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まわりで起こっていること

since2004.12「糠漬け初心者」

こだわりの味

2005年07月14日 | 家族
あるうどんやさんとの話。

僕は女房のつくるものはすべて、おいしい、という。
おいしくないものでも、おいしいものでも、おかわりはしない。

なぜって、おいしいものだけおかわりしたら、おかしいでしょ。

おじさん、おじさん。
まずいもの、まずいって、いわないの? 

だって、せっかく、心をこめて作ってくれた人に失礼でしょ。
それに、料理は僕のほうがうまいから。

だって。

思い出すのは、保育園の給食。
お豆の煮付けだったな。

まずい。
食べられない。
でも、先生は、おかずは残さずに食べましょうね、とにこにこ鬼のようなことを日ごろ言っていて、そのときも、鬼を隠した笑顔で言っていたわけだ。

そのときは、偏食の僕だけでなく、クラスの子達の多くが食べられない。無理やり食べている。

帰ってきて、母親にその話をし、しばらくたった頃、あれ、塩と砂糖を間違えたらしい、だって。

前述のうどんやのおじさん。
たしかに、まずい、という言葉は、ブスという言葉と同じくらい、嫌いな言葉だけれど、表現は違っても、もう少し、しょっぱいほうがいい、とか、いってもいいじゃん、と。

逆にいわなければ、あなたを信じることができません、と毎日、おくさんに、無言で言われているようなものでしょ。

しかし、最後まで、話はかみ合わずに、夜はふけていき、酔いもまわっていっただけだった。


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韓僑・印僑・華僑

2005年07月14日 | Weblog
ハンキョウインキョウカキョウ、と読むらしい。
昨日、糠漬け師匠のご主人から聞く。

最近の日本に、ひたひたと現実として押し寄せている流れらしい。

大金持ちの60%がそのような人たちらしい。
韓国系・インド系・中国系。

だから日本人はだめなんだ、という論調になりがち。

しかし、1000年の単位で俯瞰すれば、人間は、流れる石のように、かっこよく言えば、ローリングストーン、よくも、まあ、というくらい移動している。

よくも、まあ、というのは、失礼な言い方で、実際は、いのちをつなぐための本能的な、必死な移動なのだと思います。
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夏の糠漬け

2005年07月14日 | Weblog
今、漬けるものがない。
というか、漬ける時間がむずかしい。

朝漬けて、夜食す、というパターンが成り立たなくて。

糠漬け師匠によると、糠をつけて冷蔵庫へ入れておけば、と。


ところで、田中美和子さん、という女優さん。
ボランティアで、捨て猫・犬を助ける運動をしてる由。

こんど、清水で講演会?をやったらどう、という話あり。

場には、部屋が6部屋だか7部屋だかあって、1番目の部屋から順番に殺されてゆく、とか。
職員もストレスがたまるらしい。

ブルースシンガーの大木トオルさん。
セラピードッグの活動をしている姿が、この間も、NHKで特集されていたけれど。

彼の愛犬、チロル。
6番目の部屋にいたらしいけれど、かろうじて死を免れて、2年間のトレーニングを経て、セラピードッグとなる。

もと自閉症、IQ35・EQ600、というあっくんも、なんていう名前の犬だったか、救われたらしい。

一番いいのは、本来仲間である、身近な人間同士が、セラピストであればいいのだけれど。




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自閉症

2005年07月13日 | 風景
あっくんのパートナーからの話。

自閉症は、好きなことしかしたくない。
そうでないことをするときは、辛い。

道を行くとき、自分の決めたルートでなければいけない。
途中、工事があり、とおれなかったりすると、パニックになってしまう、だって。

へぇー、そうなんだって、聞きながら、それって、まんま、人間じゃん、と。

ただ、違いは、自分に嘘をついて、好きでもないことをするか、しないか。
ルート変更でパニくるのだって、なぜ私の大事な息子が私の言うことを聞かずにタバコを吸うの、って涙流すのと、同じ。

