いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
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鹿島小前身、啓蒙小学校

2018-07-20 06:03:23 | Weblog

                  《金光寺境内にある鹿島小学校発祥の碑》  

                                            分類・学
                             
 養照山宝蔵院金光寺(久保地区)の境内に黒御影の石碑と説明版があります=写真。

 現在のいわき市鹿島町は、明治22年以前までは12の村がそれぞれ独立していたので教育施設も数箇所に分かれていました。
 明治6年、久保村の金光寺境内に啓蒙小学校(後に久保小学校と改称)、上矢田村神宮寺成徳小学校が設置されました。
 明治13年に下蔵持村に小学校が新築され啓蒙小学校は、それに伴う移転が行われて金光寺の教育現場としての歴史は閉じました。
 校名の「啓蒙」とか「成徳」は中国の古典からとって名付けられています。                        
                   《現在の、いわき市立鹿島小学校》
 
 しかし、小学校が出来たとはいっても実情は財政上の問題から校舎を新築するほどの余裕が無かったために、暫らくの間は寺子屋や塾などを改造、依存していたようです。
 その後、双方の学校は校名を変えたり、移転したりと幾多の変遷を経て昭和9年(1934)10月に走熊字中島1番地に木造平屋建て瓦葺校舎が造られました。
 昭和54年(1979)、同地に待望の鉄筋コンクリート3階建て新校舎が完成しました。今年、平成30年(2018)で「鹿島小学校」は、創立145年を数えます。
     《鹿島神社(上矢田)鳥居の脇にも、同等(成徳小学校)の発祥の地碑があります》 
  




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