全編ワンカットで140分という、究極の長回し手法で通し撮影を実践した、ドイツ映画だ。
ゼバスチャン・シッパー監督の試みは、カメラが移動しながら切れ目のないワンショットでという技法だ。
これが見事にドラマに嵌まっているのには、恐れ入る。
驚きの実験的映画である。
しかし、この衝撃の映像が行き着く果てに拡がる光景は、希望か、それとも絶望か。
それは、観客の目が確かめるクライム・サスペンスだ。
今更のように、映画の魔力って凄いなあと、その点では感心させられる一作だ。
眩い光がフラッシュする地下のクラブ・・・。
ひとりの若い女性が、激しいダンスに身を委ねている。
3カ月前に母国スペインのマドリードを後にして、単身ベルリンにやって来たヴィクトリア(ライア・コスタ)だ。
ヴィクトリアは、夜明け前の路上で地元の若者4人組に声をかけられる。
スキンヘッドのボクサー(フランツ・ロゴウスクキー)、ひげ面のブリンカー(ブラック・イーイット)、童顔のブース(マックス・マウフ)、そしておしゃべり好きなリーダー格のゾンネ(フレデリック・ラウ)は、一見チンピラ風だが悪人ではないように見える。
ヴィクトリアはドイツ語がしゃべれないため、ぎごちない英語で会話を交わした彼女たちは、コンビニでビールを調達して、あるビルの屋上に駆け上がる。
そこでの他愛もなく愉快なひとときは、異国の都会で孤独を感じていたヴィクトリアにとって、久しぶりに温もりに満ちた時間だった。
やがて、ヴィクトリアはアルバイト先のカフェで仮眠をとるため、ゾンネに店まで送ってもらう。
ゾンネにせがまれ、店内に置かれたピアノを弾き始めるヴィクトリア・・・。
ゾンネはその見事な演奏に感嘆するが、つらい記憶が脳裏をよぎったヴィクトリアは浮かない顔をしている。
そうなのだ。
16年以上も、毎日厳しいレッスンに明け暮れただけに、壁にぶち当たってピアニストになる夢を捨てたことを告白する。
それを聞いて優しく励ますゾンネだったが、いつしか二人の間には親密な感情が流れ出していた。
しかしそのことは、裏社会の危険な仕事に巻き込まれ、取り返しのつかない悪夢の始まりでもあったのだ・・・。
ドイツ、ベルリン・・・。
夜の社会の片隅で、若者たちが出会い、犯罪に巻き込まれていく物語で、とくに目新しいものではない。
都市でオール・ロケと、完全なリアルタイムの進行で描かれる映像は、臨場感いっぱいだ。
物語はシンプルで、でも一人の女性が一夜に経験する出来事としては、かなり濃密だ。
ヴィクトリアとゾンネの周りに親密な空気が生まれ、自転車や自動車、ビルのエレベーターや階段などで、命がけのサスペンスが持続する。
カメラは執拗なまでに、それをとらえようと追いかける。
ドラマは脚本らしいものはなく、セリフなどはどこをとってもアドリブ(即興)で、徹底したリアリズムが全編を蔽っている。
劇中、ホテルの場面で、従業員の姿が見えないなど不可思議なシーンも散見され、ドラマのつながりにやや息苦しさが残る。
主演女優のコスタの出ずっぱりの熱演は、文句なしの圧巻である。
ただ、彼女の心理状態にまで入り込んで、克明な描写がないのはさびしい。
ゼバスチャン・シッパー監督のドイツ映画「ヴィクトリア」のラスト、普通の少女が悲しみを背負ったヒロインとなって、夜明けの街を歩いていくシーンを目にすると、主人公の恋と冒険を見守った時間が、妙に愛おしく思えてくるものである。
作品の中身にはあまり共感できなくても、男女の出会いから別れまでを2時間ちょっとで見せるサスペンスフルなドラマの展開を、固唾をのんで見守った。
ベルリン映画祭銀熊賞受賞作品である。
ドイツ人監督とスペインの新進女優の、驚きのコラボレーションから生まれた映画だ。
実験的な手法には、素直に拍手を送りたい。
[JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点)