第二次世界大戦下で、日本政府の許可を待たずに、ユダヤ難民にヴィザを発給し続け、6000人の命を救ったといわれる外交官・杉原千畝の生涯を描いた力作である。
何故彼は、自分や家族までもが危険にさらされるのを知りながら、ヴィザを発給したのか。
その決意の裏がここに解き明かされる。
終戦70年の節目の年、ひとりの日本人の果敢で勇気ある生きざまを描いたドラマで、チェリン・グラック監督は、ワルシャワ他ポーランド各地で撮影を敢行し、壮大なスケールの作品を完成させた。
チェリング監督は、日本育ちの日系アメリカ人で、ハリウッドの大作で経験を積んだ監督だ。
1934年、旧満州(現中国東北部)・・・。
堪能な語学と情報網を武器に、ソ連との北満鉄道譲渡交渉に成功した外交官、杉原千畝(唐沢寿明)はその一方で関東軍の裏切りに失望し、帰国する。
千畝は、在モスクワ大使館への赴任を希望していたがかなわず、外務省からリトアニア・カウナスにある日本領事館への勤務を命じられる。
1939年、千畝は妻幸子(小雪)をともなってリトアニアに赴任し、新たに相棒のペシュ(ボリス・シッツ)と一大諜報網を構築し、ヨーロッパ情報を日本へ発信し続けた。
そんな中、やがて第二次世界大戦が勃発し、ナチスドイツがポーランドに侵攻し、ナチスに迫害され国を追われたユダヤ難民たちが、多数日本領事館にヴィザを求めて押し寄せてきた。
日本政府の承認を得られないまま、杉原千畝は自身の危険をも顧みず、難民たちにヴィザを発給する覚悟を決めたのだった・・・。
ナチスの迫害から、多くのユダヤ人を救済した映画「シンドラーのリスト」(1994年・スティーヴン・スピルバーグ監督)の主人公になぞらえ、杉原は「日本のシンドラー」とも呼ばれる。
彼はもともと、日本のために使命に燃える優秀な外交官であった。
独断でユダヤ人を救うことには、国家の方針に背く覚悟が必要だった。
様々な葛藤(!)を乗り越えて、杉原がヴィザ発給を決意するまでの思いが重要な部分だ。
親がナチスに殺された孫を連れた祖父、空腹に耐えかねる幼な子・・・、そうした彼らのまなざしに、千畝は良心の呵責に揺れ、ともに赴任した幸子の言葉で外交官を志した初心を思い出すのだ。
日本船の乗務員(濱田岳)も、はじめはユダヤを拒否するが、避難民の姿を重ねて心が痛み、乗船を許可する。
非人間的な戦争のさなかにも、凛として人間の尊厳を失わない行為は存在した。
その積み重ねが、後世につながる偉業となった。
目を覆いたくなるようなユダヤ人虐殺のシーンは、極力抑えて少なくしたのはよかった。
戦争を語るのに、極限に生きた人間の物語として、描かれている。
考えてみれば、たった一枚の紙切れが人の生死を分けたのだ。
日米の要素を合わせ持つチェリン・グラック監督だからこそ、国籍を問わず、善意の人々を公平な視点で取り上げているようだ。
杉原千畝がヴィザに手書きで黙々と署名するシーンが、印象的だ。
ナチスが占領するポーランドから、多くのユダヤ人がリトアニアに逃れて、シベリア鉄道を経由し、日本へ渡って、米国などに脱出するしかなかったのだ。
杉原は、日本通過のヴィザを独断で発給し、こうして6000人のユダヤ人の命を救ったといわれる。
杉原千畝は、戦後退職勧告を受け、外務省を去った。
彼は、晩年イスラエル政府から表彰され、86歳で激動の生涯を閉じた。
チェリン・グラック監督の作品「杉原千畝 スギハラチウネ」では、終盤に登場する第二次世界大戦の映像や迫害を受けたユダヤ人の数など、客観データが示され、主人公の功績を位置づける演出も頼もしい感じだ。
主人公の千畝の善意については、丁寧に描かれているが、戦火の混乱の中の不条理についてはさらなる突込みも欲しかった気がする。
また、彼の苦悩や葛藤についても、もっと掘り下げた描写を期待したかったが・・・。
外交官としての記録資料「杉原リスト」が、世界記録遺産の国内候補に選定され、今年は改めて第二次世界大戦のナチスからユダヤ人を救った杉原千畝に光が当てられて、喜ばしいことだ。
主人公役の唐沢寿明と妻役の小雪は、当時の日本領事館ゆかりの地リトアニアのカウナスを訪れ、当地で開催されたワールドプレミアでは、上映中にも観客のすすり泣きが聞こえ、5分間ものスタンディングオベーションに目を潤ませたという。
プレミアでは立ち見を含めて500人が集まり、200人が入場できないほどの盛況だったそうだ。
さて日本では・・・?
[JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点)
次回は映画「さようなら」を取り上げます。
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映画の方は、まずまずですか。
結構、鑑賞している人も多いようで・・・。はい。
まあ、知られていたら良いという物ではないでしょうけれども。