パコちゃん、リンちゃん H.Sさんの作品
大型電気店、ノートパソコンの展示品の前。おばちゃんが立ち尽くしたまま動かない。どうやらお気に入りのパソコンを見つけたようだ。相当なお歳のおばちゃんは、近くにいる店員さんを手招きで呼んだ。
「十五年使ったワープロが壊れちゃった。パソコンに換えたいの。この歳で覚えられるかどうかわからないけど。作文書きたいから挑戦するわ。この番号のパソコンで白いキイボードのものが欲しいの。在庫品はあるの」と、駆けつけた若い店員に聞いた。
「御座います」 即座に答えた店員は、展示品の下の棚に置かれた段ボール箱に収納されたパソコン、パコちゃんを引っ張り出した。
「印刷機も新調しないと、これも白いボデーがいいわ」。おばちやんは、前から予定していたのだろう、迷うことなく印刷機リンちゃんを選び出した。
「印刷機はショックに弱いですから、水平にしてそっと運んで下さい。上下逆様にするようなことは絶対しないでください」、店員にきつく言われていた。
おばちゃんは言われたことをきちんと守り、パソコンのパコちゃんと印刷機のリンちゃんを車のトランクに入れた。
「変な人に気に入られちゃった。今日からこのおばちゃんのお相手をするの。七十七歳だって、何だか無茶苦茶やられそうだよ」、隣に置かれたリンちゃんに話しかけた。
「印刷とコピーやるだけのわたしには関係ないと思うよ」と、リンちゃんからのんきな返事が返ってきた。
〈あーあ、前途多難を極めそうだ。もっと若い人に買い上げてもらいたかった〉、パコちゃんは大いに嘆いた。
途中、おばちゃんは書店により『必ずできる』というタイトルの指南書を手に入れ、意気揚々とパコちゃんとリンちゃんを自宅に運び、机の上に置いた。大型の椅子に腰かけパコちゃんの前に陣取った。
「習うより慣れろだわ。機械は滅多に壊れるものではない。触って、触って、触りまくれ」と、おばちゃんに教え込んだのは、十二歳年上のお兄ちゃんだ。〈触って触って触りまくれ〉は、道具を使いこなすための金科玉条の格言だとおばちゃんは固く心に決めていた。
作文は縦書きなので指南書を見て縦書きの画面はどうにか立ち上げたが、四十行、四十字のページ設定が出来ない。この行数・文字の設定のやり方は案内書には記載がないのだ。
おばちゃんは兎に角、ページ設定を作ろうと必死になり、マウスと指先で画面をいじりまくった。
のべつ暇なく命令されるパコちゃんは大忙しで息をつく暇もない。とうとう頭がこんがらがって、気絶してしまった。
「なんで画面が消えちゃうのよ。電源は入っているのに。いくらスイッチいれても画面が立ち上がらないじゃないの。あー。あー。パソコン壊れちゃった。夕方電気屋に壊れたと言ってこよう」おばちゃんは画面のたちあげを諦め、夕食でも作ろうと、パコちゃんをほったらかしにして台所に移動した。
気絶したパコちゃんは、おばちゃんがひっきりなしにタッチして指令を出した一つ一つをおさらいして、纏めたりほぐしたりしながら、縺れた紐を解くようにして解除し続け、ようやくにしてあるべき姿に戻していった。
夕食の用意がすむと、再度パソコンを動かそうと戻って来たおばちゃん、懲りた様子もなく電源を入れた。
「あれ動くじゃないの。ちょっとやそっとの事で、機械は壊れることはないのだ」、納得し自分のやり方に自信を持ったおばちやんは、仲間と合評するための作文に着手した。
どうにかそれを打ち上げ、パコちゃんと印刷機のリンちゃんを繋いだ。電源を入れ印刷機に紙をセットして、印刷開始ボタンを押し指示を出した。リンちやんが動かない。
「パコちゃん最悪、紙詰まりなの。苦しい」リンちゃんが悲鳴をあげているのだが、パコちゃんはどうすることも出来ない。
「ああー。紙が詰まっちゃった。困った。どうすりゃいいんだ。メーカーに電話して聞くとするか」、おばちゃんは、印刷機のメーカーに電話を入れた。
電話を受けたメーカーの案内嬢は、印刷機をひっくり返せと言う。
「天地無用だと言っといて。ひっくり返せとは何事だ。そんなことしたら壊れるじゃないの。電器屋の店員さんに厳しく言われているのよ」とおばちゃんは反論した。
「紙詰まりの場合はそうするしかないの」と案内嬢はきつい言葉で返して来た。
おばちゃんは不承不承印刷機をひっくり返し、詰まった紙を引っ張り出した。
印刷機のリンちゃんは、ようやく持てる力を発揮して小作文を椅麗に仕上げた。
「パコちゃん。私死ぬかと思ったよ」とリンちゃんのため息が聞こえてきた。
「今日は一件落着だけど、先が思いやられるね」とパコちゃんはリンちゃんに返事をした。
「また紙詰まりなの、苦しい」リンちゃんの悲鳴だ。おばちゃんは印刷機をひっくり返し紙を引っこ抜いた。リンちゃんの紙詰まりは二回でおさまった。
毎度、毎度、画面設定の手順を忘れる。そのたびに、おばちゃんは、無茶苦茶にタッチを繰り返すので、パコちゃんの頭は、タッチの数や速度で狂わされる。
パコちゃんの指令解除は、まだまだ続きそうだが、おばちゃんはどうにか作文の画面設定だけは出来るようになった。おばちゃんは文章を書くことで心が寒くなることから逃れているのだという。おばちゃんの大事にしていることを取り上げるのは残酷だ。
パコちゃんとリンちゃんは難儀なおばちゃんだけど、これからも付き合ってやるかと最近は思うようになっている。
