大福 りす の 隠れ家

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ハラカルラ 第30回

2024年01月22日 21時18分01秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第20回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


     『ハラカルラ』 リンクページ




                                  



ハラカルラ    第30回




ライたちのことを考えるとまた腹が立ってくるに違いない。 いま烏と話していて少しは気が紛れた。 別のことを考えよう。

「別のことってなぁ・・・」

頭に何か思い浮かべようとするが、すぐにさっきのライの顔が思い浮かぶ。 キツネ面の下の表情は目だけで想像がつく。

(ちょっとキツかったかな)

いや、何を言ってるんだ、騙していたのは向こうの方で・・・。

「あー、また考えてる・・・」

烏は一年前と言っていた。 二十年前は無理としても一年前なら記憶が抜けているところがあるかもしれないが、それでもいくらかは思い出せる。 そちらに考えをシフトしよう。

「一年前っていったら・・・」

すぐに矢島とのことが思い出された。

「あー、なんでここに結びつくんだよ」

ごろりと横を向く、机の方に。

「ん?」

机の引き出しに何か挟まっている。
初めてここに来た時に引き出しを開けた。 それ以降、机には触れていない。 ということは、その時に何かを挟んでしまって気付かなかったのだろうか。 でも挟まるような物はなかったはず。

起き上がり机に近づき前に座り込む。
引き出しに挟まっていたのは小さなジッパー付きの袋。 引き出しにはジッパー付きの袋などなかったはず。
袋を手に持ち引っ張る。

「これって・・・」

袋に描かれているこのキャラクターは、煉炭が持っていたジッパー付きの袋と同じもの。
引き出しを引っ張ると見覚えのあるものが入っていた。

「え? なんでUSBスティック?」

それにこの白いUSBスティックは水無瀬の部屋にあったもので、煉炭が回収し盗聴器としてはもう使えないようにしたと言っていた。 どうしてそんなものがここにあるのか。

「煉炭がこんなに遠くまで来るはずないし・・・」

奥の方まで行ったことはないと言っていた。 あくまでも傷を治すだけに入っていたと。
それによく考えると、ここの黒の穴を知っているのはライとナギだけのはず。 ナギはライに教えられたのだろうが、そのライは水無瀬が魚に連れられてここに来た時に後をつけてきたから知ったのだろう。 今から思うとそれらしい言い方をライはしていた。

あくまでもここは黒の穴。 朱の人間が知っている穴ではないはず。 ということはライかナギがここに置いたのだろうか。
手の中で何度か放り投げて最後に高く放り上げると、横からキャッチする。

「もう会うこともないよな」

煉炭には。
それに誰がここに置いたなどと今はもう考える必要などない。
ジッパー付きの袋に入れるとしっかりと閉じる。 キャラクターに阻まれて中のUSBスティックがはっきりと見えなくなったが、じっと見て溜息をもらす。

「可愛かったよな」

袋の上からUSBスティックを親指でなぞる。

「あの二人はそのままだったんだよな」

あの双子が何もかも知っていて水無瀬を騙していたとは思えない。

「あ・・・また考えてる」

ガクリと肩を落とし、ジッパー付きの袋に入れたUSBスティックを引き出しにしまった。


「あー、駄目じゃ駄目じゃ、もっと静かに羽の先を振れる程度に」

羽などないわ。 と心の中で水無瀬が突っ込む。
結局穴を潜って烏の居るところに来た。 そして今、二枚貝の指南を受けている。
黒烏が羽の先をほんの少し二枚貝に触れる。

「ほれ、こうして優しく」

羽と指では優しさが違うだろう、とは思ったが、よく考えるとダウンのような水鳥の優しい羽が烏にあるわけではなかった。

「優しく、ね」

水鏡よりよほど優しくしなければいけない。 この黒烏、いい加減なように見えて結構繊細だったのだろうか。
指をそっと二枚貝に触れる。

「おお、そうそう。 もう少し力を抜いて・・・そう、それそれ」

何となく分かったような分からないような。

「今はなにも起こってないようであるからこれで良しとして、それを何かの合間に必ずする。 こまめにな」

最後にチラッとつけられたのが気になる。 どれくらいの間隔でやればいいのか。

「よし、次」

「え? まだあるんですか?」

「あるに決まっておろう、あっちが水鏡ばかりやっておるのだから」

「なんだと?」

「さ、こっち」

ガン無視のようだ。

「この貝は」

いま目の前にあるこの二枚貝で死んでしまった貝のありかを見つけるということだった。 小さなものはある程度ハラカルラの水で徐々になくなっていくということだったが、大きなものには時間がかかってしまう。 それをハラカルラは不浄とは思わないが、あまりにも時がかかりすぎ、放っておくには忍びないということであった。

