八方美人というやつは(続々々)

 
 モリタカくんはジロリと私を睨んだ。彼はその種の言動に容赦しない。普通なら、何か辛辣な言葉でリベンジするところなのだろう。
 が、彼は不機嫌そうに鼻を鳴らしただけだった。私が以前、彼に虎の絵を描いてやったことを憶えていて、恩義を感じているらしく、私を邪険にしようとしないのだ。
 へー、結構律儀な奴だねえ。

 ようやく彼は、「俺は誰かの機嫌を取るような真似はしないんだ」と言った。

 それだけ言うのにも相当な癪だったらしく、ムッとした様子で私の反応を見た。だが、自分が有利な立場にいると知った私は、引っ込まなかった。なるほどー、彼には彼の美意識があるんじゃん! それをもっと聞きたくなったのだ。
 彼は溜息を吐いて、諦めたように続けた。
「俺は八方美人じゃない。あんたにどう思われてるか知らんけど、俺は自分から、人気取りのために、人に良い顔をしたり声をかけたりして回ったことはないし、思ってもない嬉しがらせを言って愛想振り撒いたこともないよ」

 ほー。私は感心してモリタカくんを見た。彼は私が引き下がらないので、私を追い払うこともできずに、厄介そうに、だから、とか、つまり、とか連発しながら、ブツブツ説明し続けた。

 で、彼の主張をまとめるとこうだ。
 ……俺は、俺が認めた奴しか本気で相手にしない。俺は注目されるのは好きだが、俺の周りに集まってくる奴らを何とも思わない。むしろ軽蔑する。だから、そいつらのために努力する気はないし、そいつらを平気でコケにできる。八方美人というやつは節操がない。俺に良い顔をする奴は、結局、俺の他の奴らにも平気で良い顔をするはずだ。つまりそいつらは、俺の価値を上げているつもりで、実は下げているわけだ。

 ふーん。結構頭いいんだねえ。ただ高慢ちきってわけじゃないんだ。じゃ、彼は本来孤高なのに、注目されたがりの性分のせいで、一匹狼ではいられないわけだ。
 私は、
「矛盾抱えてて大変だね」と感想を述べてから、納得して、その場を後にした。
「ハァ???」
 モリタカくんには、私の言った意味が解せなかったらしい。が、私がようやく引き下がってホッとしたのか、それ以上追求しなかった。彼が再び溜息を吐くのが聞こえた。

 モリタカくんとは高校は別だったので、もう会う機会はなかった。彼がその後どうなったかは知らない。
 が、このとき以来、私は、イヤなヤローだった彼を憎めないままでいる。

 画像は、フラゴナール「ピエロに扮した少年」。
  ジャン・オノレ・フラゴナール(Jean Honore Fragonard, 1732-1806, French)

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