大福 りす の 隠れ家

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孤火の森 第17回

2024年08月19日 20時37分06秒 | 小説
『孤火の森 目次


『孤火の森』 第1回から第10回までの目次は以下の 『孤火の森』リンクページ からお願いいたします。


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孤火の森(こびのもり)  第17回




横で見ておけというのなら、そうしてやろうではないか。 ポポもサイネムの横に胡坐をかく。

「足どうしが付いてもいい、真横に座れ。 わたしの手の上にお前の手を置くよう」

え? と言いかけて再度言葉を飲んだ。 置けと言われてもどうやって置けばいいのだろうか。

サイネムが椀を持つように左右の足の上に手の甲を乗せた。

「わたしの手の上にお前の手を置き、お前自身の中に入り込むよう」

「入り込むって・・・」

どうすればよいのだ。

「お前自身を見つめればいい。 わたしが連れて出る」

全く以って意味が分からない。

「何も考えず、自分の内だけを見つめるよう」

出来るか出来ないかなど、どうでもよくなってきた。 とにかく上っ面だけでも言われたことをすればそれでいいのだろう。
サイネムの足にポポの膝をあて、サイネムの掌の上にポポの手を乗せた。

(オレの内ね)

自分の内とはどういうモノかは分からないが、サイネムは集中と言っていた。

(集中か・・・)

『ポポ! 危ないだろが、よそ見すんじゃない、もっと集中しろ』

大人達からよく言われた。 実を採るために木登りをする時も、川魚を手掴みで捕る時にも手元と足元をよく見ろと言われた。
サイネムの手に重ねた自分の手を見る。 次に耳をくすぐる風の音、ずっと下から聞こえる水が打ち合う音、どこからか聞こえる獣の咆哮、他に何が聞こえるだろうかと、一つ一つを耳から遮断する。

顔を横に向け、その様子を一瞥したサイネム。 僅かに口角を上げると前に向き直り目を瞑る。

ポポが、ポポ自身がポポ自身の身体から、頭頂から抜け出る感覚がある。 抜け出ようとしている自分自身にも、抜け出られようとされている自分自身にも感覚がある。

(え・・・) 思った瞬間、サイネムの声が聞こえた。 <そのまま> と。

ポポの身体、頭頂部がこすられる・・・いや、そうではない。 引っ張られるような感覚がする。 その中にこすられるような感覚がある。
そして抜け出ようとしている自分自身に圧迫感がなくなっていく。 今まで自分の身体に圧迫感など感じたことは無かったのに。
不思議だ。 自分自身なのだから当たり前だと言われればそうだが、それでもそうなると自分自身が二人居ることになる。
引っ張られるような感覚がなくなった。 同時に今にも空気に溶け込んでいきそうになる。

(気持ちいい・・・)

<自分を糺(ただ)せ>

ぼおっとしかけたポポの意識が引き戻された。

<え・・・>

<自分をしっかりと持て。 でなければ引き戻されるか、戻って来られなくなる>

問い返すなと言われなかった。
そうだった、今は崖の途中に居て、それでサイネムの手の上に自分の手を置いて・・・。
自分の手元を見た。 サイネムがしっかりと握っている。

<あ・・・>

<わたしの手を離すな。 今から森に向かう>

<う、うん>

前を見るとはるか下に渓谷が見える。 目先を移して足元を見ると、サイネムの膝の上、サイネムの手に自分の手を重ね座っている自分が居る。
ゴクリと唾を飲んだ。 いや、身体は下にある、飲めたのだろうか。
そしてもう一つに気付いた。

(ええ!? オレ、浮いてるのか?)

<いちいちうるさい>

<え?>

どうしてだ? 声になど出していない。

<気付かんのか? お前はさっきわたしに返事をした時、思念で答えた>

<しねん?>

<口にしていないということだ。 簡単に言うと思いが言葉となる>

ということは思ったことが筒抜けということなのだろうか。

<そうだ>

(うそだろー!)