大型電気店、ノートパソコンの展示品の前。おばちゃんが立ち尽くしたまま動かない。どうやらお気に入りのパソコンを見つけたようだ。相当なお歳のおばちゃんは、近くにいる店員さんを手招きで呼んだ。
「十五年使ったワープロが壊れちゃった。パソコンに換えたいの。この歳で覚えられるかどうかわからないけど。作文書きたいから挑戦するわ。この番号のパソコンで白いキイボードのものが欲しいの。在庫品はあるの」と、駆けつけた若い店員に聞いた。
「御座います」 即座に答えた店員は、展示品の下の棚に置かれた段ボール箱に収納されたパソコン、パコちゃんを引っ張り出した。
「印刷機も新調しないと、これも白いボデーがいいわ」。おばちやんは、前から予定していたのだろう、迷うことなく印刷機リンちゃんを選び出した。
「印刷機はショックに弱いですから、水平にしてそっと運んで下さい。上下逆様にするようなことは絶対しないでください」、店員にきつく言われていた。
おばちゃんは言われたことをきちんと守り、パソコンのパコちゃんと印刷機のリンちゃんを車のトランクに入れた。
「変な人に気に入られちゃった。今日からこのおばちゃんのお相手をするの。七十七歳だって、何だか無茶苦茶やられそうだよ」、隣に置かれたリンちゃんに話しかけた。
「印刷とコピーやるだけのわたしには関係ないと思うよ」と、リンちゃんからのんきな返事が返ってきた。
〈あーあ、前途多難を極めそうだ。もっと若い人に買い上げてもらいたかった〉、パコちゃんは大いに嘆いた。
途中、おばちゃんは書店により『必ずできる』というタイトルの指南書を手に入れ、意気揚々とパコちゃんとリンちゃんを自宅に運び、机の上に置いた。大型の椅子に腰かけパコちゃんの前に陣取った。
「習うより慣れろだわ。機械は滅多に壊れるものではない。触って、触って、触りまくれ」と、おばちゃんに教え込んだのは、十二歳年上のお兄ちゃんだ。〈触って触って触りまくれ〉は、道具を使いこなすための金科玉条の格言だとおばちゃんは固く心に決めていた。
作文は縦書きなので指南書を見て縦書きの画面はどうにか立ち上げたが、四十行、四十字のページ設定が出来ない。この行数・文字の設定のやり方は案内書には記載がないのだ。
おばちゃんは兎に角、ページ設定を作ろうと必死になり、マウスと指先で画面をいじりまくった。
のべつ暇なく命令されるパコちゃんは大忙しで息をつく暇もない。とうとう頭がこんがらがって、気絶してしまった。
「なんで画面が消えちゃうのよ。電源は入っているのに。いくらスイッチいれても画面が立ち上がらないじゃないの。あー。あー。パソコン壊れちゃった。夕方電気屋に壊れたと言ってこよう」おばちゃんは画面のたちあげを諦め、夕食でも作ろうと、パコちゃんをほったらかしにして台所に移動した。
気絶したパコちゃんは、おばちゃんがひっきりなしにタッチして指令を出した一つ一つをおさらいして、纏めたりほぐしたりしながら、縺れた紐を解くようにして解除し続け、ようやくにしてあるべき姿に戻していった。
夕食の用意がすむと、再度パソコンを動かそうと戻って来たおばちゃん、懲りた様子もなく電源を入れた。
「あれ動くじゃないの。ちょっとやそっとの事で、機械は壊れることはないのだ」、納得し自分のやり方に自信を持ったおばちやんは、仲間と合評するための作文に着手した。
どうにかそれを打ち上げ、パコちゃんと印刷機のリンちゃんを繋いだ。電源を入れ印刷機に紙をセットして、印刷開始ボタンを押し指示を出した。リンちやんが動かない。
「パコちゃん最悪、紙詰まりなの。苦しい」リンちゃんが悲鳴をあげているのだが、パコちゃんはどうすることも出来ない。
「ああー。紙が詰まっちゃった。困った。どうすりゃいいんだ。メーカーに電話して聞くとするか」、おばちゃんは、印刷機のメーカーに電話を入れた。
電話を受けたメーカーの案内嬢は、印刷機をひっくり返せと言う。
「天地無用だと言っといて。ひっくり返せとは何事だ。そんなことしたら壊れるじゃないの。電器屋の店員さんに厳しく言われているのよ」とおばちゃんは反論した。
「紙詰まりの場合はそうするしかないの」と案内嬢はきつい言葉で返して来た。
おばちゃんは不承不承印刷機をひっくり返し、詰まった紙を引っ張り出した。
印刷機のリンちゃんは、ようやく持てる力を発揮して小作文を椅麗に仕上げた。
「パコちゃん。私死ぬかと思ったよ」とリンちゃんのため息が聞こえてきた。
「今日は一件落着だけど、先が思いやられるね」とパコちゃんはリンちゃんに返事をした。
「また紙詰まりなの、苦しい」リンちゃんの悲鳴だ。おばちゃんは印刷機をひっくり返し紙を引っこ抜いた。リンちゃんの紙詰まりは二回でおさまった。
毎度、毎度、画面設定の手順を忘れる。そのたびに、おばちゃんは、無茶苦茶にタッチを繰り返すので、パコちゃんの頭は、タッチの数や速度で狂わされる。
パコちゃんの指令解除は、まだまだ続きそうだが、おばちゃんはどうにか作文の画面設定だけは出来るようになった。おばちゃんは文章を書くことで心が寒くなることから逃れているのだという。おばちゃんの大事にしていることを取り上げるのは残酷だ。
パコちゃんとリンちゃんは難儀なおばちゃんだけど、これからも付き合ってやるかと最近は思うようになっている。