「死んでしまったものを不浄とは思わないんですか? 穢れとか」

少なくとも日本では “忌む” と考えられている。 水無瀬自身は爺ちゃんと婆ちゃんが亡くなった時にそんな風には考えなかったが、それは肉親だったから。 見たこともない他人や犬や猫だったら・・・忌むだろう。

「ハラカルラに生きていたものたちに、どうしてそんなことを思うものか」

「そうなんだ」

肉親的考えなのだろうか。

「この貝にもエッセンスをかけたんですか?」

「そう」

その点から考えると、やはりこの烏は悪魔なのかもしれない。

「あたたー」

白烏の声である。

「うん? 大きいか?」

「ああ、行ってくる。 水無瀬、ここを頼む」

大きなざわつきが出たようである。

「ああ、ではこちらはまた今度でいい」

黒烏にも言われ水鏡の前に膝を着いた。


「よう、お疲れだったな」

穴から出ると下に黒門の男たちが待っていた。
大体の方向は分かっている。 無視をして長たちの居る朱門の方向に背を向け歩いて行く。
「無視かよ」 そんな声が聞こえたがそれでも歩いて行く。 相手になどしない。

岩の後ろで影が動いた。 両手になにか大きなものを持っている。 そしてそれは袋にくるまれ濡れないようにしている。 そのスイッチを入れる。

『衛星と繋がってるわけじゃないからね』
『ハラカルラに衛星はないからね』
『それに水の抵抗もあるからね』
『だから・・・五百メートルいけるかなぁ?』
『ギリギリだよね、だから五百メートル空けない方がいいよね?』
『だよね。 それとハラカルラでの電池の減り具合が分からないんだよね』
『うんうん。 だから無駄に電池を使わないでね。 普通でもこっちは電池食うから』
『それとぉ』

口うるさい双子だった。
ナギの横にはワハハおじさんが居る。
水無瀬たちが歩いて行くのを見送って顔を戻す。

「どうだ?」

「反応は・・・止まったままです。 持って出なかったようです」

青く点滅しているそれが止まったままである。

「くそ」

長の承諾は得ていない。 それ以前に話してもいない。 だがおっさん全員と若い者全員の意見が一致した。 それだけでは無く、家を守っている者たち全員も首を縦に振った。 その三団体の総意であった。

「こっちは諦めてあとをつけますか?」

ワハハおじさんが顎を撫でる。

「いや・・・万が一がある。 見つかってしまえば長の言ったことが嘘になってしまう」

そうなれば確執が余計と捻じれてしまい、見つかってしまっては何もかもが泡となって消えてしまう可能性が高い。

「今日は戻ろう。 矢島は詰めてここに来ていた、それを思うと水無瀬君も詰めて来るだろ・・・」

途中で言葉を止めたワハハおじさんがナギの肩を抱き、隠れるように少し移動をした。
あれ、と言うようにワハハおじさんが顎をしゃくり先を指す。 指し示された方に目をやると、水無瀬たちが歩いて行った方をじっと見ている後姿の男がいる。
眉をしかめさせたナギが小首を捻じる。

「誰でしょうか」

「さあな。 水無瀬君か黒門のどちらかを見ている青門か白門のどちらかか、それとも黒門の人間が一歩引いてあたりを見張っているか、どっちだと思う?」

「どちらか・・・判断しかねます」

「黒門が青門か白門と揉めているなんてことは無いかなぁ」

「どうでしょう。 ですがその方が歓迎です、これ以上水無瀬をかき回して欲しくありませんから」

「ま、そうだな」


黒門の村に戻って来ると、長の代理と名乗る爺が夕食後に訪ねて来た。 最初に遅くなったと言っていたが、水無瀬が落ち着くのを待っていたというところだろう。

「長は今入院中でな、代理で勘弁してくれ」

座卓を挟んで座って言っているが、水無瀬は壁にもたれ座卓にはついていない。 片足を投げ出しもう一方を立膝にし、ソッポを向いている。 長代理から見ると水無瀬の顔が横顔に見える。