パニックと辛さを、年の功であったり、つくり笑顔であったり、胃潰瘍であったり、形を変えるのに、たけているだけで、もとはかわりない。

まわりで起こっていることは、角度さえ変えれば、面白いことばかり。

楽しみだなぁ、明日が、だれだれと会うのが、とか。
って、ことば、最近、わが妻が気に入ってくれてます。

自分まで明るくなるんだって。



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2chの威力

2005年07月12日 | Weblog
同友会のS君との会話。

ゴルフが趣味の人。
クラブを選ぶのに、2chに行くらしい。

一緒にいた、Mさんに、NHK教育テレビじゃないよ、といったけれど、ジョークにならず。
という、わけのわからない冗談はともかく。

すると、たとえば、ホンマのメーカーの何とかというドライバー。
ヘッドを作ってるのはなんとか工業で、シャフトはなんとか産業、でとか、あるいは、その品質について、とても細かい、プロ並みの書き込み合戦をやってる由。

ほんと、世の中にはコアな人がいるわけで、インターネットがない頃は、もんもんと、近場で、親しい友人同士、同好の士同士でやってたんだろうな。

それが、いまや、全世界規模、いながらにして。
そりゃあ、勘違いも起きてくるってもんで。

札幌の皇子さまみたいな人も、出現するわな。
話は飛躍しすぎかもしれないけれど。
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鈍行列車

2005年07月11日 | その他
千葉の幕張メッセにて、大田尭先生のお話を伺う。
当年、87歳。1918年生まれ。教育学者。

そのレジュメのなかに、

 私たち大人が、こどもにできることは、
 よりよき人生への、
 まことの正しい人生への
 あこがれを贈ることである

とあった。
たしかに。

なんとか理論やら、自身の不安をおくるより、あこがれ、っていいよな。

ずっと前に、グアム島へ行ったとき、買ったペナントの言葉。

 人を愛するということは
 その人が
 成長するに足るだけの
 スペースを
 その人に与えてあげることだ

これも、なかなか、気に入っている。

大田尭先生は、鈍行列車と特急列車といっていた。

特急列車は、つまりは、駅を飛ばす。
景色も見えるようで見えない。

鈍行列車は、各駅停車で、いつでも乗れる。
自分が積み上げたものとつながる。
一人一人のペースで学び、育つ。
順序のよい成熟のプロセス、と。


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清見寺

2005年07月07日 | Weblog
臨済宗の名刹、清見寺。
五百羅漢でも有名。

海に向かって、山下清の言葉が木札に書かれていた。

 お寺からみえる海はうめたて工事であんまりきれいじゃないな
 お寺の人は よその人に自分のお寺がきれいと思われるのがいいか
 自分のお寺から見る景色がいい方がいいかどちらだろうな

ストン、とすなおに言われると、思わず、ふきだしてしまう。

最近、僕のまわりで起こっていることは、
自分で自分であることと
他人によって自分であること
の二つについてなので、山下清の言葉はおもしろい。

ところで、アロマテラピーをやっている妻の友人。
そのKくん(女性ですが)の先生の知り合いの占い師?が、7月22日までに、東京で地震が起きる、といっているそうな。

本日から二日間、千葉の幕張メッセへいくわが身を、妻は心配するけれど。

この手の話は、とかく、後出しじゃんけんのようになりがち。
自分にできることは、深呼吸をして、わが心の奥のいのちの声に、耳をそばだてるしかない。
ねずみになれば、ほっといても、逃げ出すでしょう、と妻には、わけのわからない話で、安心?させておいた。




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コーチング

2005年07月06日 | 友人
いつもの社長さんたちと昼食会。

H社長が、いいビデオがあってね、と。

シンガポールで買ってきたやつでなく、正真正銘のメイド イン シャパン。

コーチングのビデオだそうです。

いままで、あれやれ、これやれ、とティーチングだったけれど、コーチングが大事、と。

そういえば、アテネ五輪での、北島の二つの金メダルと浜口の銅メダルがわかりやすい。
浜口がティーチングだったのは、あのおやじさんを見れば、わかる。
北島の場合、最初、コーチはティーチングだった由。

