重い家族 S・Yさんの作品です
圭子の二階の部屋の窓からは隣家の庭がよく見える。
隣家の奥さんの良美さんは圭子と同じ六十代である。彼女がたくさんの洗濯物や布団を干したり庭の草取りをしたりと、くるくるとよく働いているのを圭子は何十年もみてきた。
車が数台あるが良美さんは運転ができないらしく、買い出しはいつも自転車だ。ご夫婦一緒に車で出かけるのは見たことがない。隣家は下町のこの辺りでは土地持ちの資産家でもある。夫と九十代のその両親、三十代後半の息子が三人、身体障害のある夫の弟を含めた八人の大家族の世話を良美さんは一手に引き受けてきた。
隣家の九十代の爺婆はイケズな老人たちで圭子は嫌いだった。
十数年前のことだが、圭子が回覧板を隣家に持っていった折、ちょうど通りがかった見知らぬ老人が隣家のまん前で転んだまま動けなくなった。圭子と良美さんは慌てて、頭からの出血にタオルをあてたり「大丈夫ですか」と声掛けをしたりしていたが、隣家の爺婆は玄関で突っ立って見ているだけ。圭子は急ぎ家へ引き返して救急車の手配をした。救急車が来るまで倒れた人に付き添おうと近付くと良美さんが爺婆に何か言われている。「タオルなんか持っていくな、余計なことをするな、関わるな」と聞こえた。圭子は耳を疑った。ほんとにこんな身勝手な人たちっているんだ。そういえば以前にも老いた迷い猫が隣家でうずくまっていたら、婆が「うちで死なれたらかなわん」といって新聞紙を被せて車の往来のある道路へ放り出したことがあった。偶然、見ていた圭子は車に轢かれる直前に猫を保護して病院へ運んだことがある。
良美さんの夫も町内の行事にはいっさい参加をしない、挨拶もしない、迷惑をかけても知らん顔(実際圭子はなんどか迷惑を被っている)の厚かましい禿げ男だ。
圭子はときおり良美さんと顔を合わせると立ち話をする。先日も良美さんが相続のことでこの禿げ男に「お前は他人だから何もやるつもりはない。それを承知でこの家に嫁したはずだ」と言われたのだとか。良美さんの生い立ちはあまり恵まれてはいなかったようだが、それにしても四十数年連れ添った妻に言う言葉かと、圭子まで腹立たしくなる。
最近、夫の障害のある弟が亡くなった。前後して息子の一人が自立して家を出た。だが、良美さんには深い悩みがある。残った二人の息子が二十年来の引きこもりなのだ。加えて九十過ぎのわがまま爺婆の世話も大変そう。圭子だったらとっとと逃げ出していただろう。
四十歳近い引きこもりの息子二人を放り出せない、巷でよくあるような犯罪でも起こしたりしたらと不安が先に立つ。だから面倒を見続けるのだと良美さんは言う。
毎日、大人六人の朝昼晩の食事のために、自転車の前後に食料品を山積みして走っている良美さんの日々の楽しみはなんだろう。自分の時間などないに等しい良美さんの日常。この状況からいつかは抜けだせるのだろうか。
彼女にとって家族ってなんなのだろう。もしも、良美さんが倒れたら、隣家の一族は路頭に迷うぞ。
圭子の二階の部屋の窓からは隣家の庭がよく見える。
隣家の奥さんの良美さんは圭子と同じ六十代である。彼女がたくさんの洗濯物や布団を干したり庭の草取りをしたりと、くるくるとよく働いているのを圭子は何十年もみてきた。
車が数台あるが良美さんは運転ができないらしく、買い出しはいつも自転車だ。ご夫婦一緒に車で出かけるのは見たことがない。隣家は下町のこの辺りでは土地持ちの資産家でもある。夫と九十代のその両親、三十代後半の息子が三人、身体障害のある夫の弟を含めた八人の大家族の世話を良美さんは一手に引き受けてきた。
隣家の九十代の爺婆はイケズな老人たちで圭子は嫌いだった。
十数年前のことだが、圭子が回覧板を隣家に持っていった折、ちょうど通りがかった見知らぬ老人が隣家のまん前で転んだまま動けなくなった。圭子と良美さんは慌てて、頭からの出血にタオルをあてたり「大丈夫ですか」と声掛けをしたりしていたが、隣家の爺婆は玄関で突っ立って見ているだけ。圭子は急ぎ家へ引き返して救急車の手配をした。救急車が来るまで倒れた人に付き添おうと近付くと良美さんが爺婆に何か言われている。「タオルなんか持っていくな、余計なことをするな、関わるな」と聞こえた。圭子は耳を疑った。ほんとにこんな身勝手な人たちっているんだ。そういえば以前にも老いた迷い猫が隣家でうずくまっていたら、婆が「うちで死なれたらかなわん」といって新聞紙を被せて車の往来のある道路へ放り出したことがあった。偶然、見ていた圭子は車に轢かれる直前に猫を保護して病院へ運んだことがある。
良美さんの夫も町内の行事にはいっさい参加をしない、挨拶もしない、迷惑をかけても知らん顔(実際圭子はなんどか迷惑を被っている)の厚かましい禿げ男だ。
圭子はときおり良美さんと顔を合わせると立ち話をする。先日も良美さんが相続のことでこの禿げ男に「お前は他人だから何もやるつもりはない。それを承知でこの家に嫁したはずだ」と言われたのだとか。良美さんの生い立ちはあまり恵まれてはいなかったようだが、それにしても四十数年連れ添った妻に言う言葉かと、圭子まで腹立たしくなる。
最近、夫の障害のある弟が亡くなった。前後して息子の一人が自立して家を出た。だが、良美さんには深い悩みがある。残った二人の息子が二十年来の引きこもりなのだ。加えて九十過ぎのわがまま爺婆の世話も大変そう。圭子だったらとっとと逃げ出していただろう。
四十歳近い引きこもりの息子二人を放り出せない、巷でよくあるような犯罪でも起こしたりしたらと不安が先に立つ。だから面倒を見続けるのだと良美さんは言う。
毎日、大人六人の朝昼晩の食事のために、自転車の前後に食料品を山積みして走っている良美さんの日々の楽しみはなんだろう。自分の時間などないに等しい良美さんの日常。この状況からいつかは抜けだせるのだろうか。
彼女にとって家族ってなんなのだろう。もしも、良美さんが倒れたら、隣家の一族は路頭に迷うぞ。