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ギリシャ神話あれこれ:アガメムノンの暗殺(続)

 
 アイギストスは、自分の兄嫁に当たる王妃クリュタイムネストラを訪れる。便宜を図るよう頼んだのか、とつとつと怨嗟を打ち明けたのか、クリュタイムネストラを口説き落として姦通に及ぶ。
 肉親を奪われた憎悪と怨恨、王座という権力、そして情交で結ばれた二人は、やがて共謀してアガメムノンを葬り去るよう奸計をめぐらすようになる。

 さて、トロイア陥落直後にアガメムノンが送った松明の火によって、夫の勝利と帰還を知ったクリュタイムネストラは、情夫アイギストスとともに、いよいよ謀殺に備える。 

 ほどなくして、トロイア戦争に勝利したアガメムノンが、莫大な財宝を携えて、十年の歳月を経てミュケナイに凱旋帰国する。傍らに伴うのは、婢妾としてアガメムノンに与えられた、トロイアの王女カッサンドラ。……この美しい愛人の姿を見れば、もはやクリュタイムネストラの心には、一抹の情けも残らなかったのだろう。
 
 クリュタイムネストラがアガメムノンを迎える。夫の帰国に先立って、館までの道を緋布で敷き延べておいたクリュタイムネストラは、戦勝を祝い、あなたは勝者なのだから、緋布の上を歩み行きなさい、と勧める。これはいわゆる「赤い絨毯(レッドカーペット)」。
 が、アガメムノンは躊躇する。それは神々の纏う色だ。そんな道を踏むことができるのは、神々のみだ……

 だがアガメムノンはなぜか断りきれない。せめて履物を脱いでから、緋布の上をおずおずと歩む。妻にそそのかされて、神々の道を踏みにじりながら。クリュタイムネストラの勝利の暗示だった。

 To be continued...

 画像は、J.コリア「クリュタイムネストラ」。
  ジョン・コリア(John Collier, 1850-1934, British)

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ギリシャ神話あれこれ:アガメムノンの暗殺

 
 ギリシャ神話のなかで、ミュケナイの血族の物語は、私には苦手だったものの一つ。古代ギリシャ人て、よっぽど怨恨が好きだったんだな。一方私は、怨恨の物語には協調・同感ができないタチなんだ。
 特に、アガメムノン暗殺の物語は苦手。前置きが複雑すぎるし、登場人物のキャラクターに魅力がなさすぎるし、クリュタイムネストラの名前が長すぎる。

 さて、その物語はというと……
 ミュケナイの王位をめぐって血で血を洗う骨肉の争いを繰り広げた、アトレウスとテュエステスの兄弟。兄アトレウスを暗殺し、復位したテュエステスだったが、やがて、成長したアトレウスの長子アガメムノンが、スパルタ王の後ろ楯を得てミュケナイに攻め入り、王位を奪還する。
 ミュケナイの王となったアガメムノンは、スパルタの王位を継いだ弟メネラオスとともに、ギリシア全土を支配。かねてより惚れていた美貌の人妻クリュタイムネストラ(ヘレネの双子の異父姉)を、その夫を殺して奪い取り、まんまと自分の妻にする。

 こんな経緯だったから当然、クリュタイムネストラは、夫アガメムノンを怨んでいた。愛して嫁いだ前夫(テュエステスの子だった)を殺され、そのあいだに生まれた幼子を、後顧の憂いを断つために殺され、さらに、可愛がっていた娘のイピゲネイアまで、アガメムノンの愚挙の尻拭いのために殺されたのだから。
 が、もしクリュタイムネストラが一人だったら、夫への憎悪が殺意に変わることも、その殺意を実行に移すことも、あるいはなかったかも知れない。

 メネラオスの妻ヘレネがトロイアの王子パリスと駆け落ちしたために、アガメムノンとメネラオス兄弟は、全ギリシアを引き連れてトロイアへと遠征することになる。アガメムノンが勝利を収め、帰国を果たしたのは、出征から実に十年後のこと。

 このアガメムノンの不在に乗じて、父テュエステスが王位を追われて以降、姿をくらましていたアイギストスが、ミュケナイへと舞い戻る。アイギストスは、かつてアガメムノンの父アトレウスを刺殺し、今は自身の父を王位から落としたアガメムノンへの復讐を誓っていた。

 To be continued...

 画像は、F.レイトン「アルゴス城の胸壁からアガメムノンの帰還を知らせる狼煙を見張るクリュタイムネストラ」。
  フレデリック・レイトン(Frederic Leighton, 1830-1896, British)

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ギリシャ神話あれこれ:アンティオペの辛酸(続)

 
 あるとき、こんなことは20年来、なかったことなのだが、アンティオペを縛める鉄鎖が解ける。自由になった彼女は、昔、双子を捨てた山中へと一散に走る。行き着いたのは、あの牛飼いの山小屋だった。
 こうしてアンティオペと双子は、互いに母子とは知らずに再会する。

 このとき、酒神ディオニュソスに帰依する王妃ディルケが、狂乱のバッカイたちを引き連れてキタイロン山中を躍りながら行進してくる。ディルケ率いるバッカイたちは、悲鳴を上げて抵抗するアンティオペを引っつかみ、凱歌を上げて連れ去ってゆく。
 この様子を、どうやら双子はポカンとして見護っていたらしい。双子から話を聞いて、双子の養父は慌てふためく。今、連れていかれた女は、お前たちの実母なんだぞ!

