うっかり京都に行くと寺巡りで1日が終わってしまうように、うっかりインドの山奥に行くとチベット仏教の寺巡りで
旅行が終わってしまう。チベット仏教は日本で人気のある大乗仏教とはちがい、東南アジアで人気のある上座部
仏教とも異なり、ひとことでいえば密教だ。山深い地にあるチベットの密教寺院は、ゴンパと呼ばれる。
瞑想をしにきている旅行者をけっこう見かけるけれど、禅やヨガとは違うんじゃないかと……思ってもそっとして
おく。時間が許すかぎり、気が済むまでやったらいい。
不立文字じゃなくて、経典がいっぱいある。字が読めなくても、壁にいっぱい絵が描いてあるから大丈夫。その
絵はけっこうヒンズー教っぽい。日本のお寺が明治まで神仏習合してたように、チベット寺院も神仏習合してる
のではないだろうか。
まざってるようにしかみえない。これはなんだろう? おっぱいあるから女性なんだろうな……頭は象か何か
みたいだけれども……「神」?
古そうな経典がまとめてある。同じチベット文化圏でも、中国側では経典が焼かれたりラマさんが殺されたり
してるそうだけど、インド側では経典も保存されているしラマさんも修行に励んでいる。お坊さんはラマさんと
いうらしい。だからラマ教ともいうのか。
ラマさんが立ち話してる。いまは夏だから日陰が涼しくて心地よさそうだけど、冬はものすごく寒くなるので
ゴンパの本堂にラマさんの防寒着がずらっと並んでいたりする。
すっぽり入ってお経を読んだりするんだろうな。最初は何だろうと思った。ちょっと怖かった。
標高3500mとか3600mある高地の、さらに高台にゴンパが建てられる。新旧大小いろいろあるけれど、
このあたり(ラダック地方)でいちばん大きいゴンパがこんな感じ。
このへミスゴンパ(隠れたゴンパ)で、キリストが10代から30歳ごろまで過ごしたという話がある。新約聖書に
その年代の記述がないのは、ここにいたからという話なんだけど本当だろうか?
これもゴンパ、あれもゴンパ。いろいろなゴンパがあるけれど、どこのゴンパもお堂は土足厳禁だ。靴下は
履いていい。靴を脱ぐのは日本人は抵抗ないけど、西洋人はそれなりに大変そう。
こういう場合は階段の上まで靴を履いてよくて、お堂に入るとき靴を脱ぐ。そういうのは日本の感覚と一緒
だから、なじみやすい。極彩色の京都にいるみたい。京都のまじない密教ぽいし。
お釈迦さん(だと思う)なにか手に持ってると思ったら……
お菓子をいっぱい恵んでもらって、うれしそうだった。
ダライ・ラマ14世もキンキラキン。3日前までここにいたとか。(それでサインがあるのだろうか?)
十一面千手千眼観音の「十一面」はともかく、千手をそのまま表現しようとしている像は、日本では鑑真の
唐招提寺でしか見たことない。後光のように、背後に小さい手がいっぱい。後光は光だと思っていたけど、
あれはひょっとして手だった?
そのような手を使って抱き合ってる。歓喜仏とか、和合物とか、男女が抱き合って悟りの境地に至るという
教えが密教にある。空海が日本に伝えた真言密教にもあり、後に立川流が盛んに行なって消されたとか。
日本の仏教からは消されてもチベット仏教からは消されなかった。
こちらは極彩色の歓喜仏でございます。どちらのゴンパにも、ひとつやふたつは歓喜仏がございます。
立体の歓喜仏だけじゃなくて、平面の歓喜仏もございます。(こっちのほうが多い)
よく見てみると、入ってます。
どういうわけか人を踏みつけにしていますが、近づいてみるとやっぱり……
そうですね、入ってますね。
歓喜仏とか、和合仏、とかいうわりに……けっこう残酷仏でもありますね。
たぶん密教の教えには残酷なところがあって、意味を明かしてもらえない壁画はなんだかグロテスクな表現。
これは内臓ぶちまけてるだけでなく拷問のようにしか見えない。
どうしていろいろな生きものが逆さ吊りになっているんだろう? けっして上下まちがえてアップロードした
わけではない。
弱肉強食みたいなことを表現してるようにも見えるし、もっと厳しいことを伝えているのかもしれないけど、
さっぱりわからない。こわい。
明るいところに出てきてホッとする、みたいな……
おひさまの下はやっぱりいいな、みたいな……(陽射しが強くて肌が痛い) 夜はこの塔ライトアップされる
というから見にきてみたら
想像してたライトアップと少し違った。光を当てるのかと思ったら、パチンコ方式だった。
このへんで最大のマイトレーヤー(弥勒菩薩)、大きいので2階に上って拝む。胴体は下のフロアに。
砂絵で曼荼羅を作ってるラマさんたちがいた。息を吹きかけたら崩れてしまう、繊細な作業に集中していた。
トントンやって砂の粒を置いていく……見ているだけで気が遠くなりそう。まるで瞑想してる感覚。
関連記事: インドの車窓から
旅行が終わってしまう。チベット仏教は日本で人気のある大乗仏教とはちがい、東南アジアで人気のある上座部
仏教とも異なり、ひとことでいえば密教だ。山深い地にあるチベットの密教寺院は、ゴンパと呼ばれる。
瞑想をしにきている旅行者をけっこう見かけるけれど、禅やヨガとは違うんじゃないかと……思ってもそっとして
おく。時間が許すかぎり、気が済むまでやったらいい。
不立文字じゃなくて、経典がいっぱいある。字が読めなくても、壁にいっぱい絵が描いてあるから大丈夫。その
絵はけっこうヒンズー教っぽい。日本のお寺が明治まで神仏習合してたように、チベット寺院も神仏習合してる
のではないだろうか。
まざってるようにしかみえない。これはなんだろう? おっぱいあるから女性なんだろうな……頭は象か何か
みたいだけれども……「神」?
