徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「つぐない」ー嘘は罪、されどやがて悲しくー

2008-04-16 12:30:00 | 映画

 あなたを愛しています。
 だから、私のもとに帰ってきて・・・。
 一生をかけて、償わなければならない罪があった。
 命をかけて、信じ合う恋人たちがいた。

この作品は、ジョー・ライト監督のイギリス映画だ。
イギリス現代文学の、イアン・マキューアン原作のベストセラー「贖罪」をもとにしている。
その文学性の高さゆえに、映像化は困難と言われていたそうだ。
特に、作品の心理描写をフィルムに焼き付けることにどれだけ成功したか。
アカデミー賞をはじめ、ゴールデングローブ賞など、数多くの映画賞受賞歴を持つ精鋭スタッフが、「人は罪をあがなえるのか否か」という、普遍のテーマに立ち向かった作品だ。

1930年代、戦火の忍び寄るイギリス・・・。
夏の或る日、政府官僚の長女に生まれた美しいヒロイン、セシーリア(キーラ・ナイトレイ)は、自分が、兄妹のように育てられた、
使用人の息子ロビー(ジェームズ・マカヴォイ)を、身分の違いを越えて愛していることに気づく・・・。
生まれたばかりの二人の愛は、しかし小説家をめざす多感な妹ブライオニー(シアーシャ・ローナン)の、哀しい嘘によって引き裂かれることになる。

ロビーは、生と死が背中合わせのフランス・ダンケルクで、ドイツ軍との激戦の中にいた。
イギリスで犯罪者として収容され、刑期を短縮するための手段として、従軍することを選んだのだ。
セシーリアは、彼の帰りをひたすら待ち、「私のもとに帰ってきて」と手紙をしたためる。
ブライオニーは、自分のおかした罪の重さを思い知らされ、苦悩する。
三人三様の運命が、無情な時代の中に呑み込まれていく・・・。

運命に翻弄されながらも、愛を貫こうとするヒロインのセシーリア役は、「パイレーツ・オブ・カビリアン」「シルク」などで人気を博し、「プライドと偏見」でアカデミー賞主演女優賞にノミネート、名実共にトップスターに登りつめたキーラ・ナイトレイで、新たなステージの一歩となる作品だ。
恋人ロビーには、「ラストキング・オブ・スコットランド」で好演のジェームズ・マカヴォイ、そして、二人を引き裂く結果になる妹には、少女時代はシアーシャ・ローナン、娘時代はロモーラ・ガライ、大作家となった晩年は名女優ヴァネッサ・レッドグレイヴと、時代ごとに三女優が熱演する。
この三人が、まことによく似ている。たいしたものだ。

アカデミー賞作曲賞の、全編に流れるピアノのメロディーが優しく響く。
光と音楽と映像としぐさ、その全てがどこか切なく、そこはかとない静謐な余韻をもたらしている・・・。
とても映像化不能と言われた、傑作小説を映像化して見せてくれた、ジョー・ライト監督の才能は、或る程度は評価できる。
「贖罪」と言う難しいテーマを抱えて、かつて少女だったブライオニーが77歳になって、残酷なエピローグを迎える・・・。

聡明で、自信家の少女のおかした罪が、どんな未来をも望めた、若く魅力的なカップルの恋を呑み込んで、闇に葬ってしまう・・・。
・・・セシーリアとロビーが、図書室の暗がりで、情熱的に愛し合っているところを目撃したショックのなかで、ロビーを色情狂と確信した妹のブライオニーだった。
だから、その日、母親の家出で、双子の弟と一緒に彼女の家に来ていた、ぽちゃぽちゃと可愛い姉娘のローラが、広大な庭園で何者かに暴行された時、その現場から逃げる犯人を目撃した少女は、犯人はロビーだと証言した。
ロビーは逮捕され、無実を明かされぬまま、刑務所か、すでに戦争が始まっていて出征かの選択を迫られたのであった。

ロビーは戦線に送られ、重傷を負って帰国を心待ちにするが、戦況は悪くなる一方だった。
彼を愛しながら、身分違いの彼との関係に一抹の不安を抱き、絶対的にかばいきれなかったことを悔やむセシーリアは、家にいるのが耐えられず、傷病兵の世話をする看護婦になる。

ロビーが大好きで、彼の心を試そうと無茶をしたこともあるブライオニーは、幼い思い込みだけで、一方的に彼に裏切られたと信じてしまった。
その結果、家に来た兄の友人や、暴行を受けたローラの不安や怯えと同時にあった現実的な計算が理解できるはずもなく、ロビーを犯人と決めつけてしまったのだ。

この映画は、その罪に対する贖罪=「つぐない」の気持によって染め上げられた、悲しい恋人たちの物語なのである・・・。

お互いに、電流が通じた瞬間のように、愛が通じ合ったセシーリアとロビーだったが、キーラ・ナイトレイが演じるイギリス上流家庭の奔放な娘が、真実の愛に気づいて、一途な恋に生きる女へと変身していくのが見ものだ。
かたや、家政婦の母に育てられ、優しい青年に成長したロビーを演じるジェームズ・マカヴォイと、そんな演技派でもある二人の悲劇を軸にして、映画は、彼らの愛を葬った少女が成長し、自分の罪を認識して後悔に身を焦がす姿を描き出す。
おかした罪への償いの気持ちで、小説「つぐない」を書き上げ、これが最後の作になると言って、ブライオニーは年老いた姿で登場するのだが・・・。

償えることと、償えないこと・・・。
その、人の心の闇に迫る、激しいが、しかし静謐な葛藤が、この作品「つぐない」 tsugunai.com  )の底には流れているようだ。

ジョー・ライト監督は、キーラ・ナイトレイに最初ブライオニーの役を演じて欲しかったようだが、彼女の方はどうしてもセシーリアにこだわり、監督を説得して、結果的にセシーリア役に落ち着いたと言う話だ。
注目すべきは、この物語は、セシーリアの目を通して描かれているのに、実際にはブライオニーの視点でも描かれていると言うことだ。
この映画の主役は、セシーリアではなく、ブライオニーではないかと思った。
ブライオニーの目線が、原作者イアン・マキューアンの目線なのだ。

作品はコンパクトによくまとまっているが、そこに無理があるのか、文学作品に見られるような、登場人物の心理描写、潜在意識の映画における描き方には、どうしても物足りなさが残った。
「贖罪」と言うからには、人間の苦悩、懊悩はもっともっと深い筈であろうから・・・。