「無理矢理君を連れてきた事は申し訳ないと思っている。 だが君は間違いなく矢島の跡。 矢島はずっと黒門に居た、君が黒門に来るのにどんな間違いがあろうか」

(間違いだらけだろうが)

「わしら黒門はハラカルラの初代守り人という・・・ああ、ハラカルラや守り人の話は聞いているだろうか?」

目だけでチラリと長代理を見た水無瀬が小さく頷く。
返事をしたくて頷いてみせたのではない。 朱門の長の言い分は聞いた、それの裏付けを取るわけではないが、何がどこまで真実なのか、この黒門はどこをどう自分たちのいいように言うのか、それを見極めたかった。 そして暴力的なこの黒門がどういうカラーをしているのかも。 その為にも見聞きした全てを馬鹿正直に言うつもりはない。
頷いた水無瀬に長代理が頷き返す。

「黒門はどこよりもハラカルラを守ろうと思っている。 初代の意思を継ぐ、それは悠久の昔から守り継がれてきたもの。 君を無理矢理連れて来てしまったのも、朱門が手を出してきた事に若い者が焦りを覚えてしまった」

よく言う、朱門が姿を現す前にアパートに押し入ってきたではないか。
それともその時には隣に住んでいたのがライたち朱門と気付いていたのか? 仮にそうだったとしても、あのサングラス男の挨拶返しには焦りとかそういうものは感じなかった。

「矢島のことは知っているか?」

水無瀬が真っ直ぐに前を向いたまま頷く。

「矢島が君に会ったということだが、矢島から黒門に来るように言われなかったか?」

「言われませんでした」

やっと口を開いた水無瀬に長代理がどこかホッとしたような表情を出した。 水無瀬がそれに気付き、いけ好かないとは思ったが、必要なことは口にしなくてはならないと思っている。 でなければ必要なことが訊けないのだから。 だが言葉は最低限に絞る気でいる。

「矢島とはどんな話を?」

「特には」

「全く何も言わなかったわけではないだろう、何か一言でもあったのではないか?」

『君だ! やっと見つけた、これを頼む!』  『あとを頼む』

「見つけた・・・って、それだけです。 でもその意味も何も分かりませんでしたけど。 そちらが矢島さんを追っていたんじゃないんですか? 矢島さんは追われているようで急いでました。 だから会話も何も出来ませんでした」

「そう、か」

「どうして矢島さんを追っていたんですか」

「追っていたというのはどうだろうか。 矢島が帰ってこなくなった、だから探していたという方が正しい」

「でも矢島さんは逃げていた」

「ああ、ここを出て行ったのだから何某かがあったのだろう。 何か理由があってここを出て行った・・・のかもしれないが、その様な心当たりはこちらにはない。 必然的にこちらが追う形と見えてしまっても仕方がないとは思うが、決して無暗に追いかけまわしていたわけではない」

水無瀬自身が追われていたことを思うと、簡単にその台詞を信用する気にはなれない。

「そうですか。 矢島さんは毎日ここで何をしてたんですか」

「一日中ハラカルラに居るんだ、休む以外にはなかった。 まぁ、たまにはテレビでも見てゆっくりしていただろうが」

(どういうことだ。 誰も矢島さんと関わらなかったということか? それに一日中ハラカルラに?)

水無瀬も烏の所に行けば一日があっという間に終わり、結局一日中居たということになっていたわけだからそれが分からなくもないが、それが毎日、三百六十五日ということなのだろうか。

「矢島さんはお亡くなりになりましたよね、ニュースで見ました。 ご遺体はこちらに戻ってきたんですか? それともご実家かどこかに?」

よく考えると、矢島は朱ではなく黒の、ここの門の守り人だった。 それなのにどうしてここが矢島の遺体を引き取りに来なかった? どうして朱が引き取りに行ったんだ?