古そうな経典がまとめてある。同じチベット文化圏でも、中国側では経典が焼かれたりラマさんが殺されたり
してるそうだけど、インド側では経典も保存されているしラマさんも修行に励んでいる。お坊さんはラマさんと
いうらしい。だからラマ教ともいうのか。
ラマさんが立ち話してる。いまは夏だから日陰が涼しくて心地よさそうだけど、冬はものすごく寒くなるので
ゴンパの本堂にラマさんの防寒着がずらっと並んでいたりする。
すっぽり入ってお経を読んだりするんだろうな。最初は何だろうと思った。ちょっと怖かった。
標高3500mとか3600mある高地の、さらに高台にゴンパが建てられる。新旧大小いろいろあるけれど、
このあたり(ラダック地方)でいちばん大きいゴンパがこんな感じ。
このへミスゴンパ(隠れたゴンパ)で、キリストが10代から30歳ごろまで過ごしたという話がある。新約聖書に
その年代の記述がないのは、ここにいたからという話なんだけど本当だろうか?
これもゴンパ、あれもゴンパ。いろいろなゴンパがあるけれど、どこのゴンパもお堂は土足厳禁だ。靴下は
履いていい。靴を脱ぐのは日本人は抵抗ないけど、西洋人はそれなりに大変そう。
こういう場合は階段の上まで靴を履いてよくて、お堂に入るとき靴を脱ぐ。そういうのは日本の感覚と一緒
だから、なじみやすい。極彩色の京都にいるみたい。京都のまじない密教ぽいし。
お釈迦さん(だと思う)なにか手に持ってると思ったら……
お菓子をいっぱい恵んでもらって、うれしそうだった。
ダライ・ラマ14世もキンキラキン。3日前までここにいたとか。(それでサインがあるのだろうか?)
十一面千手千眼観音の「十一面」はともかく、千手をそのまま表現しようとしている像は、日本では鑑真の
唐招提寺でしか見たことない。後光のように、背後に小さい手がいっぱい。後光は光だと思っていたけど、
あれはひょっとして手だった?
そのような手を使って抱き合ってる。歓喜仏とか、和合物とか、男女が抱き合って悟りの境地に至るという
教えが密教にある。空海が日本に伝えた真言密教にもあり、後に立川流が盛んに行なって消されたとか。
日本の仏教からは消されてもチベット仏教からは消されなかった。
こちらは極彩色の歓喜仏でございます。どちらのゴンパにも、ひとつやふたつは歓喜仏がございます。
立体の歓喜仏だけじゃなくて、平面の歓喜仏もございます。(こっちのほうが多い)
よく見てみると、入ってます。
どういうわけか人を踏みつけにしていますが、近づいてみるとやっぱり……
そうですね、入ってますね。
歓喜仏とか、和合仏、とかいうわりに……けっこう残酷仏でもありますね。
たぶん密教の教えには残酷なところがあって、意味を明かしてもらえない壁画はなんだかグロテスクな表現。
これは内臓ぶちまけてるだけでなく拷問のようにしか見えない。
どうしていろいろな生きものが逆さ吊りになっているんだろう? けっして上下まちがえてアップロードした
わけではない。
弱肉強食みたいなことを表現してるようにも見えるし、もっと厳しいことを伝えているのかもしれないけど、
さっぱりわからない。こわい。
明るいところに出てきてホッとする、みたいな……
おひさまの下はやっぱりいいな、みたいな……(陽射しが強くて肌が痛い) 夜はこの塔ライトアップされる
というから見にきてみたら
想像してたライトアップと少し違った。光を当てるのかと思ったら、パチンコ方式だった。
このへんで最大のマイトレーヤー(弥勒菩薩)、大きいので2階に上って拝む。胴体は下のフロアに。
砂絵で曼荼羅を作ってるラマさんたちがいた。息を吹きかけたら崩れてしまう、繊細な作業に集中していた。
トントンやって砂の粒を置いていく……見ているだけで気が遠くなりそう。まるで瞑想してる感覚。
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