ギリシャ神話あれこれ:ヘクトルの死(続々)

 
 誰よりも俊足のアキレウスから、ヘクトルはどうしても逃げ切ることができない。が、アキレウスもまたヘクトルに追いつくことができない。アポロン神が最後までヘクトルを守護していたからだった。
 ……まるで、ゼノンのパラドックス、“アキレスと亀”のよう(ヘクトルは亀じゃないけれど)。
 アポロン神はヘクトルに力を吹き込み、膝を軽くしてやったが、これが最後の神護となった。ゼウス神がアキレウスとヘクトルの死の運命を黄金の秤にかけると、ヘクトルの皿が重く沈んだのを知るに及んで(皿が下がったほう、つまり冥府に近づいたほうが、先に死ぬ運命にある)、とうとうアポロンも諦める。

 アポロンはヘクトルのそばから離れ去った。代わってアテナ神が舞い降り、アキレウスのそばに立つ。
 アテナはヘクトルと最も親しかった弟デイポボスの姿に化けて、ヘクトルに呼びかける。さあ、兄さん、今こそアキレウスを迎え撃とう、槍の数など惜しまずに!
 ヘクトルは女神の欺騙を弟の激励と思い込み(……致し方ない)、覚悟を決めると、アキレウスに向き直る。

 決戦の前にヘクトルが申し出る。我々のいずれが倒れるにせよ、その亡骸は、弔われるべく味方の勢へと返すことを約束して欲しい、と。
 が、アキレウスから返ってきたのは非情な言葉。ほざけ! 我々のあいだには憎悪あるのみ。誓約など交わせるものか!
 言うなりアキレウスが槍を放つ。

 To be continued...

 画像は、フュースリ「パトロクロスの影を掴むアキレウス」。
  ヨハン・ハインリヒ・フュースリ(John Henry Fuseli, 1741-1825, Swiss)

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