まわりで起こっていること

since2004.12「糠漬け初心者」

「思考」は外側からやってくる。

2020年06月02日 | Weblog

今朝の表題は、どうも仰々しいけれど。

いかにも、自分の頭で考えて、って具合だけど、その実、どうも成り立ちは。

そんなことのようで。

自分が考えた、というより、自分がたまたま、その「思考」ってのを。

引っ張ってきた、くらいかな。

にしても、自分、ってのへのこだわり、忘じがたく、ってわけだ。

このあたり、絵柄にできれば、面白いんだろうけど、ね。

そうだ、今朝は、車から降りると、古い古い知り合いの方の犬の散歩に遭遇。

挨拶を交わし、一言二言、ってことだったけど。

ほぼ一瞬、くらいの時間なんだけど、そこには。

万感胸に迫るドラマ模様まで現じつつ、ってことでね。

その方のお姉さん、ある御仁と結婚していて、道ならぬ恋に落ち、子どもを置いて出奔。

なんか、林芙美子か誰かの小説みたいな書き方だけど。

今朝の、彼女からの一言が、置いていかれた子どもを案じるもので。

ってわけだ。

何十年前の話か。

出会いと別れ、なんて簡単にいうけどね、あるいは。

お釈迦様も、なんだっけ、会うは別れのはじめなり、なんて言ってなかったっけ。

盛者必衰、会者定離、か、じょうしゃひっすい、えしゃじょうり、と読むらしい。

が、そこにあるドラマ、ね。

なんてことのあった朝、珈琲はエルサルバドルから届けられたブルボン。

サンタ リタ農園、と書いてある。

かの地で、サンタ、なんて呼び名を見ると、ネイティブVSキリスト教、なんて「思考」が飛んでくる。

んだよね。

何がセイントだよ、みたいな、でも、そこでもたくさん、たくさんのドラマ、良かれと思ったドラマが。

あったはずなんだね。

これ、美味しいから、食べてみな、ってのとおんなじなんだけどね。

ま、ある時には、エデンの園で、これ、いい味してるよ、って蛇に化けたサタンがイブを誘惑。

なんてドラマもあったか。

そうそう、あえて写真を載せないけど、今朝の出がけの紫陽花ね。

その葉に夕べの雨の雫が、とても美しくて、さ。

iPhoneで思わず、撮っちゃったんだ。

さて、今日は、個人ミーティング最終日、です。

 

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 思いを馳せる。 | トップ | バカは「慕何」と書くらしいね。 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事