徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「紙の月」―平凡な主婦の人生が狂気に変わるとき―

2014-11-19 18:00:00 | 映画


 ひたすら、ただひたすら走り続ける女がいる。
 角田光代原作を、吉田大八監督が映画化した。
 真っ当な人生を歩んでいたはずの主婦が起こした、巨額横領事件を描いている。
 人間の心に忍び込むしたたかな邪念は、倫理や道徳を超えて狂気に近い。
 堕落するまで堕落する。
 背徳的な‘欲動’のたちこめる中で・・・。

 主人公には薄倖さと儚さがにじみ、女の業とか、金銭の価値観といったテーマを抱えながら、この作品では、本能の赴くままに、自由で優雅なお芝居を自作自演しているように見える。
 ヒロインの内面に迫ろうとする意欲は認められても、どうも作品のテーマの掘り下げは弱く、底が浅い。
 通俗的である。
 ・・・前評判の割には、期待したほどの作品ではなかった。
 この女性の破滅が、果たして原作者の言うような爽やかなものかどうか。


梅澤梨花(宮沢りえ)は、子供には恵まれなかったものの、夫の正文(田辺誠一)と穏やかな日々を送っていた。

契約社員として働く銀行でも、丁寧な仕事ぶりで上司の井上(近藤芳正)からも高い評価を得ていた。
平林孝三(石橋蓮司)は、梨花に信頼を寄せている顧客の一人で、裕福な独居老人だ。
支店には、厳格なベテラン社員の隅より子(小林聡美)、若くてちゃっかり者の窓口係の相川恵子(大島優子)らが働いている。
そんな中で、梨花は一見何不自由のない生活を送っていたが、自分への関心が薄く鈍感なところがある夫との間には、言い知れぬ空虚感が漂い始めていた。

ある夜、梨花は平林の家で孫の光太(池松壮亮)と再会したことから、急速に彼との逢瀬を重ねるようになる。
梨花は、外回りの帰り道に立ち寄ったデパートの化粧品売り場で、支払い時にカードもなく現金が足りないことに気づき、そこで、顧客からの預り金のうち1万円に手をつけ、銀行に戻る前にすぐに自分の銀行口座から引き出して預り金の中に戻したが、これが、すべての始まりであった。
学費のために借金をしていたという光太のために、顧客から預かった200万から300万の金額に手をつけ、横領する金額は日増しにエスカレートしていった・・・。

主人公梨花は、一気に坂道を下り始める。
罪悪感はどこかに消え失せてしまい、手口は大胆になり、半ば常習化し、自由と解放感まで謳歌するようになる。
行き先に待つ破滅はわかっている。
その不安と重圧も膨らんでいき、もはや立ち止まることも、振り返ることもままならなくなる。

光太との快楽に耽溺していても、顧客の人生がどうなろうとも、彼女には‘暴走する’しかない。
梨花を否定するものすべてをはねのけて、彼女は前しか見ていない。
大胆不敵な女の犯罪だ。
こうした事件は、巷の金融機関で実際によく起きている。
別に新しいドラマでも何でもない。
この作品は、事象の展開にサスペンスフルな要素を取り入れていてよいのだが、難を言えば、心の底に潜む深い部分の心理描写が弱く、平面的で浅い。

ドラマ自体もかなり無理をしている。
梨花と光太の出会いもいきなり唐突に始まるし、演出上の工夫だろうが、やたらとスローモーションを多用し、煽情的なバック・ミュージックもきこえよがしで、気にならぬことはない。
スピード感やスリル感はあるが、それも強烈なインパクトはない。
吉田監督の人間観察の確かさといっても、平凡で、ヒロインが狂気へと堕ちていくプロセスも掘り下げが弱く頼りない。
善悪を超えた奥行や深さは、ドラマの中に思っていたほど感じられず、物足りなさが残る。
ドラマの終盤で、隅より子に追い詰められた梨花が、銀行の窓ガラスを突き破って外の路上に降り立って疾走する場面は荒唐無稽で、こういうシーンは、まあ安直なハリウッド映画のような爽快感がないとは思わないが・・・。
しかし、少なくともこのヒロインにかっこよさは微塵もない。

物語は、1994年という、いわゆるバブル崩壊直後の時代設定で描かれていることに注意だ。
インターネットもないし、いまのような紙幣勘定器もない時代だ。
20年前の銀行は、あんな風だったのだ。             

ヒロインは、自分の恋のためでも、夫との生活に不満を感じた(?)からでもなく、横領をした。
彼女は自分で自分を追い詰めていく。
その何かが、この作品では確かな形となって描かれたか疑問だ。
主人公の行為について、何と、ある評論家センセイはしたたかで美しいとおっしゃたが、とんでもない。
俗っぽく、野暮ったいだけだ。
どこが美しいか。

吉田大八監督作品「紙の月」を観て、確実に解ったこと、それは、女性って怖いなあということだけだ(笑)。
主演の宮沢りえは熱演だが、先の東京国際映画祭では最優秀女優賞受賞した。
     [JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点