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随筆紹介  万葉からだ歌(六) 「口」言挙げぬが美徳    文科系

2015年12月08日 12時37分26秒 | 文芸作品
万葉からだ歌(六) 「口」言挙げぬが美徳   N・Rさんの作品

 玉かざる 磐垣渕の隠りには
伏して死ぬとも汝が名告らじ
──たとえ独りきりで倒れ死んでも、(お慕いするあなたの名は)決して口にはいたしません──
 万葉集の”万葉”は、愛語あふれるよろずの言葉の意。それなのに、大和は言挙げせぬ国。もの言わぬが花──と詠まれた歌がなんとも多い。

 人言を繁み言痛みおのが世に
 いまだ渡らぬ朝川渡る
──うるさい人の口で傷つき、誰もいない早朝の川を渡って逢いに行くしかありませんわ──
 こんな調子で、「口うるさい」「口車」とか「口達者」「口をたたく」などと、もの言わぬ人こそゆかしい、が日常の生活の中にしみこんできた。昔、むかしから。

 流行歌ひとつをみてもそうだ。「黙って」「何も言わずに」の歌詩ばかり。
  さよならと言ったら黙って
 うつむいていたお下げ髪  (白い花の咲くころ)
赤いリンゴに口びるよせて
 黙ってみていた青い空 (リンゴの歌)
なんにも言わずに別れたね
 君と僕、ガーデンブリッチの (上海ブルース)
今は黙して行かん 
 何をまた語るべき (北帰行)
 これでは、男は黙って……というビールのコマーシャルが成功するはずだ。太宰治の『人間失格』にも「私は議論をして勝ったためしがない。いつも相手の言葉の数とすさまじい声で負けて黙ってしまう」の一文が。
 こんな彼に、師の川端康成は「それでいい。だから力強い作品が書けるのだよ。人の口など弱い犬ほどよく吠えると思えば気にならない。口数は少なく、たくさんのことを届ける言葉の方が大切だよ。文章だって短いに限る」と力付けている。夏目漱石の『坊っちゃん』でも、早口でしゃべりすぎて仲間のヤマアラシ先生に「ぼくの目を見よなんにも言うな」とたしなめる一場面がある。

 目、鼻、耳に比べて、こんなに抑えにおさえられる口は、なんともかわいそうな気がしてくるが。
コメント
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