大福 りす の 隠れ家

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みち  ~道~  第205回

2015年05月26日 23時05分06秒 | 小説
『みち』 目次



『みち』 第1回から第190回までの目次は以下の 『みち』リンクページ からお願いいたします。

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『みち』 ~道~  第205回



父親のお茶を入れているその間にも両親の会話が聞こえる。

「お父さん、仔犬ちゃんの服を編むって犬が服なんて着るのかしら」

「何を言ってるんだよ。 着ようが着まいがこの寒い冬に風邪をひいたらどうするんだよ」

「まぁ、そうだけど。 それじゃあお母さんが編みましょうねぇ。 何色がいいかしらぁ?」 聞こえてくる会話を聞きながら目だけで天を見た。

父親のお茶をいれ、そして入れてきたお茶を父親の前に置きながら

「あのね、お父さんもお母さんもよく聞いて」

「なに?」 そう返事をしたのは母親だが、母親は仔犬と遊んでいて琴音のほうを見ていない。 父親は琴音を見ながら湯飲みに手を伸ばしている。

「可愛がってくれるのは嬉しいんだけど、仔犬ちゃんはこのお正月休みだけここに居るのよ。 その後はまた向こうに帰って一人の時間が長いの。 だからここであまり甘やかすのは仔犬ちゃんにとって後が寂しくなるだけなのよ」

「散歩くらいいいだろう? 向こうにいても散歩くらいするんだろ?」

「お父さん抱っこしてたって言ってたじゃない」

「ま・・・まぁな・・・」 バツが悪そうにお茶をすすった。 

仔犬と遊んでいた母親は

「嫌あねぇ、仔犬ちゃん。 意地悪なおばちゃんですねー」

「お母さん! 誰がおばちゃんよ!」

「おおコワイ、コワイ。 仔犬ちゃんあっちに行って毛糸で色を合わせましょうね。 何色が似合うかなぁ?」 仔犬を連れて隣の部屋に行ってしまった。

「最悪・・・こんな事になるとは思っていなかったわ」 



その夜、自分の部屋で寛いでいると外でガタガタという音がする。 

「何の音かしら? ドロボーなんてこんな所に居ないはずだし・・・」 ソロっと窓を開けて外を見るが何も変わった様子はない。



翌朝、琴音が起きてくるとまたもや父親と仔犬は朝の散歩に出ているようだ。 一人残っている母親に夕べの事を言うと

「ああ、あれ? お父さんが物置でガサガサしてたのよ」

「え? あんなに遅い時間に? いつもなら寝てるはずの時間なのにどうして? 物置で何をしてたの?」

「知らない。 お母さんは仔犬ちゃんと一緒にいたものねー」

「お父さんは放りっぱなしっていうことね」 



こんな調子で琴音の帰る日がやってきた。

「じゃあ、仔犬ちゃんのことをお願いするわね。 仔犬ちゃんいい子でいるのよ」 車の窓を開け、母親に抱かれた仔犬の頭を撫でそして

「お母さん、いい? くれぐれも甘やかさないでよ。 特に自分の食べてる物を食べさせないでよ」

「分かってるわよ。 仔犬ちゃんウルサイおばちゃんにバイバイしようね」

「だから誰がおばちゃんよ! それにウルサイって・・・あのね、昔と違って今は色んな病気が発見されてるの。 人間の食べるものは味が濃すぎて病気になるんだから絶対に食べさせないでよ」

「あら? そうなの?」

「やっぱり食べさせる気でいたんでしょ」

「だって私たちだけ食べるって可哀想じゃない」

「病気になったらもっと可哀想な目にあうんだから。 それは絶対にしないでよ」

「病気は駄目よ。 分かったわ、お父さんにもよく言っておくわ」

「じゃあね、頼んだわよ」

「気をつけて帰るのよ」 窓を閉め車を発進させた。

バックミラーを見ると 仔犬を抱えた母親が家に入っていくのが見えた。

「あーあ、この間まで見えなくなるまで見送ってくれてたのに。 アニマルパワーってすごいわね」



今回の正月休みは出勤前日まで実家に居たため、マンションに着くと明日から出勤だ。 マンションに着いたのは夕方。 ドンとボストンバッグを置くと時計を見て

「もうこんな時間。 疲れたぁ」 帰省ラッシュにはまってしまったのだ。 

部屋の中は冷え切っている。 まだ寒くて上着を脱ぐ事も無くエアコンのスイッチを入れ、お湯を沸かした。

「仔犬ちゃん大丈夫かしら・・・」 考える事は仔犬の事だ。



悠森製作所での最後の年始出勤。

事務所に上がりすぐに窓を開け山を見た。

「あの山が・・・」 暦の書いた五芒星を思い出していた。 何も考えていない頭の中は真っ白だ。 暫くじっと見ていたが

「さ、現実の掃除を始めなきゃ」 時計を見ると10分が経過していた。

「きゃ、もうこんな時間になってたの? 急がなきゃ」 慌てていつもの様に掃除を始めだした。

スタートが遅れた分、時計と睨めっこの掃除だ。

「わぁ、後5分で終わらせて工場に下りて社長の挨拶を聞かなきゃ」 手抜き掃除になりかけたとき、事務所のドアが開いた。

「お早うございます」 社員が一人入ってきた。

「え? お早うございます。 あの、朝の朝礼は?」

「今日はもう終わりましたよ」 時計をもう一度見るとまだ始業10分前だ。

「もう終わったんですか?」 驚いた声を上げると

「さすがに年始ですからみんな早く来てますし、こんな状況ですから社長も一言二言でさっさと終わらせましたからね。 まだみんな工場で雑談してますよ」

「あ、じゃあちょっと工場に行ってきます」

「どうぞ。 電話が鳴ったら僕が出ますから気にしなくていいですよ」 年始の挨拶をちゃんと出来ていない事を気にしていると悟ったのであろう。

「お願いします」 雑巾を自分の机に置いてすぐに階段を下りて行った。

見るとまだみんな雑談をしていた。 琴音に気付いた若い社員の一人が

「あー、織倉さーん、明けましておめでとうございまーす」 それに続いてみんなが振り返り琴音を見て「おめでとうございます」 と口々に言った。 慌てて走り寄り全員に向かって

「明けましておめでとうございます。 本年も宜しくお願いいたします」 そう言い、改めて社長に

「おめでとうございます。 本年も宜しくお願いします」 すると社長も

「おめでとう。 今年の数ヶ月、残りの時間を頑張ってください」 それを聞いていた先に挨拶をしてきた若い社員が

「織倉さんまとめて1回でいいなぁ」 

「え? 何がですか?」 何のことか分からない。

「僕なんて人数分、挨拶しましたよ。 米搗きバッタみたいに」

「あ・・・一番に来られてたんですか?」 笑いながら言うと

「僕が一番ペーペーですからね」 すると社長が

「織倉さんは1回じゃなくて2回。 全員と俺にしただろ。 ほら、ペーペー、カレンダーがまだ表紙のままだぞめくっておけよ」 工場にある机の前の壁に貼り付けてある少し遠目からでもよく見える大きなカレンダー。

「さ、それじゃあみんな持ち場に付こうか」 そして年始の仕事が始まった。 

「えっと・・・税金、税金。 年末の還付金は・・・」 年始早々の仕事は納税の為の預かり金と還付金を見合わせなくてはならない。

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