大福 りす の 隠れ家

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孤火の森 第13回

2024年08月05日 20時33分47秒 | 小説
『孤火の森 目次


『孤火の森』 第1回から第10回までの目次は以下の 『孤火の森』リンクページ からお願いいたします。


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孤火の森(こびのもり)  第13回




今度は先程より長かった。 ブブのことを置いていったい何をしているのか、そう思い始めた時にサイネムの瞼が上がり向き直ってきた。

「話を止めて悪かった」

あちこちに触手を伸ばしてみた。 だが岩に囲われているという事と離れ過ぎているのだろう、どこに触れることも出来なかった。 同じことを繰り返させるわけにはいかない。 事が起こる前に他の方法で知らせなければ。

「・・・いったい、さっきもだが、何をしてんだ?」

「ちょっとな」

言えないということか。 ということは森の民の何某なのだろう。 そこに首を突っ込むわけにはいかない。

「もしそうなら・・・いや、疑っているわけではない。 森には兵が居ないかもしれないということか。 それなら・・・呪師一人ならなんとかなろう」

身を隠して探りを入れるのとは違う。 正面から対峙してもいい。

「いや、居ねーとは限らねーぜ」

「何人かは残ってるだろうな」

「数人であれば何とでもなる。 そうだな、あれから十三年も経つんだったな、そうそう兵も残っていないだろう」

「あん? ちょっと待てよ・・・そういやぁ、ブブとポポがあの森の兵に追われたんだったか」

「ああ、うっかりしてましたぜ。 そうだ、あの二人なら何人くらいから追われたか知ってるはずですぜ」

「灯台下暗しってことかい」

「ブブとポポ・・・いや、ポポだけでいい。 呼んできな」

若頭が立ち上がって布を撥ね上げお頭の部屋を出て行った。


胡坐をかいているアナグマが大きな手でブブの頭を撫でている。 そのブブの隣にはポポが今にも泣きそうな目でブブの手を取って座っている。

「ほら、泣くんじゃない」

アナグマが二人の様子を見にやって来た。 すると静かに涙を流しているブブの隣でポポが今の状態で座っていた。 握り飯は食べられていなかった。

『どうした?』

そう訊くが、ブブは涙を流しているだけ、ポポは分からないと言った具合に首を振るだけだった。

「握り飯が食えないか? 腹が痛いか?」

ブブは答えない。 その代わりにポポが答える。

「何も話してくれないんだ。 湯は飲んだんだ、ちょっとだけど。 でもそのあと泣いてばっかで・・・」

ブブの手元を見る。 左手をポポの両手がブブの手を包み込むように握っている。 膝の上に置かれた右手は不安なのだろうか、それとも恐いのだろうか、震えている。
アナグマが首を傾げる。 初潮がきたくらいでこんな風になるだろうか。 それにヤマネコがちゃんと話していた筈だ、女なら皆同じだと。

―――もしかして。

「ブブ、どこか具合が悪いのか? それならちゃんと話せ」

だがブブは口を開きそうにない。
アナグマがブブ、とブブの名を呼んで右手を取ってやる。

「え? ・・・ブブ」

ブブの手が異常に冷たい。

「ポポ、ブブの手、冷たくないか?」

「え? あ、うん。 だから・・・」

だからブブの手を包み込んでいたのか、温めていたのか。

「いつからだ」

「え? えっと・・・ブブが木椀を上手く持てなくて、それでオレが湯を飲ませてやって、ちょっとしか飲まなかったけど、そしたらブブの手が震えてきたから握って・・・その時に冷たいと思った」

