暘州通信

日本の山車

◆05250 波弥神社祭

2011年05月01日 | 日本の山車
◆05250 波弥神社祭
□所在地 京都府京丹後市峰山町荒山字井行内
□旧国名 丹後國
□現社名 波弥神社
□旧社名 波彌神社
□祭神
タケハニヤスノミコト 建埴安命
トヨウカノメノミコト 豊宇賀能売命、天酒大明神。羽衣天女
□祭は十月上旬。
□山車
山車(楽臺)一対を曳く。
□汎論
 波弥神社は、延喜式神名帳丹後國丹波郡に記載される、丹後國六十五座のうちの一座。社殿は当地に見ない建築様式であるが、これは昭和二年の単語震災で旧社殿が倒壊したため、山城の乙訓八幡宮の旧社殿を譲り受けて移築したためである。
 祭神はタケハニヤスノミコト(建埴安命)、トヨウカノメノミコト(豊宇賀能売命、天酒大明神。神。羽衣天女)が祀られるが、境内には他の古社と同じように五角形の社日塔(地神塔)があり、五面はそれぞれ、
オオナムチノミコト(大己貴命)
スクナヒコナノミコト(少彦名命)
ハニヤスヒメノミコト(埴安媛命)
ウカノミタマノミコト(倉稲魂命)
アマテラスオオミカミ(天照皇大神)
 をあらわしている。
 以下は仮説である。
 これら社日塔(地神塔)の祭神はもそらく一時に祀られたものではなく、日(太陽神)とハニヤスヒメノミコト(埴安媛命)、ついで出雲系のオオナムチノミコト(大己貴命)、スクナヒコナノミコト(少彦名命)、稲荷神のウカノミタマノミコト(倉稲魂命)の順に追加されたと考えられ、アマテラスオオミカミ(天照皇大神)は大和政権の確立に伴い恭順の態度を示すため、おなじ日の神とされる日(太陽神)が置き換えられたと考えられる。
 伊勢神宮に見られる【神明造の社殿】は伊勢よりも古い歴史があり、数箇所に【元伊勢】がある。だが、【神明造の社殿】様式は朝鮮半島を本歌としたといわれている。
 丹後半島には、有名な【浦島太郎物語】、【羽衣天女伝説】があり、【龍宮城】とも相俟った【蓬莱神仙】の伝承がある。
 これらの歴史的言い伝えには、福岡県の宗像三女神(タギツヒメ、タゴリヒメ、イチキシマヒメ)を祀る沖津島から出土するオリエントからの伝来品にも象徴されるように、古代にはすでに丹後半島から絹織物が海上を経て西方アジアに伝えられていたのではないかと想像される。
 羽衣天女とは、そうした交易使の子女であり、何らかの事情で帰れなくなって当地にとどまったが、鄙には稀な美貌の女性と映り、これに憧れた現地の男性と結婚して、比賣君を出産し、母子ともに、のちにトヨウケオオカミ(豐受大神)、ワカヒメ(稚比賣)として祭神に祀られるようになったものではないだろうか。大江山の酒呑童子もまたオリエント方面から日本を訪れた渡来人で、海難などにより帰れなくなって土着した氏族だと推定される。
 駿河三保松原の【羽衣天女伝説】、信濃木曾寝覚ノ床の【浦島太郎物語】などもこうした、遠来からの渡来人の痕跡を伝えるものではないだろうか。


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