古典が現代に甦る。
鶴屋南北の東海道四谷怪談を題材に、鬼才三池崇史監督が、愛憎と狂気の世界に挑戦した。
主演の市川海老蔵が、この作品の企画を務めた。
古典の劇中劇(舞台)における人間関係が、芝居稽古を通じて、現実の世界と微妙に重なり合い、それも同時進行する。
撮影は、回転舞台のある東宝スタジオをフル活用し、ステージいっぱいの空間の稽古場が作られ、実に凝った画面構成となった。
どんな感情をも、具体的な映像で表現するといわれる三池監督の真骨頂は、ここでもすべてを視覚的要素で語りきった。
濃厚な舞台装置に、思わず目を奪われる。
舞台公演「真四谷怪談」が決まり、お岩を演じるスター女優・後藤美雪(柴咲コウ)の相手役に長谷川浩介(市川海老蔵)が抜擢された。
浩介は美雪の恋人だが、彼には別の女性の影がちらつき、美雪は不安を感じていた。
劇中では、美雪のお岩と浩介の民谷伊右衛門が恋に落ち、結婚の約束をする。
だが、お岩の父・又左ェ門(勝野洋)は、伊右衛門の邪悪さを感じ取ってそれを許さず、伊右衛門に斬り殺される。
・・・やがて、お岩と伊右衛門は所帯を持ち、お岩は子を産む。
しかし、うだつの上がらぬ浪人暮らしに嫌気がさし始めた伊右衛門に、大身の伊藤家が婿入りの話を持ちかけてきた。
伊藤家の娘と結婚すれば出世の道が開けると、乳母の槇(根岸季衣)と父・喜兵衛(古谷一行)が伊右衛門を誘う。
その頃、美雪と浩介の関係にも変化が現れ始める。
劇中で梅を演じる、新人女優・朝比奈莉緒(中西美帆)が浩介を誘惑、彼もそれに応じて二人は深い関係になっていく。
舞台稽古は中盤に入ると、槇がお岩に毒薬を渡すシーン、悪党仲間の按摩・宅悦(伊藤英明)の凌辱、伊右衛門がお岩と宅悦を不義密通の罪で切り捨てるなど、のちにお岩の怨念を残すシーンが続く。
そして、稽古は佳境に入り、伊右衛門と梅の初夜の場面で、お岩の影を感じておなじみの狂気と残酷に血塗られたシーンへと・・・。
異形の特殊メイクは、宅悦に3時間、お岩には4時間以上をかけたそうだ。
市川海老蔵の存在感はもちろんだが、お岩役の柴咲コウの熱演は凄味があり、盲目の宅悦役の伊藤英明の怪演も際立っていて、濃密な緊張感が漂っている。
それだけでも一見の価値はある。
嫉妬と恨みを募らせた女優役の柴咲コウは、狂気の世界に落ちていき、現実のドロドロとした男女関係に四谷怪談を重ね合わせることで、怪談の古典から、エロチシズムと残酷美が鮮烈に浮かび上がる。
趣向を凝らした舞台の美術や照明、豪華な衣装も映像も見事である。
登場人物たちの感情を描いた場面もよく作りこまれており、楽屋に捨てられた子供の人形が涙を流すシーンなど、美術、小道具面での工夫にも目を見張らせられる。
三池崇史監督の映画「喰 女/クイメ」は、悍ましくも美しい、不思議な空間を舞台に、異様な迫力で繰り広げられる役者たちの演技と相まって、三池四谷怪談の世界を堪能させる。
恐怖とエロスが渦巻く、三池映画の緊張感と醍醐味はここでも健在で、あっという間の1時間34分だが、終盤の展開が少々あっけない。
まあ、こうした虚実渦巻く二重構造での映画作りは、三池監督の実験的意欲とみた。
女を食い散らす男の欲望、喰われた女の執念が虚構と現実の境を越えたとき、恐るべき魔性が顔を出す・・・というキャッチコピーのあとに、カップルでのこの作品のご鑑賞はおススメしません!とある・・・。
豪華な舞台装置だけに、役者も揃ったが、ちょっぴりこの映画では役不足の感も・・・。
[JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点)