昨日に続きモンサンミッシェルです。
内部編になります。

この日の昼食は駐車場のそばの店でオムレツでした。
モンサンミッシェルの名物の一つがオムレツ料理、
そのオムレツ、島の入口を入ってすぐ、
プーラールおばさんのこの店が始まりだそうです。
巡礼者の疲れを癒すため、
バターたっぷりのふわふわのオムレツを考案したそうです。

プーラールおばさんの店を過ぎると
お土産屋が並ぶ坂道に入ります。
道幅はとても狭く、雰囲気から京都清水の三年坂を思い出します。

お土産屋の軒が終わるあたり、
左側の階段を5,6段上ると周辺住民がミサに訪れるサンピエール教会の入口です。
この教会、洞窟内に造られているそうです。
写真は教会の内部、洒落た酒場のようにも見えますが教会です。
祭壇に向かい座っている二人の上のステンドグラス、
聖ミカエルが描かれています。

そのステンドグラスです。

サンピエール教会を過ぎ、左に折れると大階段、
その右手は修道院付属教会の建物です。

付属教会の内部、
この付属教会、海抜80mの岩山に長さ80mの土台が作られ、
その上に建てられています。
西暦1000年から1010年の間の完成、
使われている花崗岩は近くの島から採石されたそうです。

付属教会の天井が高いのにびっくりです。
年月を経た花崗岩の柱がとても美しく思えます。

同じく付属教会の入口側の天井です。
同じ建物ですが天井のつくりが違います。
再建したため建築様式が異なるのだそうです。

西のテラスにでると空は真っ青です。
その青い空の下に塔がそびえています。
鐘楼とネオゴシック様式の尖塔です。
尖塔の上の像は銅製金メッキの聖ミカエル像です。
このテラスからの見晴らしが素晴らしく、
周囲の海を一望できます。

回廊と屋上中庭、
回廊は他の建物につながる通路の役目をはたしており、
庭を囲んで四方に通路があります。
庭には芝に紅い花、
僧たちの憩いと瞑想の場でもあったようで、
モンサンミッシェルでは貴重な緑です。

細かな模様が美しいステンドグラスです。

このモンサンミッシェル、
11~12世紀の英仏戦争のときは城塞として、
フランス革命後は監獄として使用された歴史があります。
この車輪、監獄時代に外からの荷物を引き上げるために使わていました。
6人の囚人が踏んで車輪を回すことにより、
2tもの荷物を引き上げていたそうです。

最後に騎士の間、回廊の真下にあり、
回廊を支えるために部屋には何本もの太い柱があります。
僧たちが写本などを行った仕事、勉強のための部屋です。
内部編になります。

この日の昼食は駐車場のそばの店でオムレツでした。
モンサンミッシェルの名物の一つがオムレツ料理、
そのオムレツ、島の入口を入ってすぐ、
プーラールおばさんのこの店が始まりだそうです。
巡礼者の疲れを癒すため、
バターたっぷりのふわふわのオムレツを考案したそうです。

プーラールおばさんの店を過ぎると
お土産屋が並ぶ坂道に入ります。
道幅はとても狭く、雰囲気から京都清水の三年坂を思い出します。

お土産屋の軒が終わるあたり、
左側の階段を5,6段上ると周辺住民がミサに訪れるサンピエール教会の入口です。
この教会、洞窟内に造られているそうです。
写真は教会の内部、洒落た酒場のようにも見えますが教会です。
祭壇に向かい座っている二人の上のステンドグラス、
聖ミカエルが描かれています。

そのステンドグラスです。

サンピエール教会を過ぎ、左に折れると大階段、
その右手は修道院付属教会の建物です。

付属教会の内部、
この付属教会、海抜80mの岩山に長さ80mの土台が作られ、
その上に建てられています。
西暦1000年から1010年の間の完成、
使われている花崗岩は近くの島から採石されたそうです。

付属教会の天井が高いのにびっくりです。
年月を経た花崗岩の柱がとても美しく思えます。

同じく付属教会の入口側の天井です。
同じ建物ですが天井のつくりが違います。
再建したため建築様式が異なるのだそうです。

西のテラスにでると空は真っ青です。
その青い空の下に塔がそびえています。
鐘楼とネオゴシック様式の尖塔です。
尖塔の上の像は銅製金メッキの聖ミカエル像です。
このテラスからの見晴らしが素晴らしく、
周囲の海を一望できます。

回廊と屋上中庭、
回廊は他の建物につながる通路の役目をはたしており、
庭を囲んで四方に通路があります。
庭には芝に紅い花、
僧たちの憩いと瞑想の場でもあったようで、
モンサンミッシェルでは貴重な緑です。

細かな模様が美しいステンドグラスです。

このモンサンミッシェル、
11~12世紀の英仏戦争のときは城塞として、
フランス革命後は監獄として使用された歴史があります。
この車輪、監獄時代に外からの荷物を引き上げるために使わていました。
6人の囚人が踏んで車輪を回すことにより、
2tもの荷物を引き上げていたそうです。

最後に騎士の間、回廊の真下にあり、
回廊を支えるために部屋には何本もの太い柱があります。
僧たちが写本などを行った仕事、勉強のための部屋です。