「ちょっと待ってろ」

そう言って立ち上がった時に若頭が布を撥ね上げ入って来た。

「あれ? アナグマ、見ててくれたのか?」

「若頭・・・」

振り向いたアナグマ、そして次に首を横にしてブブを見る。

「どうした?」

アナグマの様子がおかしい。 それにブブが涙を流している。

「あの男に訊いてきてくれ」

「なにを?」

どういうことだ、アナグマがサイネムに何を訊けというのだ。 戻って来た時に顔を合わせたくらいだというのに。

「ブブが椀を上手く持てなかったみたいだ、それと異常に手が冷たい」

初潮がきたくらいでそんなことがある筈はない。 それともまだ初潮を受け入れられず、そんな状態になったのかもしれない。 それとも、それは・・・。

「ブブの身体が害してきているのかもしれない」

害している、それはサイネムの口から出た言葉。 それがどうしてアナグマの口から出るのか、どうしてそんなことをサイネムに訊けというのか。 だがそれはあとで訊けばいい。 それよりブブの身体の方が先。
サイネムが違うと首を振ればヤマネコを呼んでくればいいこと、こんな時にアナグマもポポも役に立たない。 もちろんお頭も自分も。
若頭が今潜って来た布をもう一度撥ね上げ部屋を出て行った。


お頭の部屋にポポとブブの姿がある。 相変わらずポポがブブの手を握っている。
若頭がアナグマに言われたことをサイネムに伝えると、サイネムが首を縦に振り、様子を見たいと言ったからである。 若頭が取って返しアナグマがブブをここまで抱えてきた。

「なんでアナグマなんだ?」

サイネムが無言でブブの様子を見ている横でお頭がジロリと若頭を見た。

「ブブを抱えようとしたらアナグマに手を弾かれて」

今度はアナグマをジロリと見る。

「アナグマ、若頭の話からじゃー、オメーがあの男に訊けって言ったそうだな」

「・・・悪いとは思ったが」

「盗み聞きかい」

「お頭がポポも穴に入れたんだ、ポポのことだろうかと思ってな」

「どっからどこまで」

「最初っから・・・あの男の声が長く聞こえなくなるまで。 それでブブの様子を見に行った」

サイネムが触手を伸ばした時までということである。 あとは兵の話しかしていなかった。

「たー、ってことは全部じゃねーか」

「悪いと思ったさ、でも、ポポとブブのことが心配だっ・・・た。 仕方がないだろう、お頭が話してくれねーんだから」

「なんでぃ、開き直りかい。 っとに、どいつもこいつも親馬鹿が」

「どいつもこいつもって、おれは違いますぜ」

「テメーもだよ!」

「おれは違いますって、そう言うお頭も、違いますかい?」

「う、うっせーんだよ!」

ブブとサイネムに背を向けながら三人で親馬鹿なすりつけ争いをしていたが、そこにサイネムの声が入って来た。

「思ったより早く進むかもしれない」

ブブは初めて見たサイネムに目を丸くしていたが「サイネムだ」 そう一言いわれて頷くと、ブブの身体を診ていたサイネムの短い問いにも答えていた。
サイネムの言葉に三人が振り返りポポが顔を上げる。

「早くって・・・」

ポポに次いでお頭が声を荒げる手前で踏みとどまった。

「どういうことでぃ、今晩まで持たねぇってこと・・・いや、そうじゃねー。 その、どういうことでぃ」

思わずとんでもないことを言いかけてしまった。

「身体中が冷えてくるかもしれない。 温めてやってくれ」

お頭が途中で切った言葉に顔色を変えていた若頭とアナグマがすっ飛んで部屋を出て行った。 あちこちの部屋から掛布を持ってくるのだろう。
その姿を見送ることなくポポが口を開く。

「おい、どういうことなんだよ、ブブの身体が冷えたらどうなるってんだよ!」

「おい、ではない、サイネムだ」

「名前なんてどうでもいい!」

「名で呼べ」

名で呼ばないとブブの様子を聞かせてもらえないということか?
一度口を曲げたポポが口を開こうとすると、横になっているブブの声がした。

「サイネム、あたし、どうなるの? 女になっただけじゃないの?」

ブブはサイネムのことを偶然にも群れにやって来た街の医者だと思っているようであった。 だから問われることに素直に答えていた。
山の民が街の民の医者にかかることなどあるものでは無い。 だが時折、街の市に行っている時に薬草を買いに来る医者の存在を目にしていたし、話もしていた。
サイネムが微笑んでブブの頬から髪を梳いてやる。