「獅子のことは?」

「知ってます。 黒門の初代のこと、ハラカルラのこと、獅子のこと、矢島さんのこと、全て烏から聞きました」

ほとんど烏から聞いたことだが、これ以外のことでも下手に朱門から聞いたとは言わない方がいいだろう。

「そうか、烏からか」

少し考えるような様子を見せた。
きっと朱門から聞いたのではないと知り、安心しているところがあるのだろう。 それは隠したいところがあるということ。 それが矢島の先々代を攫ったことだけなのか、他にもあるのか。

「烏が獅子を走らせたが、間に合わなかったと獅子から聞いた。 その後、獅子から場所を聞き、矢島の身体を引き上げようとしたのだが、第一発見者に先に発見されてしまった。 事故か事件か、矢島は自死だったが、そこのところが警察ではっきりされるまで下手にこちらから動くことが出来ない。 ここに矢島の肉親は居ない、簡単に引き取れる立場の者が居ないということだ。 矢島との関係性を訊かれてもハラカルラのことは言えない。 自死とはっきりしていない時に疑われても困る。 ニュースで流れてすぐに行ったのだが、誰かが既に引き取ったとのことだった」

「誰か?」

「教えてはもらえなかったが、親兄弟は居ないと聞いていたから親戚か何かだろう」

親戚? 長は矢島は天涯孤独だと言っていた。 どちらが真実なんだ。
それに住民票・・・矢島の住民票は長のところ、朱門の村にあった。 だから朱門が矢島の身体を引き取れたと聞いた。 ・・・それはどういうことなのだろうか。

「矢島のことは残念だった。 だがその矢島が君を跡に選んだ」

「俺は矢島さんに選ばれたとは思っていませんけど。 見つけたっていうのは何を見つけたか分からないままですから」

「だが烏が君を認めたのだろう?」

「さぁ、どうでしょうか」

「認めたんだよ。 烏が認めていない人間にハラカルラの話をするはずはないからな」

「そこのところは俺には分かりません。 ただ俺はアパートに戻りたいだけなんですけど?」

長代理が横に首を振る。

「悪いが君にはここに居てもらう」

「以前・・・名前は聞いてませんけど、大学には行かせてくれるって言ってくれていました。 ちゃんと卒業できるように計らうって聞きましたけど。 そこのところはどうなんですか」

「・・・君次第と言ったところか」

「俺?」

「矢島のように逃げられては困る」

“出て行った” ではなく、はっきりと “逃げた” と言ったが、この長代理に言った自覚は無かっただろう。 ついうっかり出た言葉。 それは真実ということ。

「そうですか」

二つの意味での返事であるが、この長代理はそれに気付いていない。

「君にはここで黒門の守り人として居てもらいたい」

「俺にその気がないと言えば?」

「それは認められない」

「・・・そうですか。 仰りたいことは分かりました。 他に用がなければ終わって下さい。 今日は疲れましたから」

「そうだったな、ご苦労さんだった。 不便があれば何でも言ってくれ、すぐに用意をさせる」

そう言い残して長代理が部屋を出て行った。


そして翌日、翌々日と腕を取られ周りを固められ黒の穴に向かい、そして黒の村に帰ることを繰り返した。
その様子を岩陰からじっと見ていたナギとワハハおじさん。 今日も水無瀬の背中を見送るだけに終わってしまった。

「どうだ?」

青い点滅は今日もじっとしたまま。 ワハハおじさんに首を振ることしか出来ないナギである。

「そうか・・・」

水無瀬は煉炭たちが置いていったことに気付いていないのだろうか。
水無瀬の後ろ姿が見えなくなっていく。

「もう待ってられません、つけましょう」

ナギが一歩を出すがワハハおじさんが腕をとって止める。

「言っただろう」

それは駄目だと。

「ですが」

「それに最初の日のこともある」

それはナギとて分かっている。 この二日間、初日に見た男に注意しながらここに隠れている。 男の正体が分からない以上、こちらが見つかるわけにはいかない。

「仮につけたとして、そちらに集中するあまりあの時の男に見つかってしまって何かあっても困る」

あの男が一体どこの門の者か分かっていない。 もし黒門の者なら長がした約束を破棄したことになる。 だがあの初日以降あの男の姿は見かけていない。

「・・・では一つ、許可して頂きたいことがあります」

ワハハおじさんが、何だ? という具合に両の眉を上げた。

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