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山の記憶 (百名山・二百名山・三百名山)

山スキー、その他の山行もあります。

百名山の記録 シリベシ(羊蹄山)山

2014年11月07日 | 日本百名山

 2008年6月
 

 百名山の完登を目指して始めた山旅もいよいよ佳境を迎えつつある。屋久島は宮之浦岳を皮切りに北上し、約70名山を終えた今、遠い遠い存在であった東北・北海道の山々に足を向けることとなった。
 遠くて広いこの地域の山々をどう登り歩くか色々思案したが、結局、北から順に一山ずつ登ることにした。

 平成20年6月21日(金)、小樽港へ向かうフェリーに乗船するため舞鶴港へと向かう。いつもは通り過ぎるだけの舞鶴だが、今日は東舞鶴港の埠頭に車を止める。運送手続きを済ませ、出港までの待ち時間を「舞鶴引上記念館」の見学でつぶす。
 ロシアにおける捕虜収容所での過酷な生活、飢えと寒さの中での労働、捕虜とはこんなにまで悲惨な状況下におかれるものなのか。館内一杯に展示された資料が胸を打つ。
 引き上げ者の母子の途方に暮れた写真。一体この親子は、この後どのようになったのだろう。夕暮れの舞鶴港に暑い一日の終わりを告げるようにポツリと明かりが灯る。昭和20年の6月も、このようにして暮れていったのだろうかとふと思う。
 港に帰り、乗船車の列に並び、待つこと3時間。やっとフェリーに乗船だ。これから約20時間の船旅が始まる。ガラガラの2等客室に手荷物を置き、風呂に入る。船内はクーラーが効いているので舞鶴での蒸し暑さが嘘のよう。風呂上がりのビールでのどを潤し、船室でゴロゴロと過ごす。
 22日は退屈な一日だ。船は日本海をゆっくり北上する。秋田沖では、楽しみにしていた鳥海山の姿が見えない。乗務員に聞くと、航路が沖合のため見えないとのこと。大変残念。
  夕刻より、船内がざわつき始める。北海道の大地が見えてきたからだろう。落日が美しい。
 20時45分、予定通り小樽港に着く。いよいよ北の地に上陸。といっても今夜の宿に当てがあるわけでもなく、取りあえず小樽港に一番近い高速道路の金山パーキングに入り車中泊とする。

 6月23日 シリベシ山
 朝日の中、今回最初となる山、シリベシ山へと車を走らす。目指すは倶知安コースの登山口だ。いくつかの町を抜けると羊蹄国道という標識が目に入る。
 倶知安峠を越えると目の前は一変する。その変化はシリベシ山との唐突な対面に始まる。蝦夷富士と讃えられるシリベシ山。初夏の風に吹かれ、降りそそぐ日の光の下に、北の大地の中から生まれたようなシリベシ山がそこにあった。
 7時40分、倶知安登山口着。すでに数台の車が止めてあり、2組の夫婦が山の準備に取りかかっていた。駐車場隅の木陰には、昨夜を過ごしたと思われるテントが一張り。
 車から降り、山の空気を吸うとなぜか心が騒ぐ。急ぐ必要はないのだが落ち着きが無くなるのはいつものことだ。忘れ物のないよう荷物の中身を確かめ、はやる心を抑えながら7時15分あこがれのシリベシ山目指してスタート。
                

                       登山口にて 

         

 北海道の山に登るのは久しぶり。かって利尻、礼文そして大雪山には登っているのだが、この頃は百名山への意識は全くなかった。そして今、北海道に残す7名山への山行が始まった。
 樹林帯に伸びる山道を行く。爽やかな緑の風が心地よい。梅雨入りとなっている本州の気候が嘘のように感じられる。「梅雨のない北海道」とはこういうことなのかと感じながら歩く。
 リズムよく歩が進む。体の細胞1つ1つが自然の中で目覚めてくるような、そんな不思議な感覚に包まれていく。遠い過去から伝わって来た命の連鎖。歩速度と呼吸のバランスの心地よさ。進め進めだ。
 間もなく先行していたご夫婦を追い越す。ご主人さんは幾分息も上がり苦しそう。奥方の方が健脚らしい。さらにしばらく行くと、2組目のご夫婦に追いつく。このご夫婦、お2人とも健脚らしい。               
  沢筋にサンカヨウの白い花がチラホラと見える、山陰では、もうとっくに散ってしまっている花なのだが、なぜか懐かしく感じる。シラネアオイが可憐な笑顔で迎えてくれる。ここは北海道だから、シラネアオイはエゾシラネアオイとでもよぶのだろうか。急登にあえぎながら山小屋への分岐に到着。眺望の開けたスペースに団体さんが一息入れておられた。
       

                    シラネアオイ    

        

 10時9合目着。朝、あんなに晴れ渡っていた空に雲が広がる。下山してこられた方から、今朝の山頂での素晴らしさを聞く。久しぶりの天気だったらしい。
 低木帯から草本帯へと入り、ツガザクラが現れはじめると急登もほぼ終わり、ザクザクとした砂礫の道を歩くことになる。

                   黄色いスミレの群落

       

 母釜と呼ばれる火口跡を横に見ながら、なおも進むと巨大な火口の縁に出る。これが父釜だ。火口の縁が縦走路のようになっていて、その一角にシリベシの山頂があった。

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 10時50分、1898m道央最高峰に立つ。

                  シリベシ(羊蹄山)山

         

  火口壁に向こうに、登山者の群れがアリのように見えるのがおもしろい。薄いベールに包まれて、何か白黒映画の1シーンを見ているようで現実のものとは思えない。山をさすらい歩く漂泊者の群れのようでもあり、浄土へと旅立つ信者の姿のようにも見える。
 風のまにまにガスが切れ、現実が姿を現す。一人ひとりの姿がくっきりと見えるのは、澄み切った空気のせいだろうか。
 火口壁の縁を時計回りに周り、雪解け水の豊かさに驚きながら避難小屋へと下る。この上もなく簡素な避難小屋に着く頃、天気も多少持ち直して時折青空が顔を出す。小屋の周りには、乏しい燃料の足しにするのだろうか、濡れた木材の切れ端が天日にさらしてあった。素泊まりのこの小屋も、シーズンに入れば多くの宿泊者で賑わうことだろう。この小屋に泊まり、朝早くに頂上を目指せば感動的な日の出のシーンに出会えるかもしれないのだが、どうも天気は期待できそうにない。あきらめて下山することにする。
            

                   火口を一回りして

         

 14時20分、駐車場着。汗を流しにと、近くの温泉へと車を走らす。シリベシ山は雲の中。ニセコアンヌプリの山々がシリベシ山とは対照的で印象的だ。ニセコ昆布温泉という変わった名前の温泉に浸り次に登る山について思いを巡らす。
 羅臼山を2登目の山と決める。明日は移動で一日をつぶすことになるが、途中立ち寄ってみたい土地もあるのでちょうどよい。天気も下り坂だ。


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