しかし、記録が伸び悩む。
で、方針転換。

自分の目指す記録を自分の口で、自分の頭で、北島の口から出るようにした。
もともとあった才能が開花する。

H社長曰く、ゴルフの藍ちゃんとさくらちゃんもそうだね、と。

思い出すのは、慶応義塾の学長室での福沢諭吉。

ある日、田舎から、学生のおかあさんが来訪。
息子のことやらなにやら、心配事・愚痴を福沢諭吉に一方的にしゃべりまくる。

何十分かがすぎ、おかあさん、やおら、
ほんとに、きょうは、先生にいろいろ教えていただき、ありがとうございました、と。

COACHING・TEECHING・EDUCATION

educate ひきだす
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サンコウチョウ

2005年07月05日 | 趣味
鳴き声は、ツキヒボシ、ホイホイホイ、だそうな。

以前は、バードウォッチャー、とよんで、半ば、あきれていってた方、いまや、師匠になりつつある。
そのMさんが、教えてくれた。

聞けば聞くほど、バードウォッチングの奥深さを感じてくる。

ほんと、不思議です。
関心がなければ、かんたんに流していたことが、グイグイとわが身内に入り込んでくる。

最近、糠漬けであったり、食通、車通、霊能力など、わが師匠、と呼びたくなる人がまわりで増えつづけている。楽しきことの限りなり、です。

49歳の肉体と歴史をもっていて、なおかつ、3歳の幼児、という前出のあっくんから電話あり。

小学校の頃は、強度の自閉症で、登校すると、ウサギ小屋へ直行。
檻の中で遊んでいた由。

その小学校へ、講演にいった、と。
あかちゃんの発想のおしゃべりとプロフェショナルなハーモニカ。

先生たちは感動していたらしい。

あっくんさ、昔、檻にはいってたのは、あっくんで、いま、入っているのは話を聞いてた人たちで、と笑いながら、はなしたものです。ブラックジョークですが。

●●ちゃん(ぼくの呼び名)、あっくんがウサギ小屋にいたの知らなかった?

知らなかったよ、おれさ、別の意味で自閉症だったからね、と。





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下住神社

2005年07月02日 | Weblog
掛川から森町を抜けて、秋葉街道を秋葉神社上社へ。7月2日。

上社の参道は工事中。
そのため、車用の急勾配の道を登る。

上社は昭和18年に山火事で燃えてしまったそうで、再築なったのは、昭和60年。
同行のFくんの御祖父様が参詣したのは、火事よりも前だったそうで。

しかし、その当時、車なしでここまで来るのは、まさに御神業。
僕らは、駐車場のベンチで、鳥のさえずりを聴きながら、お結びを食べる。
御祖父様のときとは、エライ違いだろうな。

それはともかく、この鳥のさえずり。
どうも、さえずりと地鳴きとあるようだ。

鳥は雄のほうが美しいそうで、さえずりとは求愛でもあるらしい。縄張りの宣言でもあるようですが。縄張りも求愛も、ある意味、一緒だな。

その後、天竜スーパー林道を山住へ。30km。
急峻な山道で、ジムニーの四駆の面目躍如。

随所に、落石注意の警告看板あり。
しかも、実際に、落ちてから時間経ってないな、という石がごろごろと。

途中、天竜の森、というところでは、5~6人くらいの男たちがアンテナを立てて、ブルーシートでテントを作っていた。電磁波がなんたら、という方々とは明るさが違ったので、多少は安心で、聴いてみると、アマチュア無線の大会があったようで、どうも、ここで、夜を越すような感じ。

そこから北を見ると、
西(左)から、茶臼山・1415、恵那山・2190、御嶽山・3067、観音山・1418、熊伏山・1653m。

道中、春野町から佐久間町へぬける、昔の塩の道もあり。
塩を求めて、この山道を、と思うと、生命をつないでゆこうとする人のエネルギーの強さと塩の大切さ、そして、今更ながら、専売公社の陰謀・無知が浮き彫りに。

左見右見、一時間半くらい走り、目的地、山住神社へ到着。
山住峠へいきなり現れた山住神社の社。

えっ、こんな山の上に、こんな建物が、なんで、という感じ。

境内の山住杉は樹齢1300年。

社務所にいた宮司さんが、また、なんともいえない味で。

こんな建物を、この山の中に、すごいですね、というと、そう、なかなかの社ですね、とはにかみながら、話してくれる。「はにかむ宮司さん」なんて、いまどき、お目にかかれませんからね。

ま、人と話すよりは、狸や鳥たちと話すことのほうが多いのだろうけれど。






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