サイネムが冷ややかな目でポポを一瞥すると上を向いた。

<あまり雑念を入れるな、たとえわたしでもこれ以上は補いきれなくなる。 行くぞ>

補いきれない・・・今も補ってもらっているのだろうか。

<うん・・・>

行くと言ってもどうすればいいのだろうかと思っていると、サイネムに手を引かれたまま飛ぶように上昇をし渓谷の上を飛ぶ。

(わぁー・・・)

これが昼間ならどれだけ凄い眺めになっただろうか。 もっと上に上がればもっと色んなものが見渡せるのだろうか。
ポポの服が、服に回している縄が風にはためく。 一つに括っている髪の毛はもうかなり伸びてきている。 もう雀の尻尾ではない。 その髪の毛が風に踊る。
あちこちを見たくて顔を横に振るとずっと先に明かりが見える。

(あ!)

篝火だろうか、そして篝火のように強くないのは松明の灯りだろうか、その二つの明かりが相まって暗闇の中幻想的に浮き上がっている。
こんなに美しい風景など見たことがない。

サイネムがちらりとポポを見た。

<あそこはお前たちの言う女州王の城だ>

ポポがどこを見ているのかも分かるようだ。
女州王、それはこの州の州王。 そして兵の頂点にある者。 その者が住まう城。

(州王・・・女州王)

ポポとブブの生まれたと言われる森を襲ったのは兵、群れの仲間からそう聞いている。 初めて会った時サイネムからもそう聞いた。 だが兵が勝手に森を襲うことなどない。
そんなこと今まで考えもしなかった。 単に兵が森を襲った、そこで止まっていた。 兵に見つからなければそれでいいのだから。 だが兵に命令を下したのは・・・。

<そうだ、女州王だ>

ポポが大きく目を見開く。

<そのことでザリアンには伝えなければいけないことがある、ローダルとして。 だが今は自分のことに集中するよう>

ローダル、それは女王の御子として生まれた男の系列に付けられると言っていた。

<・・・うん>

どんどんと飛んで行く。
風が頬を撫でる。 首を巡らせば暗がりの中でも街の明かりが見えるだろう。 目を凝らせばもしかして獣が動いているのが見えるかもしれない。 夜の獣を見ることなどそうそう無い。

それなのにどうしてだろうか、先ほどまでの浮かれた気持ちがなくなっていった。 ただサイネムに繋がれた自分の手だけを目に映している。
風が皮膚を滑っていく。 慣れがないからだろうか、段々とそれに疲れてきたような気がする。

ぐっと、サイネムに手を引かれた。 そのままサイネムの胸の内に入る。
ぼおっとしていた。 何が起きたのだろうか。
後ろで括っていた髪の毛がパサリと首の後ろに落ちてきたのを感じた、いや、そう思っただけなのかもしれない。

<ぼおっとしていた分、雑念が入らなかったな>

サイネムの声が降ってきた。
いつの間にか足が地に着いていた。

<だが集中力に欠けていた>

サイネムが口の端を上げる。

<ある意味、悪い傾向ではないがな>

どういう意味だろうか。

<ザリアンが見たのはあの小屋だな>

念を押すかのように訊いてくる。 あの小屋、そう言ったサイネムの目の先を見ると、たしかに以前ポポが目にした小屋があった。

(ザリアン・・・)

ポポではなくザリアン。 ポポだというのならばブブに関われない『ならばここから立ち去れ。 話に必要なのはゼライアを守るザリアン』 そう言われた。 そしてポポはザリアン・ローダル・ポスイルだと。

(ブブと離れるわけがない)

何と呼ばれようとブブを守るのはオレ。 オレはお頭や仲間に育ててもらったポポであり、ブブを守るザリアンでもある。

<そうだ>

ポポの心の中の葛藤などサイネムには聞こえる以前に透けて見える。

<中には呪師が居るかもしれない>

<呪師・・・それって、さっき言ってた小手先だけとかっていう?>

<さぁ、同じ呪師かどうかを確かめに行く。 もちろん兵の数も>

<ここからじゃ、分からないのか?>

<力がそこそこある呪師ならここからでも十分わかる。 だが力の弱い呪師、反対に力の有る呪師であればここからは分からない>

<どうしてだ?>

<力がそこそこある呪師はその力を垂れ流している、だから分かる。 だが力が弱すぎるとそれこそ兵たちと同じようなもの、特別に何かを感じない。 だが力の有る呪師ならば力を使う時、使っている時以外はその力を内に秘めているものだ>

