場に胡坐をかいた。

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