こんな時代劇が観たかった。
藤沢周平の原作を、平山秀幸監督が映画化した。
この作品、正攻法の時代劇の真骨頂といってもよいのではないか。
静かな剣術使いが、自藩の論理を貫いたために、悲運に見舞われるドラマである。
藤沢作品というと、温かみのある作品が多い中で、この作品はハードボイルドだ。
下級武士が家庭を守りながら、運命に翻弄される話ではない。
この作品では、運命にぶちあたって、そのまま消えてゆくのだ。
時代劇だが、現代に置き換えてみても、その環境や心情を強く訴えてくるものがある。
舞台が江戸時代であっても、構成は現代劇と変わらない。
時代劇映画としては、ここ数年でおそらく一級の出来ではなかろうか。
日本の伝統様式と、武士として生きることの宿命が、よく描かれている。
品位、風格、所作といった毅然とした美しさにとどまらず、殺陣の醍醐味も満点の迫力である。
圧巻は、終盤15分、多勢に無勢の怒涛の斬り合いだ。
こういうのを裂帛の気合というのではないか。
おそらく、藤沢周平原作の映画化作品としては、ベストではないだろうか。
「たそがれ清兵衛」(2002)、「隠し剣鬼の爪」(2004年)、「蝉しぐれ」(2005年)、「武士の一分」(2006年)、「山桜」(2008年)、「花のあと」(2010年)と、本作で7作目になる。
全部観ているが、それぞれいい出来ではあったが、今回の作品がだんトツの一番だ。
あの時、何かが狂いはじめていた――。
江戸時代、東北は海坂藩の物語である。
藩の物頭を務めていた兼見三佐ェ門(豊川悦司)は、藩主・右京太夫(村上淳)の愛妾・連子(関めぐみ)を、城中で刺し殺した。
この直前、能舞台が催されているとき、演者以外の誰もが微動だにしない。
舞台から続く廊下で、三佐ェ門が連子の胸に刀を突き立てるまでの静けさにも、彼の所作にも、全く無駄がない。
平山監督の、徹底した演出には、息をのむ・・・。
最愛の妻・睦江(戸田菜穂)を病で喪った三佐ェ門にとって、失政の元凶であった蓮子の刺殺は、極刑を覚悟の死に場所を求めた武士の意地であった。
それなのに、彼には意外にも寛大な処置が下され、一年間の閉門、蟄居ののち再び藩主の傍らに仕えることになる・・・。
三佐ェ門は、腑に落ちない想いを抱く。
しかし、そこには黒い陰謀があり、蟄居明けの三佐ェ門には苛酷な運命が待っていたのだ。
そんな三佐ェ門の、身の回りの世話をする亡妻の姪・里尾(池脇千鶴)の献身によって、一度命を棄てた男は、、再び生きる力を取り戻していく。
そうしたある日、中老・津田民部(岸部一徳)から、彼は秘命を受ける。
それは、藩主家と対立している、ご別家の帯屋隼人正(吉川晃司)を討てというものだった。
・・・そして、待ち受ける隼人正との対決の日がやってくる。
凄まじい殺陣の見どころは、最後のクライマックスだ。
勝負は、殺陣にいたる前にすでに決している。
平山秀幸監督の映画「必死剣鳥刺し」は、実に切れの鋭い珠玉の作品だ。
鳥刺しという秘剣のことは、それ自体最後まで明かされない。
鳥刺しとは、必死必勝の剣で、その剣が抜かれる時、遣い手は半ば死んでいるとされる。
そのことを、劇中で三佐ェ門に語らせているのみだ。
平山監督は、原作の世界観を守りつつ、独自の解釈も加え、壮絶な人間ドラマに仕上げている。
映像のひとこまひとこまが、丁寧に撮られていて気持ちがいい。
藤沢作品といっても、これまでのものとはタッチも違うし、清貧もなければ、下級武士の悲哀もない。
特別、武家社会の不条理や武士の一分の誇りを描いているというのでもない。
平山演出は、非常に密度の濃い「静謐」描写で、前半から後半にかけて観ている者の緊張感を高揚させる。
よい時代劇は、よい日本映画だ。
豊川悦司は寡黙な武士を演じて一段と渋さを増し、池脇千鶴は監督から、武家娘としてのその感性の美に優れていると絶賛されるほどだし、岸部一徳の存在感もさすがと思わせる。
東北の四季折々の空気を感じさせる美しさも、特筆ものだ。
さらに、風のそよぎや鳥の声、眩い陽光、その光と影といった映画の空気感も極上のものだ。
石井浩一のカメラワークも、極力無駄を排し、屋外から屋内へと切り返す形など実に上手い。
撮り方の何という丁寧さだろう。
ドラマ中盤にちゃんと前もって伏線があったのを見逃さないようにしないといけないが、最後のシーンに、なるほどと想わせるオチが用意されている。
説明などなくても、一瞬ほろりとさせる場面である。
この作品、大人の映画としても、近頃、内容のシッカリ度において、間違いなく太鼓判を押せる出来だ。
まだ今年も年半ばだが、藤沢文学のリアリズムを描いて、情緒纏綿たる世界を見事に結実させたこの作品を、文句なしに日本映画の秀作に挙げたい気持ちだ。
8月26日に開幕する、モントリオール世界映画祭に正式出品されることが決まったが、殺陣のシーンがある時代劇の出品は初めてだそうだ。
(ひょっとすると、ひょっとするかも・・・。)
果たして、日本の『サムライ』がいまでも通用するのか、‘静かな’期待が高まっている。