歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

四文字駅名「赤羽岩淵」、志茂はどうして?

2007年06月22日 | 東京の風景
昨日の続きです。

駅前の繁華街から、裏通りの商店街を抜け、埼玉県との境に架かる「新荒川大橋」を目指しました。

赤羽に来た目的として、新荒川大橋の袂にある「丸真正宗」の「小山酒蔵」の現在の様子を見たいと思ったのです。


この辺りの商店街は、20年前とあまり変わっていません。この「下駄屋さん」は昔のままです。そう儲かる商売ではないでしょうからね。


右側の「中華そば」の赤い暖簾が下がった店も昔のままです。この日は夏日でしたが、入り口の戸は開け放たれ、昼時でカウンターは満席でした。


夏日に、冷房設備がない中華屋のカウンター席で、熱いラーメンを啜る、かなりの強者です。

この店で、生まれて始めて「汁の無い」中華そば、ジャージャー麺を食べた記憶が残っています。小学生の頃だったような気がします。何か不思議な味で、不味かったような気がします。

私の場合、食事に関する記憶が、不鮮明な時は美味しくなかったのです。旨くない記憶は消えてしまうのです。

ありました!丸真正宗! さすがに地元の居酒屋は、地元の「酒」です。


「都電終点」に出る手前なんですが、ここら辺りに昔「東宝系の映画館」がありました。「ゴジラ」も「モスラ」もここで観たのです。

最高に興奮しまた、ドキドキ、ハラハラ、面白かったです。映画はやっぱり「映画館」で「大勢で一緒」に観ると、面白さが何倍にもなるようです。


裏通りを抜け、北本通りの「都電終点」に出ました。1972年に廃止になった都電27系統です。姉はここから都電に乗って高校に通っていました。


現在は、この通りの下に、地下鉄南北線の「赤羽岩淵」の駅があり、ここから先は「埼玉高速鉄道」になっているそうです。

今回、ブログを書きながら調べたのですが、この高速鉄道の終点は「サッカー」で有名な「埼玉スタジアム」でした。知りませんでした。

それで、「赤羽岩淵」の駅名ですが、無名の「岩淵」に有名な「赤羽」を合体して、赤羽に近いことを説明しているようです。

赤羽岩淵があると他に「何とか岩淵」があるのかと思ってしまいます。単に「岩淵」だけでいいと思うのです。

手前の駅は「志茂」ですが、こちらは単に「志茂」です。「赤羽岩淵」も「志茂」も、「JR赤羽駅」からの距離はほぼ同じです。

志茂の手前が「王子神谷」で、その手前が「王子」です。このことから、王子→王子神谷→「赤羽志茂」→赤羽岩淵、では「重たい駅名」が続くので、アクセントに「志茂」は単に「志茂」になったのではないかと推察するものです。

新しい鉄道は「無名」の「土地」を走るので、なるべく近所の「有名」な駅名と「合体」する傾向があります。

赤羽岩淵の次、埼玉高速鉄道の最初の駅名は、「川口元郷」です。いっそのこと、この際「赤羽志茂」にして、四連続「四文字駅名」にしたら、面白かったのではと思ったりして・・・・・・。


それで、兎に角、北本通りを横断しました。
このお婆ちゃんなんですが、青になると同時に渡り始めたのですが、信号が変わりそうで心配でした。おふくろと「同い年くらい?」に見えました。


「丸真正宗」にたどり着くに、もう少し時間がかかりそうです。

それではまた明日。 



コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする