大福 りす の 隠れ家

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孤火の森 第18回

2024年08月23日 20時39分47秒 | 小説
『孤火の森 目次


『孤火の森』 第1回から第10回までの目次は以下の 『孤火の森』リンクページ からお願いいたします。


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孤火の森(こびのもり)  第18回




双子の二人を初めて手の中に収めた時の感触を覚えている。 そしてもう息をしていないヤマネコの子を抱いた時の感触も忘れることは無い。 きっとヤマネコもそうなのだろう。 ヤマネコの産んだ我が子と双子は別なのだろう。 もう目にすることは無いヤマネコの子だが、ヤマネコの中でいつまでも我が子は生きているのかもしれない。
ポポとブブが居なくなってもヤマネコは大丈夫だろう。 再び子を失くしたとは考えないだろう。

「それにしても長年よく黙ってきたもんだよ」

「あいつらが森に行ったと聞いた時にゃあ、目ん玉が落ちるかと思ったけどな」

「え? なんでだい? 森の民に守られ・・・あ、いや、呪がかけられているから・・・ん? どういうこったい?」

「おれにもよく分かんねーんだけどな、呪がかけられてるから誰にも分からねー。 兵にも呪師にも、そして女州王にもな。 だが森の民だけは分かるんだとよ」

「へぇー、森の民だけはねぇ」

「呪がかかっているかどうかが分かるらしい。 だがポポとブブが御子だということが分かるのかどうかまでは聞いてない。 もし分かんねーとしたら、考えようによっちゃあ、森の民の呪をかけられている双子を敵視するかもしんねー。 それとも森の民には呪の違いを見抜ける力があるのか。 そうなりゃ、万が一があった時だけ森の民に守ってもらおうと思ってたのか、だから万が一でもない時に森に近づけないようにっつったのか。 おれには分かんねーけどな、それなのにあの二人は森に行きやがって、姿を見られなかったようだからいいものの、話がこじれるところだったってこった」

「へぇー、ポポもブブも運が強いんだかなんなんだか」

生まれてすぐに母親と死に別れた、それは一度も母親の乳を吸うことがなかったということ。 たとえ乳母が乳を与えて生きながらえたとしても、それは決して運が強いとは言わないだろう。 いや、それを運が強いというのだろうか。 我が子は初乳を吸ったにも拘らず死んでしまった。

「運か・・・。 強えーんだろな」

ヤマネコがそっとブブを見る。

「強いんだったら、早くどうにかしてやりたいよ」

どれだけ湯の中に手を入れさせても暖かくならなかった。 湯の中で手をどれだけ揉みしだいてもブブの思うように動かせなかった。 お頭の話ではそれが足にも広がっていくかもしれないということ。

「雪山か冬の川にずっと手を突っ込んでるようなもんだよ」

お頭が痛々し気に顔を歪めた。


ブブがずっとお頭の部屋に居ることは分かっている。 初潮を迎えたことも。 だがどうしてそれだけでお頭の部屋に居るのだろうか。 ポポとは一緒に居られないかもしれないが、それならばヤマネコと一緒に居ればいいこと。

「ブブに何かあったのか?」

群れの仲間たちが数人一つの部屋に集まってぼそぼそと話している。 夕飯は既に済んでいる。 あとは寝るだけだ。

「分かんねー。 それとなくサビネコに聞いたんだけどよ、サビネコも知らねぇみてーだ」

「その・・・言わないでおこうと思ってたんだがよ」

誰もの目が今言った男に集中する。

「ポポとブブ・・・この群れの名じゃないよな」

全員が目を逸らせた。 それは誰もが分かっていたこと。 敢えて口にしなかっただけ。

「お頭は拾ってきたって言ってたけど、それならこの群れの名を付けるだろう」

ある日突然、ヤマネコの手の中に居た双子。 お頭は夜中に泣き声がして拾ってきたと言っていた。
お頭はあの時、預かった、そう言えばよかったのかもしれない。 だがそう言ってしまえばその名からどこの群れかを誰もが考えるだろう。 考えるのは自由だ。
だがポポとブブ、そんな名を付ける山の民の群れなどどこにもない。 山の民の間での暗黙の了解である他の民を群れに入れない、そこに引っかかってしまう。 だから預かったとは言えなかった。

