横浜FCとおいしい話・・・

横浜FCとお酒が大好きなおばか夫婦の日々日常、ときどき観戦記。

今日はたまちゃん

2007-06-19 | 横浜FC
昨日、ヨシミンにドラゴン先生の誕生日と教えられました
一昨日の17日はレジェンド城彰二の誕生日だったそうです。(これも忘れてた!)
そんで、今日は玉乃淳(たまちゃん)の誕生日です。

ダンさんは結構好きなプレーヤーなので頑張って欲しいのですが、
もと緑出身のプレ-ヤーの活躍がスゴイわがチームの中で、たまちゃんだけが
ひとり蚊屋の外の状態です。どうしてしまったのでしょうか、心配です。

玉乃の渡欧は、15歳の時のナイキカップがきっかけとなった。
全世界で約6000ものチームの中から各大陸予選を勝ち抜いた16チームが、
さらに頂点を争う同大会。15歳以下のクラブチーム世界一決定戦に、
玉乃はヴェルディ・ジュニアユースのエースとして出場。
世界のスター選手の卵を相手に、軽快なボールタッチとテクニックで翻弄した。
チームをベスト8に導いたエースのもとにスペインの2チームからオファーが届く。
施設を見て、環境が良かったからという理由でアトレチコ・マドリッドを選択する。
何気なくスペインに渡った少年は、日本と欧州の練習方法の違いに戸惑った。
「初めは毎日の練習が厳しくて、足がつったり、吐いたり大変でした。
練習に慣れて自分の持ち味が発揮できるようになったのは、
3ヵ月くらい経ってからですね。試合に出るようになると余裕が出てきて、
こんなレベルなんだと思うようになりました。中にはすごい選手もいましたけど」

かなり、言ってます!いやな小僧ですが、嫌いじゃありません!

スペイン当時の玉乃少年

15歳で単身スペインに渡った少年の話しは、カズともイメージが重なります。
聞いた話では、アトレチコ・マドリッドユースには、欧州はもちろん、
アフリカや南米など世界各地から有望な選手が集まってくるそうです。
1週間にひとりテスト生が訪れ、合格すれば誰かがチームを去る。
16、17歳の少年たちは熾烈な生存競争に日々晒される環境だったそうです。
そんな中で頑張ってきた彼にはうっちーと同じぐらいに期待するダンさんです。
ゴ-ル裏も加入後、直ぐに玉乃のチャントを作ったのは同じ気持ちだったのでしょう。

♪ウー!タマーノ!♪ 

天才ドリブラ-タマーノ、俺達に勝利を!


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