「大丈夫だ」

「だって・・・」

「まだ手が冷たいだけだろう? 足が冷たくなってきても大丈夫、心配することは無い。 動かしにくいこともな。 都合が悪くなるかもしれないが、手足以外は冷たくも動かしにくくもさせない。 いいね、泣かなくていい。 元に戻るのだから泣く必要など無い、わたしに任せておくだけでいい」

ポポに話している時と全く違う。 声音も話し方も表情も。

(こいつが一番のブブ馬鹿かもしれねーな)

お頭が心の中で呟くと、何も出来ない自分は完全に負けた気がした。
お頭が何を考えているかなど考えもしないポポがブブからサイネムに目を移した。

「おい、本当なんだろうな」

「まだ覚えられないのか」

サイネムの言いように歯をむき出しにしてみせると、そのまま食いしばって訊き返す。

「サイネムッ、本当なんだろうなっ!」

「当たり前だ」

もう一度歯をむき出しにして思いっきり鼻に皺を入れた。


お頭の部屋で車座になって話の続きを始めた。 アナグマもその中に入っているが、サイネムに気にする様子は無かった。
ブブは若頭とアナグマが持ってきた掛布にグルグル巻きにされ、サイネムに大丈夫だと言われたことに安心したのか静かに寝息を立てている。

「で? あの時何人くらいの兵に追われたんでぃ」

「うーん、はっきりと数えてはないけど・・・十人? いや、二十人は居なかったと思うけど」

「この馬鹿ヤローが、そんなにたくさんの兵に追われたのか!」

「でもちゃんと全員ぶっちぎった」

そこに久しぶりの若頭の拳が落ちてきた。

「ったー!!」

頭頂部を押さえ身体を丸くする。

「どうしてそんな無茶をした! 二十人も居りゃあ、遠目からでも分かっただろう!」

「だから・・・二十人は居なかったと思うって・・・」

涙目になって答えるが怒鳴り返されてしまう。

「そんな問題じゃない!」

そんな問題を言ってきたのは若頭なのに。

「それに遠目からって・・・あいつら森の中から出てきたんじゃなかったから」

「あん? どういうこったい。 ポポ、オメー森の中から兵が出てきたって言ってたよな?」

「それは分かりやすくってか、説明も面倒だったし」

「はぁー!?」

もう一度、若頭の手が上がりかけて即座にポポが飛びのいた。

「この馬鹿が! お頭への報告を面倒臭いって、どういうことだ!」

「臭いは言ってない」

「おい、いいだろう。 もう終わったことだ、ちった―落ち着けや」

「いいや、今後のことがあり・・・」

言いかけたが、二人が森に帰れば今後など無かったのだった。
お頭もアナグマもそれに気付いたのだろう。 重い空気が流れる。

「ザリアン」

ポポが眉をピクリとさせる。 その名の説明は受けた。 覚えている。

「オレはポポだ」

「そうか、ならばここから立ち去れ。 話に必要なのはゼライアを守るザリアンだ」

話しは聞かせた。 これ以上言う必要などない。

(っとに、ブブと話してる時みたいに出来ねーのかよ)

お頭が顔の半分を歪めて頭を掻く。

「・・・」

いくらか迷った、迷ったと言っても立ち去ることに迷ったのではない。 どういう返事をしようかと迷っただけである。 五つほど呼吸をする。 そして最後に大きく息を吐いた。