それにポポとブブがものが分かるようになった時に “預かった” とは聞かせられなかった。 それでは誰から預かったのか、いつ迎えに来るのか、そう問われれば答えられるものでは無かったのだから。

「だが・・・ポポとブブは」

「ああ、おれたちの群れの仲間だ」

赤ん坊がいないこの群れにやって来た。 誰もが無邪気な笑顔に支えられた、過去の群れを忘れられた。 時々、突拍子もないことをやってくれるが、それを特に諫めることなく心配をするだけだった。

「おい、いつまで起きてんだ」

布を撥ね上げて顔を出したのは若頭であった。


崖の棚の上に座っているポポの頭頂部に違和感を感じる。 頭頂部がじんじんとして何かが収まっていくような感じがする。 だがその何かが自分であることは分かっている。 不思議な感覚だった。
手にぬくもりを感じた。 散漫になりそうな自分を意識して一つにまとめる。 気付くと自分の手がサイネムの手の上に置かれていたのが目に入った。
サイネムが深く息を吐いたのが聞こえる。 その吐息が聞こえてゆっくりと顔を上げるとサイネムを見上げた。

目を瞑ったままのサイネムが深い息を三度繰り返し、その瞼がゆっくりと上がってきた。

今、自分は何をしていたのだろうか。 ・・・いや、分かっている、ちゃんと記憶にある。 だが・・・。

「目は乾いていないか」

「え・・・」

「ずっとわたしの手を見ていた」

「あ・・・」

そう言われれば目が痛い。

「普通は目を閉じるものだ」

「・・・そんなこと聞いてない」

「言われずとも分かること」

「悪かったな」

「いい加減、手を離せ」

あっと思ったポポがサイネムの手の上から自分の手を引く。
頬が赤くなる。

(くそっ)

「今日のことだけでザリアンに何か出来るようになったわけではない」

ポポが口を歪めるが、それはそうだろう。 自分に起きたことがまだ上手く咀嚼できていないのだから。

「こういう事も出来る、今はそれが分かればいい」

「・・・」

それでブブを守り切れるのだろうか。

「戻るぞ」

サイネムが立ち上がった。 崖を降りてきた時のように浮遊するのかと思い、ブブが手を胸の前に出す。

「疲れた、自力で上がれ」

呪を教えてもらえないようだ。 とは言っても、降りる時には結局サイネムに抱えられたのだが。
胸の前に出していた手を飛び出した岩に伸ばす。

崖を登り終えると岩穴に戻る帰りの道々では、呪文と指の動きを覚えさせられた。
サイネム曰く、赤子がする程度だということだったが、まだまともに喋ることの出来ない赤子に呪文など唱えられるはずがないだろう、と言い返したかったが、日常に無い言葉はなかなかに難しく次々と出される呪文と指の動きを覚えるのに必死で言い返す間もなかった。

岩穴に戻ってくるとポポとサイネムの為だろう、入口を入ったところに松明が掛けられていた。 いつもならこんなことは無い。 夕飯が終わればそれぞれの部屋に戻り、部屋の中に松明を掛けるだけである。 でなければ入り口から零れた明かりを兵に見つけられてしまうのだから。

入り口に掛けられていた松明をブブが消す。 まだサイネムからの呪が効いているのだろう、明かりがなくとも見ることが出来る。

「なぁ、サイネムがかけてくれた呪、いつまで効いてんだ? 明日になれば暗がりの中が見えなくなるのか?」

「もともとザリアンが持っていた力だ、それを目覚めさせる切っ掛けを作っただけのこと」

「え? ってことは、これからもずっとってことか?」

先を歩いていたポポが思わず振り返った。 ポポに誘導されなくともこの隧道(ずいどう)をどう歩けばいいか分かってはいるが、ポポなりに案内役になろうと気を使っているのだろう。

