ふるさと福井の越前大野城を後にして、見どころいっぱいの城下町大野の街をぶらりと散策です。
大野城に近い武家屋敷の旧内田邸に立ち寄ると、丁度他の見学者もなくのんびりと母屋や離れ、庭園、味噌蔵などを見せてもらいました。
旧内山家は、幕末期に大野藩政の再建に尽くされた内山家老の屋敷を再建されたもので、素晴らしい日本庭園など家老の生活ぶりが窺がえる貴重なものですね。
母屋の座敷・仏間は質素な造りでしたね。
母屋の二階は広間と物置がなっていますが、家人の部屋だったのでしょうか?
提灯が飾られていました・・・
渡り廊下でつながる離れは、数寄屋風の書院造りで豪華な部屋で、庭の向こうに母屋が見られます。
旧内山邸を出ると、正面には百閒掘と近代的な建物の学びの里「めいりん」があり、その向こうには亀山と大野城が聳えていました。
学びの里には、小学校や公民館が入っており、中には入れませんでしたが、教育文化関連の地域センターになっているそうです。
学びの里から、御清水(おしょうず)に立ち寄ると、豊富な湧水が流れており、日本名水百選に選ばれているそうです。
武家屋敷では、飲み水や生活用水として使用していたんですね・・・
御清水から「七間朝市」で有名な七間通りへ向かうと、午後に回っていましたので、朝市は終わっていましたが、長い伝統ある市民の交流の場を感じました。
七間通りから観光協会に立ち寄り、案内を受けて寺町通りへと向かいました。
寺町通りには、約10数の名寺が並び、その町並みは城下町大野のシンボル的存在として美しい景観が続いていました。
円立寺は、歴代の城主の祈願所だったそうで、境内の鐘の横には多くの石像が置かれていました。
大宝寺では、境内の塀の裏側には、88か所の尊像が祀られていました。
善導寺の墓所には、土井家累代の墓や福井藩主結城秀康の重臣であった土屋正明の墓があり、特に土屋正明の墓は、石龕の中に宝篋印塔が納められた貴重なものでした。
立派な鐘楼が目立ちますが、聞けば福井県一のものだそうですが、屋根に比べて鐘は少々不釣り合いの小さなものでした。
長勝寺では、素晴らしい山門があり、撮影ポイントとなっていました。
快晴の城下町越前大野の歴史探訪を堪能して、バス時間を気にしながら越前大野駅に走りましたが、駅前の中央広場の越前竹人形のモニュメントや豊富な水が流れ落ちる滝があり、おもてなしの心が伝わっていました。
バスの人となり、福井へ向かいました。