<だから分からない>

サイネムが言おうとしたことをポポが先に言った。 サイネムがゆっくりと瞼を閉じる。

<そうだ>

<近づいて力の有る呪師だったらどうするんだ? オレのこともそうだけど、サイネムが居ることもバレるんじゃないのか?>

<わたしの呪力はその程度のものではない>

ポポが何度か目を瞬かせる。

<こうしてザリアンを連れてくることがどれほどの力を有していないと出来ないか、想像できないか?>

力の何たるかなど分からない。 だがそう言うのであれば、それは相当なことなのだろう。

<分かった>

<どんなことがあっても、わたしの手を離すな>

崖の棚で聞かされていた。 自分をしっかりと持っていないとどこかに飛ばされると。 それと同じことが起きるのかもしれない。

<うん>

サイネムが地からほんの少しふっと浮くと、何を考えることなくポポの足も地から離れた。 そしてそのまま小屋に向かって浮遊していく。
窓のところまで来るとサイネムが窓を覗き見る。 背伸びをしようとしたポポの身体が浮いて窓の高さまで上がった。

中では山の民のような服を着た兵が寝ころんでいたり、車座になり何かを打ちつけるように床面に放り投げていた。 数を数えると八人。 そして小屋の隅にサイネムと同じようにローブを羽織った者が膝を立てて背を丸くしている。
たしかサイネムはサイネムと同じようなローブを着た者が居なかったかと訊いていた。

<そうだ、あれが呪師だ>

やはり考えていることが全て筒抜けらしい。
サイネムがどこか得た、という顔をしたがポポがその顔を見ることは無かった。

<小手先だけの?>

<ああ、現にザリアンにもわたしにも気付いていない>

あの呪師はいつもああして小屋の隅に居たのか。 あまり良い扱いを受けていないということか。
それはあの呪師の持っている力・・・いや、持っていない力から想像が出来なくもない。

<気付いてて知らんぷりをしてるわけじゃないのか?>

そして後で襲い掛かるのではないのか?

<わたしも昼間に罠かもしれないと思ったが、どれだけ探ってもあの者には呪の力を感じなかった>

呪、それは煙を焚いたり、何かを唱えたり、道具を使ったり、それこそサイネムがしたように指を動かしたりするものでは無いのか? それを、その行為をして何かを変えたりする、それを呪と呼ぶのではないのか?

<そうでもあるが、呪の力はもともとその者にあるかどうか。 呪の力がない者はそれこそ煙に頼ったり呪具に頼ったりするだけだ。 言ってみれば誰にでも出来る。 だが呪の力がある者はそうではない、それだけではない>

よく分からないがサイネムが言うのだ、あの隅に座って丸くなっている呪師には呪の力というものが無いのだろう。

<・・・分かった。 あと二人兵が足りない>

<森の中を探す>

<うん>

手を繋がれたまま森の中に浮遊して行く。

小屋の中では車座になり博打が行われていた。 賭けているのは金であったり身につけている物。

「ちっ、またかよ!」

手に持っていた全てのカードを前に打ちつけるように投げた。
これで何敗目だろうか。

「今度交代の時に家に戻っていい物を見つくろってきな」

今回もこの男にはもう賭ける物など無かった。
憎々し気に舌を打った男が小屋の隅に振り向く。

「なぁ、あんた」

呪師がピクリと肩を震わせる。

「呪師のくせしてビビってんじゃないよ。 その腕輪、よこしな」

既にこの男には一つ取られている。 もうこれ以上取られたくない。
足に顔を埋めたまま首だけを振る。

「まともに呪が使えないんだろ? バラされてもいいのかよ」

それは、この男に腕輪を取られたからだ。
自分に呪力が無いのは分かっている、呪具を使うしかないと。 呪具でなら街の民に問われる失せ物や探し人くらい探せた。 それなのに、その程度なのに連れてこられた。 ましてやその内の一つの呪具が取られてしまった。