「そうだ。 だが使い分けなければいけない」

「使い分ける?」

「必要でない時には抑えるように。 闇が必要な時もある」

「ふーん・・・」

前に向き直りお頭の部屋に歩を進める。
ポポにすれば真っ暗な中を松明を持って歩くより、何も持たず歩けるのならばそれに越したことではないのではないか、そう考えるのだが、サイネムはそうではないようである。
チラリとサイネムを見る。 心の中の声は聞かれていないようだ。 あの状態にならなければ聞かれないということか。

隧道からポポの声が聞こえてきた。

「戻って来たようだな」

若頭とアナグマがお頭の部屋にいる。 ヤマネコは自分の部屋に戻らせた。 ブブに何かあったらすぐに呼びに行くからと言い納得をさせた。
若頭が立ち上がり布を撥ね上げると、丁度ポポがそこにやってきたところだった。

「ブブが寝ている、声を抑えろ」

ポポが頷き布を潜る。 続いてサイネムが若頭に目を合わせる。

「お頭が待ってる」

サイネムも頷き若頭より高い背で布を潜る。
定位置に座ったサイネム。

「どうだったい?」

お頭が木椀に水を入れてサイネムに差し出す。 ポポはブブの横に座り込んで顔を覗き込んでいる。

「ゼライアの様子は?」

まずはブブのことが気になるらしい。

「変りねー。 ヤマネコが湯の中で手を揉みしだいたらしいが、温まることもなく思い通りに動かせることもなかったようでぇ」

「・・・そうだろうな」

お頭が眉を動かす。

「いや、乳母・・・ヤマネコか、ヤマネコがしてくれたことには感謝している。 だがあの状態は儀式を行わなければどうにもならない」

「儀式・・・それを終わらせるとブブは完全に治るんだな?」

「そうだ」

「寝てばっかりなのも気になるんだが?」

「それも致し方のないこと。 ゼライア自身が儀式を待っている」

「・・・」

やはり森の民のことは分からない。

「で? どうだった」

「明日森に入る」

分っていたことだがお頭の目が大きく開く。

「いけるのか?」

「呪師を敬遠する必要は無いことが完全に分かった。 願うのならば、今日と明日の状況が変わっていないということだ」

「明日のいつ?」

「穴を使わせてもらうから・・・そうだな、早朝に出る」

お頭の掘った穴は有難い。 穴から森の中に入って行けば、万が一にも兵がいても見られることはない。

「穴からの出口は出来てねー、朝に出て間に合うのか・・・いや、いつから行う?」

チラリとサイネムがお頭を見た。 そこまで言う気はなかったのだろうか。

「夕刻からだ」

今日のように肉体を置いて森に入るわけにはいかない。
それに穴はお頭が掘った時よりいくらか森の奥に進んでいるだろう。 上手くいっていれば森の中、儀式を行う場所近くに掘り上げられているはずだ。

「夕刻か。 おれも手伝うってのは頭に入ってんだろうな」

サイネムが首を振った。

「なんでぃ?」

「今日までで十分だ」

お頭が眉根を寄せる。 それは遠慮しているのか、知られたくないことがあるのか、それとも本当に不必要なのか。
ずっと黙って聞いていた若頭が口を開いた。

「疲れているようだが? それで明日いけるのか?」

ポポが振り返った。 サイネムの疲れは自分のせいだ。 崖を登ろうとしたあの時、サイネムは疲れたと言っていた。 その前には補いきれないとも。 それに森であんな場面を見たのだから。
すぐにポポが立ち上がりサイネムの横に座った。

