八方美人というやつは(続々)

 
 彼女たちの手にはそれぞれ可愛いサイン帳が握られている。あー、サイン貰いに来たのね。
 冬場なので教室には暖房が入っていて、教室の入り口の戸はいつも閉まっている。教室にはしょっちゅう下級生の女子たちが訪れる。ので、彼女たちは遠慮して、その戸を自分たちでは開けようとしない。通りかかるクラスの生徒に言付けてもらって、目当ての人物を呼び出すわけ。

 イヤな役回りになっちゃったな。教室を見渡すと、モリタカくんは一人で、教室の隅の机に置かれている、卒業文集のサンプルを見ていた。
 私は彼が今、あんなに隅っこで一人でいることにホッとした。で、彼のところまで行って、廊下で呼んでるよ、と声をかけた。

 彼は一言、「ほっといていいよ」。

 わー、冷淡な奴。寒い廊下で待ってるんだぞ。私は、
「自分で行って断ってきてよ。じゃないと、私が言付けなかったみたいじゃない」と言った。
 彼はフン、と顔を逸らした。
「別に、あんたは悪く思われないよ。もう何度も、何人にも、サインとか制服のボタンとか、卒業式に一緒に撮る写真とか頼まれてるけど、全部無視してるんだから。無視されるって分かってて来るんだよ」

 このとき私は、ファンに騒がれてあんなに喜ぶくせに、ファンを突っ慳貪に扱う彼に、何だか意地悪を言ってみたくなった。もしこっぴどく返されても、もう卒業まで間もないし、残りの学校生活に支障はないだろう、と考えて、この高慢ちきな男にちょっかいを出そうと思ったのだ。
「冷ややっこだねえ」
「何だって?」
「冷たい奴って意味よ」

 To be continued...

 画像は、T.ロビンソン「若い娘の卒業」。
  セオドア・ロビンソン(Theodore Robinson, 1852-1896, American)

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