「呪具は金になんだよ」

男が立ちあがった。

もう駄目だ、逆らうことなんて出来ない。 逆らえばまた頬をぶたれ、呪具をむしり取られる。 父さんが作ってくれた呪具なのに。
もう亡くなっているかもしれない・・・ずっとそう考えていた。 あの優しい父がこんなに長い間音沙汰一つ無いのは有り得ない。
父は亡くなった、きっとそうだ。 その父が作ってくれた呪具が、形見となった最後の呪具が取られる。
目に涙がたまってくる。

「やめな」

寝ころんでいた男が目を開けて言った。

「誰だ、誰が言った」

男が上体を起こす。

「俺だよ」

思わず呪師が顔を上げる。

「けっ、新人か。 新人は黙ってな」

「なら、お前も黙ってろよ、おちおち寝てられやしない」

「なんだとー!」

上体を上げた男につかみかかりに行こうとした時、後ろから服を引っ張られた。 振り返ると今の賭けに勝った男だった。

「今日はもう終わりだ、あと少ししたら交代に戻ってくるだろうよ。 次はお前だろう、ちょっとでも寝ときな。 ああ、そうだ、行く前には鳥小屋の確認を忘れるなよ」

男の摑んでいた手を払いのけると「覚えとけよ」 と、いまだに上半身だけを上げている男にすごむことを忘れなかった。

<兵の中で内輪もめがあるみたいだな>

<え?>

何を言っているのだろうか、目の前に兵などいない。

<さっきの小屋の中の兵だ>

それにあの呪師がそれ程に力がなかったとは。

<小屋の中?>

<あそこの窓に私の意識を残してきた>

<・・・>

全く意味が分からない。

<そのうち分る>



ヤマネコに身体を綺麗にしてもらったブブが掛布にグルグル巻きにされ、お頭の部屋ですやすやと眠っている。 ヤマネコが自分の部屋に引き取ると言ったが、もうヤマネコは事情を知っている、お頭が首を振った時点でそれ以上言わなかった。

「それにしてもよく寝るな」

「まぁ・・・眠気が異常に来るときもあるもんさ。 にしても、よく寝るかね」

昨日、初潮が始まってからほとんど寝ている。 これがどこかの民ならば叩き起こされ働けと言われるだろう。

「ヤマネコ」

お頭が声色を変えた。

「なんだい」

何を言われるかの想像はついている。

「いいんだな」

ポポとブブを森に帰して。

「仕方ないだろうさ、そこがあの子たちの帰る場所なんだから」

一旦区切ると横を向いて続ける。

「待っている者が居るってのは有難いことだよ。 だがなにより、あの子たちが望むなら、だがね」

山の民は本人が望めば群れを出る。 それを止める者もいれば中には探す者もいる。 だが本人が本気で群れを出る気があればそんな者に惑わされない。 それと同じだと言いたいのだろう。 それが本心であろうとなかろうと。

ヤマネコはこの群れに来るまで、お頭に保護されるまではどこかの群れに居た。 だがヤマネコを誰も探しに来てはくれなかった、あんな状態だったのに。 だから待っている者などいない。

「オメーがどこかに行っちまったら、この群れ全員で探すからな」

「ば、馬鹿じゃないか? あたしの話なんかしてないだろう」

「ま、そういうことってこった。 だがよー、オメーが一番あいつらに手をかけてやってたんだからよぉ」

あの二人に乳をやり育てたのはヤマネコだ。

「・・・生きて・・・」

ヤマネコがどこか寂しく微笑んで下を向く。
お頭の眉が動く。

「生きて別れられるんだ。 それも元気に育ってくれた。 嬉しいこっちゃないか」

「そう、だな・・・」

ヤマネコが唯一腹を痛めて産んだ子はもう生きてはいない。 お頭が手厚く葬った。 まだ乳離れさえしていない小さな赤子だった。

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