「その、オレが手を煩わせたから・・・」

「分っていたことだ、その上でザリアンを連れて行った。 わたしが決めたこと。 それに休めばなんということはない、ゼライアの儀式に支障はない」

ポポを見て言うとお頭に目を移す。

「悪いが休ませてもらってもいいか?」

「ああ、そうするのがいいだろう、寝床を用意しよう」

今は明日のことより、まずはサイネムの身体だ。 でなければ明日がない。
話を聞いていたアナグマが腰を上げかけたが、サイネムがそれを止めた。

「いや、構わない」

そう言って立ち上がると、ブブが横になっている床に移動し、添い寝をするように寝ころんだ。

「あ! あのヤロウ!」

ポポが腰を上げかけたのを若頭が押さえる。

「添い寝をしてほしかったらポポはお頭と寝な」

お頭とポポから冷たい視線を投げかけられたが、そこにアナグマの手が伸びてきた。

「ポポはわしが寝かそう」

アナグマの肩に担がれ、叫ぼうとした時に「ブブが起きるだろ」 と一言いわれ、口を閉じたまま運ばれていってしまった。
たとえポポの背が伸びてきたと言えども、まだまだアナグマに届くものでは無かった。

アナグマの後姿を見送ったお頭が木椀を手に取る。

「で? オメーはどうしたいんだ?」

手伝うのか手伝わないのか。

「行くに決まってますぜ」


朝陽が顔を出した。 今日はその朝陽が散歩をする空に薄暗い雲がかかっている。

「ちっ、晴れの日にこの天気かよ」

珍しく朝飯の用意をしている時にお頭が部屋から出て空を見上げていた。 穴の中からは飯を炊くいい匂いがしている。

「早く堂々と外で飯を炊きたいもんだ」

サイネムには少なくとも朝飯を食べてから出るようにと言ってある。 そのサイネムはまだ薄暗い中、ブブの様子を見ていた。


掛布をそっとだが剥がされても気付かずブブは眠っていた。

『どうでぃ?』

『手は肘で止まってくれているようだが、足は膝下にまで進んでいるな、早い』

早い、その言葉に心臓を鷲掴みにされる思いだが他に気になるところがある。

『起きねーのが気になるんだが?』

昨日は何度か起きてはいたが、それでも寝てばかりいる。
サイネムからはブブ自身が儀式を待っているからだと言われたが、山の民の意識として納得の出来るものではない。
もう朝だ、いつものブブならもう起きていてもおかしくない。 今がその状況にないことは分かっているが、それでも習慣というものがあるだろう。 身体をおこさなくとも目を開けることくらいするだろう。

『体が冷えているせいもある』

『それって、言ってみりゃー冬眠みたいなもんか?』

山の民だ、獣にしか例えられない。

『言ってみれば、それも』

『も、ってえのは?』

『森の民だけが知ること』

知る必要はないということ。

『今すぐどうこうじゃねーな?』

サイネムが深く頷く。

『だが今日を逃したくない』

明日になればブブがどうにかなるかもしれないということなのかもしれない。 今度はお頭が頷いた。

『皆にはゼライアとザリアンが世話になった。 最後にはわたしもだ』

『仲間を可愛がることを世話とは言わねーよ、それに旦那はポポとブブの為に動いてんだろ、床を提供するくらいなんてこたーねーさ』

『そう言ってくれるといくらか気が楽になる。 わたしの名は名乗らずとももう知っているだろう。 名は?』

『名、ねぇ・・・。 そんなものがあるなんてとうに忘れちまってたな』

お頭は他の者に乞われて名を付けてきたが、前に居た群れを出てからは自分自身に名を付けていない。

『では、頭(かしら) でいいか?』

『旦那から “頭” って呼ばれるのか?』

お頭がおどけて見せる。

『今までの礼は言うだけでは尽くせないものであることは分かっている。 だが全ての森の民に代わって、女王に代わって、礼を言う』

サイネムが深く頭を下げた。

『けっ、やめてくれよ。 可愛がってただけでぇ』

『皆にも感謝を伝えておいてくれ』

『・・・旦那が言うんなら一応言っとくよ。 って、今から出るんじゃねーだろうな、朝飯だけは食っていけよ。 でないとポポが途中でへばるぞ』

立ち上がりかけたサイネムの足が止まったのだった。

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