徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「ファン・ジニ」ーある愛の軌跡ー

2008-10-10 21:37:00 | 映画

単なる妓生(キーセン)の話ではない。
激動の運命に立ち向かった、ひとりの女の物語だ。
実在した伝説の名妓、ファン・ジニの生涯は、この春TVドラマ化されて、日本でも放映された。
TVドラマは、11日から再放映される。
ただし、ここでとりあげたのはTVドラマ版ではなく、あくまでもチャン・ユニョン監督韓国映画(映画版)である。
TVドラマの方は、知らない。

映画版では、差別の厳しい時代に人生の転落を味わい、欺瞞に満ちた世界と向き合ったファン・ジニの姿を、華やかな朝鮮王朝時代を舞台に、歴史ロマンとして描いている。

人は弱い生き物であり、多くは生まれた時代に縛られ、運命の前にひざまずき、傷つきながら絶望する。
十六世紀の朝鮮王朝時代、人の運命は誕生と同時に定められ、男は神聖で女は卑賤、貴族だけが人間で、平民は動物のようにみなされていた。

この映画は、妓生(キーセン)として身体を差し出しながらも、決して心は汚さず、ただ一人の男への愛を貫き通した、凛々しく誇り高い、ヒロインのドラマとして語られる。

愛が克服できない運命など、ない。
貴族の娘として育てられたチニ(ファン・ジニ)は、15歳の時出生の秘密を知り、自ら家を出て、妓生(キーセン)だった実母と同じ道を歩むことを決意する。
少年時代に出奔して、行方知れずとなっていた下男ノミ(ユ・ジテ)が、逞しく成長して舞い戻った。
この家の美しい娘チニことのちのファン・ジニ(ソン・ヘギョ)にとって、彼は幼い頃いつもそばにいてくれた大切な遊び友達だった。

絢爛の時代であった。
チニは諸芸を身につけ、並々ならぬ知性と教養で、身分の高い男たちにも一目置かれる存在となっていた。
そして数年後、詩や絵画、琴や歌に秀で、貴族たちですら彼女を愛した。
そんなチニを支えたのは、幼い頃から何かとチニをかばい助けてくれた、ノミの愛であった。
だが、彼は義賊団の頭目となって、官憲に身を追われる身となった。
官憲に追われる、ノミの逃亡を密かに助けるチニが、粗末な小屋で再会するシーンがある。
見つめあう二人に溢れる恋情・・・、濃密な官能の香りが漂う。
結婚という、世間一般の形で成就することのなかった愛の形がある。
しかし、そのまさに宿命の恋人たちといえる、チニとノミを悲劇が襲った・・・。

自分の身を犠牲にしてでも、相手を助けたいと願う、二人の打算のない愛の結果だった。
これは、運命の皮肉としか言いようがない。
男と女の哀切が、清廉である。
物語の最後の場面、チニが、処刑されたノミの遺灰を高い山の頂から撒くシーンが美しい。

時代の空気を、現代的な色使いで伝える美術や、シースルーのチョゴリを採用した洗練された衣装など、細部にわたるオリジナリティは、壮大な歴史ロマンの香りがする。
チャン・ユニョン監督韓国映画「ファン・ジニの物語は、どこかやるせない男と女の愛の軌跡だ。

息づまるような儒教思想が、がんじがらめに男や女を縛りつけていた時代のことである。
身分は固定され、賎民や(ぬひ)階級に生まれついたら最後、子々孫々その階級を抜け出すことの出来なかった社会である。
ファン・ジニという女性は、そうした時代と社会における、むしろ文化的な英雄、スーパーウーマンだという人もいる。
朝鮮史をひもとく上でも、興味深い話ではある。