 びっくり仰天。双子は慌てて後を追いかける。折しもディルケらバッカイたちは、泣き叫ぶアンティオペを、牡牛にむごたらしく引きずらせてやろうと、その角に縛りつけているところだった。
 これを見て、にわかに敵意を抱いた双子たち。バッカイをなぎ倒し、母に代わってディルケを牛の角に縛り、彼女が意図したと同じ死を彼女自身に与えて、母の復讐を果たした。
 彼らは八つ裂きになったディルケの屍を、かつてカドモスがアレスの竜と戦った泉に投げ捨てる。以降、そこは「ディルケの泉」と呼ばれるようになった。

 ゼウスに愛されたために麗しの20年間を失い、辛酸を舐めつくしたアンティオペは、こうして双子に救われたけれども、めでたしとは言いづらい。

 その後、双子は暴虐なリュコス王をも倒し、テバイの王位に就く。テバイをめぐらす7つの門を持つ城壁はこのとき築かれ、ゼトスの力ではどうにもならないところを、アンピオンが竪琴を奏でると、石塊がひとりでに動き出し、城壁が完成したのだという。

 ちなみに、ゼトスはニンフのテベを娶り、これがテバイの名の由来となった。
 一方、アンピオンはタンタロスの娘ニオベを娶るが、のちに彼の子たちはニオベの自慢のために、アポロンとアルテミス両神の弓に殺されてしまった。
 
 画像は、ルブラン「リラを持つアンピオン」。
  エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン
   (Marie Élisabeth-Louise Vigée Le Brun, 1755-1842, French)


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ギリシャ神話あれこれ:アンティオペの辛酸

 
 子供の頃、自分が撒かない種による受難や辛酸を、どうやったら避けることができるかについて、常に考えをめぐらしていた。神さまには逆らえない。神さまから可愛がられても、その結果は人間の手には余るし、別の神さまの嫉妬を買うこともある。神さまに眼をつけられないのが一番だ。
 ……子供に、そんなふうに考えさせるなんて、ギリシャ神話というのはろくでもない。

 カドモスが蒔いた竜の牙から生まれたスパルトイ。その血を引くニュクテウス王の美しい娘、アンティオペを、あるときゼウス神が見初めてしまう。ゼウスは森の精サテュロスに化けて、彼女が眠っているのをよいことに、まんまと襲って想いを遂げる。

 怖ろしいことに、知らぬあいだに身籠もってしまったアンティオペ。だんだんお腹が大きくなっちゃって、ついに父ニュクテウスにバレてしまう。父の詰問を怖れた彼女は、恋人であるシュキュオンの王エポペウスのもとへと逃亡、やがて彼と結婚する。
 厳格なニュクテウス王は、娘の面恥のあまり憤死してしまう。死に際に、弟であるテバイの王リュコスに宛てて、自分に代わってアンティオペとエポペウスを罰するように、と遺言を残して。

 さて、このリュコス王というのは、テバイの王子ライオスが幼少なのをよいことに、摂政をしていたついでに王位を簒奪してしまった、あくどい奴。で、多分、兄の遺言など口実に過ぎなかったのだろうが、とにかくシュキュオンを攻め落とし、エポペウスを殺害、姪アンティオペを捕虜としてテバイに連れ帰る。

 帰途、キタイロンの山麓で、アンティオペはにわかに産気づき、双子の男の子を出産する。が、赤ん坊たちはリュコスによって、そのまま山中に捨て置かれる。
 以来、奴隷の身に落とされたアンティオペは、20年近く、リュコスとその妻ディルケに虐待されて暮らすことになる。

 一方、捨てられた双子の赤ん坊は、山の牛飼いに拾われ、ゼトスとアンピオンと名づけられて、母の不幸も知らずにすくすくと育つ。ゼトスは武勇に優れ、一方アンピオンは音楽に優れて、ヘルメス神から竪琴を貰い受けまでしたという。

 To be continued...

 画像は、ヴァトー「ユピテルとアンティオペ」。
  アントワーヌ・ヴァトー(Antoine Watteau, 1684-1721, French)

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ギリシャ神話あれこれ:純潔のヒッポリュトス(続)

 
 こうなるとパイドラは、恋が成就しないばかりか、自尊心にも傷がつく。立場だって危ない。
 彼女は、ヒッポリュトスが父王テセウスに訴え出ることを怖れて、先手を打つ。つまり、自ら寝室の扉を破り、衣装を引き裂いて、泣きながら、ヒッポリュトスに暴行された、とテセウスに訴えたわけ。
 男の純潔なんて信じることのできない浮気なテセウスは、若妻のこの嘘偽りの訴えを本気に取って、すっかり息子の所業と信じ込んで激怒する。身に憶えのないヒッポリュトスは必死に弁明するが、テセウスは聞く耳を持たない。それどころか、息子ヒッポリュトスが滅ぼされるよう、ポセイドン神に祈りまでする。

 さて、ヒッポリュトスが馬車を駆って海辺を走っていると、突然、波間から荒々しい牡牛が現われる。もちろんこれは、海神ポセイドンが送り込んだもの。
 恐怖に騒ぎ立てる馬たちが岩に車を打ちつけて、車は粉微塵になる。地面に叩きつけられたヒッポリュトスは、手綱に絡まれて、狂奔する馬たちに引きずられてしまう。

 瀕死のヒッポリュトスが王宮に戻り、いよいよ死ぬという間際に、アルテミス神が現われて彼の無実を語る。……アルテミス、ちょっと登場するのが遅すぎる。
 一同の悲嘆のなか、ヒッポリュトスは死んでしまう。自分の罪を怖れたパイドラも、自ら縊死した。

 真相を知ったテセウスは、妻と息子を失い、悔恨のどん底へと落ち込むだけだった。……自業自得、相変わらずバカヤローなテセウスである。

 画像は、カバネル「フェードル」。
  アレクサンドル・カバネル(Alexandre Cabanel, 1823-1889, French)

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