徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

文学散歩「川端康成コレクション 伝統とモダニズム」展―深淵な美意識の世界―

2016-06-13 17:00:00 | 日々彷徨


 梅雨晴れの日であった。
 2012年10月にリニューアルオープンした、東京ステーションギャラリーへ足を運んだ。
 ゆったりとした館内で、ノーベル文学賞作家であり、日本近代文学の巨匠として知られる川端康成のコレクションを展観する。
そ してさらに今回は、2014年7月神奈川県鎌倉の川端邸で見つかった、川端康成の初恋の相手伊藤初代から川端にあてた手紙十通なども展示されている。
 川端文学に大きな影響を与えたといわれるだけに、大変興味深い。

 川端康成が、みずから素晴らしい美術品を数多く収集していたことは有名な話で、そのほぼ全貌に触れることのできるまたとない機会だ。
 とくに、国宝三点を含む東京での公開は14年ぶりのことだ。
 本展は、第一章「川端コレクション モダニズムへの憧憬」、第二章「川端文学 文壇デビュー」、第三章「川端コレクション 伝統美への憧憬」、第四章「川端文学 『雪国』以降」と続き、全125作品のコレクションの展示と解説から、文豪川端康成の透徹した美学を感じとることができる。







 
 
 「知識もなく、私はただ見てゐる。
  好きか、好きでないか、惹かれるのか、惹かれないのか、よいか、よくないか。」(川端康成)
川端は、他人の評価や美術史的な価値などには一切無頓着で、美術に対してこのような姿勢で向き合っていた。
コレクションの範囲も広く、土偶や埴輪から、仏像、近世の文人画、書、近代の絵画、彫刻、工芸、さらには現代アートに至るまで多岐にわたり、自分の好みに応じて正直に、美術品を収集し、いつも身近に置いて飽かず眺めていた。
川端のモダニズムへの憧憬を思わせるものとして展示されている、ロダン「女の手」は、おそらく晩年の川端傑作「片腕」のモチーフとなったのではないかと、ふと思った。
小説「片腕」は、女の手が、ひとりで動いて、語りかける、前衛的な幻想小説で、非常に印象深い作品だ。

川端康成は、文学作品の中にも多くの美術品を登場させていて、小説の本質的な部分に関わるようなモチーフとしても取り扱われている。
彼の伝的な美に対する審美眼は確かなもので、江戸時代の浦上玉堂傑作「凍雲篩雪図」など、今回も国宝級三点もの美術品が展示されている。
川端文学の、深淵な美意識の世界に分け入っていくような気持ちにさせられる。
川端の死後、文豪の遺品は財団法人川端康成記念会が保存、管理している。
特定の一般公開の施設はなく、各地の美術館や博物館に貸し出して、展示している。
こんな機会にめぐり合せてよかったと思っている。

川端は、欲しいと思った美術品は、莫大な借金までもして決して値切らず買ったそうだ。
「凍雲篩雪図」についても、絵が売りに出ていると聞いて、即座に買う決心をしたと思われる。
しかし金が足りなかった。
川端は朝日新聞社に借金を申し出て、それで名画を手に入れたことが伝説として残っている。
1949年頃の話である。
戦後間もない頃のことで、銀行員の月給が3000円の時代に、浦上玉堂の絵は27万円もしたといわれる。
この絵がのちに国宝に指定されたのは、川端が入手してから十数年後の1965年頃だったという。
いやぁ、凄い審美眼ですね。
いま鑑定したら、幾らの値がつくだろうか。
このような話は、川端のコレクションのそれぞれについて当てはまることだと思われる。
とにかく、まだ文豪とは呼ばれなかった頃の川端だが、夫人は康成の借金買いにはいつもこぼしていたようで、彼の買い物癖たるや半端ではなかったそうだ。

そして、今回もうひとつ注目されるべきは、川端文学に大きな影響を与えたといわれる、初恋の相手伊籐初代の手紙や、川端の未投函の恋文、さらには芥川賞を懇願する太宰治の手紙など、文学史上の貴重な資料も紹介されていることだ。
このほど、川端康成記念会理事の水原園博氏によって、川端の初恋を追ったエッセイ「川端康成と伊藤初代」(求龍堂)が刊行され、川端悲恋の理由がここに明かされる。
川端22歳、初代15歳の時二人は婚約しながら、わずか1ヵ月後、急転する運命に儚くもこの恋は破れた。
婚約者の伊藤初代は、若き日の川端が、行きつけのカフェで働いていた初代を見初めたのがきっかけで、この恋は突然別れを告げられ、あっけなく終わった。

初代についての詳しい話については、詳述すると長くなるので省略するが、彼女は小学校3年までの学力で、幼くして母を亡くして奉公に出され、文字も十分に書ける女性ではなく、薄倖なな面影を残している。
展示されている手紙にも、彼女の精一杯の心境がにじみ出ている。
のちに川端によって、非常」「篝火」「南方の火」など初恋をモチーフにした作品が書かれたのは、この時の川端の実際の経験に裏打ちされている。
今後、川端文学論考が今まで以上に静かな盛り上がりを見せることだろう。
川端康成は、自分に送られてきた書簡などは、終生大切に保管しており、その数数万通ともいわれ、今回の伊藤初代の書簡ともども、文学研究者の垂涎の的となっている。

このような機会は、またいつあるかわからない。
非常に意義深い、展覧会だ。
東京ステーションギャラリー(TEL:03-3212-2485)での開催は、6月19日(日)まで。

次回はアメリカ映画「スポットライト 世紀のスクープ」を取りあげます。