「なんだ」

ポポの迷いなど気にする様子もなく、話が途切れたことを意ともせず、まるで滑らかに話していたかのようにポポの返事に応える。

「兵はどこから出てきた」

「えっと・・・森の横っち、入口に小屋みたいなのがあってそこから」

「小屋?」

「多分、どっかから木を運んできて建てたんだと思う。 そうだな・・・この穴くらいかな」

サイネムがお頭の部屋を見渡す。

「この穴にゃあ、入ろうと思えば二十人は入れるな」

「そうだな、それは座ってということ」

「ああ」

「そこで寝起きをしようとしたら・・・」

「きつきつで十五人・・・ってとこか」

「それでそこから出てきたのは十人から二十人足らず」

「仮に交代制で、そこから出てきたのが休憩中だったとしたら、森の中に入っているのも同じくらいの人数ってことか」

「多く見積もって全員で四十人足らず」

途中からそれぞれが思うことを並べていくのを黙って聞いていたが、サイネムには他に気になることがある。

「どうして小屋の中に居た兵が出てきた」

「あ、えっと、何かなぁと思って窓を覗こうとしたら、急に窓の向こうに兵が立って目が合・・・った」

「覗いただと!? この馬鹿もんが!」

若頭の怒りは当分収まりそうになさそうである。

「覗いてない! 窓は高かったんだから、覗こうとしただけだ」

若頭とポポの間にサイネムの声が入る。

「その中に呪師らしい者は居なかったか」

呪師とて人間だ。 何日も何年も寝ることもせず森に網をかけ見張っているわけにはいかない。

「呪師?」

「兵とは違う服の者が居なかったか」

「兵は鎧を着てなかった、街の民って言うよりオレらみたいな服を着てたからなぁ」

「目くらましでぇ。 今は兵があの森を抑えてねぇって見せてんだ。 それで山の民に似た服を着てる。 あいつらは山の民じゃねーことは分かってる」

「わたしのようなローブを着ている者はいなかったか」

呪師であればいくら変装を強制されてもローブは纏うはず。

「すぐに目が合ったからなぁ・・・オレの見た限りでは見てない」

「そうか」

呪師はもう居ないのだろうか。

「一度、探ってみる」

お頭が両の眉を上げて「そうかい」 と答える。

「この辺りは安全か?」

「安全ってぇのは?」

「兵が来ることは無いか?」

「あるな」

サイネムが視線を外し考えるように横を向く。

「必ずってわけじゃねーけどな」

この辺りは岩しかない。 兵が来てしまえばすぐに見つかってしまう。

「・・・どこか集中出来るようなところは無いか?」

「ここじゃいけねーのか? おれたちゃ、出て行っても構わねー」

「場所を譲ってくれるのは有難く思う。 だがここと森は結構離れている、その上で岩が邪魔をする。 どこか外で障害物がなく兵に見つからないところは無いか?」

「兵がいつ来るかは分かんねーからなぁ。 見張っててもいいが、途中でその集中とやらを切らせるわけにゃいかねーんだろ?」

「ああ」

お頭が考える横で若頭とアナグマも考えている。 森の民と言えど、兵から身を隠しているのかと思うとどこかおかしく思いながら。

「渓谷の中じゃいけねーんだよな?」

「ああ、岩壁が邪魔になりそうだ」

渓谷の左右に生えている木々の間に入ってしまえば兵に見つかることは無いが、ポポとブブが生まれた森の方向を考えると確かに岩壁が邪魔になるだろう。

「あ、いい所がある」

声を上げたのはポポである。

「どこでぃ」

「ブブとよく崖に行ってる時に見つけたんだ。 崖をちょっと降りた所に引っ込んだ出っ張りがあってそこが森の方を向いてる。 そこなら誰にも見つからない。 ほら、アナグマだってオレたちのこと見つけられなかっただろ? それに崖の上に兵は来ないしな」

「わしが?」

「うん、ほら、アナグマが朝から蔦を取りに行くって言ってたけど結局行かなくて。 ほらイノシシに追われてたって言っただろ? でも本当はそうじゃなくて、あの蛇ふさぎの薬を塗るのが嫌だったからブブとそこに隠れてた」

「イノシシ? ・・・あ! あの時か!」

双子が朝飯の後から見当たらなくて群れのみんなで大探しをした時だ。 あの時は結局、蔦を取りに行かなかったのではなく、二人を探していて行けなくて昼飯時になって双子が戻って来たのだった。
どこに行ってたのかと尋ねたら、食べた後の皿を川に洗いに行った帰りにイノシシに追われて逃げていたと言っていた。
他の大人たちが何かあったらどうする、二人でウロウロするんじゃないと、叱っていたからそれでいいかと笑って見ていたが、こうもはっきり嘘だったと言われると腹が立ってくる。

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