ギリシャ神話あれこれ:ヘクトルの死(続)

 
 トロイア勢が城門に逃げ込むのを見届けたアポロン神に正体を明かされて、アキレウスは憤然と、疾風のごとくイリオス城へと舞い戻る。
 トロイア勢が城壁内で束の間の休息を取るあいだにも、ギリシア軍が迫り来る。アキレウスもまた疾駆してくる。その姿はひときわ明るく輝く凶星シリウスのようだった。

 老王プリアモスは、一人城門の前に立つ息子ヘクトルを必死に説き伏せる。母ヘカベも涙ながらに訴える。城内に戻っておくれ。両親を憐れに思っておくれ。お前が待ち受けているのは、世にも非情な男なのだ。
 が、両親の悲痛な懇願を、ヘクトルは拒絶する。

 ヘクトルは心中、思い乱れている。あのときプリュダマスの忠告を聞いていれば、これほどの兵たちを失わずに済んだ。思い上がって耳を貸さなかった自分が、今更おめおめと逃げ帰ることはできない。云々。
 アキレウスの姿は凄まじい勢いで見る間に近づいてくる。軍神さながらに、父譲りのトネリコの槍を振り回し、曙光のように全身の武具をきらめかせて。

 にわかに戦慄したヘクトルは、思わず背後の城門を離れて逃げ出した。憤怒のアキレウスが猛然とそれを追う。トロイア・ギリシア両軍が見守るなか、追いつ追われつ、二人はトロイアの城壁を3周廻った。

 その様子を見守っていたゼウス神が呟く。憐れなことだ、常に供犠を忘れたことのない、寵愛すべき男なのに。
 アテナ神がきっぱりと抗議する。彼は所詮、死すべき人間、しかもすでに死の運命の定まった者だ、と。
 もちろんそうだ、好きなようにするがいい、という父神の許可を受けて、アテナは矢のように戦場へと駆け降りる。 
 ……憐れ、ヘクトル。

 To be continued...

 画像は、ココシュカ「ヘクトルの屍を曳きずるアキレウス」。
  オスカー・ココシュカ(Oskar Kokoschka, 1886-1980, Austrian)

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