MR.コールマンの挑戦日記

セカンドライフを迎えて趣味のランニングや街歩き、スケッチ水彩画、地域活動などの日常のあれこれを綴っています。

アオバト観察~大磯照ケ崎海岸

2016年06月30日 | まち歩き
湘南の名物「アオバト」が飛来する時期を迎えて、大磯照ケ崎海岸へアオバトの観察に出かけてきました。
これまでも何度か出かけていましたが、時間帯や天候などの条件が悪かったようで、アオバトとの出会いは出来ませんでした。

この日は、梅雨の晴れ間となっていたのでアオバトとの再会を期待して早朝7時前に大磯照ケ崎海岸へ着くと、既に多くのアオバトファンが海岸に見えており、アオバトの飛来を待ちわびていました。

アオバトは、岩場近くで飛び回っているのかと考えていましたが、海岸上空や近くの湘南平や高麗山辺りの大磯丘陵などを飛び回っているようで、観察機会は多くはありません。
待つこと約20分で約100羽の群れが頭上から岩場へ飛来してきました。



アオバトの群れが岩礁の上を飛び回り岩場に降り立ち、岩の窪みに溜まった海水を呑んでいるようですが、その状況を観察するのは容易ではありませんでした。


この日は適度な白波もたち、アオバト達は時に岩に叩きつけられることもあるそうですが、見事に白波を除けていました。

回りのカメラマンもここぞとばかりにシャッターチャンスを捉えているようでしたが、多くのカメラマンは300mm~500mmの大型望遠カメラで撮っておられ、CDカメラではとても無理でしたね(泣)


飛び去った群れの再飛来を待ちながら、繰り返し岩礁に打ち砕ける白波を見ていましたが、白波が描く素晴らしいアートに見惚れていました。

照ケ崎海岸の西方には、富士山や箱根連山が美しい姿を見せてくれて、画になる光景でした。

富士山は夏の姿となっていました。

約1時間砂利浜を歩きながらアオバトが飛びゆく姿に魅せられていましたが、大磯漁港へと向かうと、大磯灯台の岸壁には砂山の富士山も見られましたね(笑)

大磯漁港は、海釣りの名所でもあり多くの釣り人の姿も見られ長閑な夏の光景でした。

富士山とアオバトに魅かれて、早朝の湘南平へとトレランしてきました。【続く】
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国会議事堂参議院見学

2016年06月29日 | 地域活動
地域の青少年育成協議会の社会見学研修会で、国会議事堂の参議院を見学してきました。
参議院選挙の真っ最中で国会は閉会中とあって、この日も社会人や児童たちの見学者が多く館内は大変な混雑でした。
参観ロビーでは、受付順で順番待ちとなっていましたが、体験コーナーや情報コーナーが設置されており、国会の機能や法律の出来るまでや最近の活動が紹介されており、退屈することなく改めて国会の機能を学んでいました。

国会議事堂は日本の政治の中枢として戦後の復興発展に寄与してきた心臓部ですが、建物は竣工して満80年を迎える日本の権威を象徴する風格を覚えますね。

ロビーには、明治時代の貴族院議場に置かれていた天皇陛下がお座りになった「御椅子」があり、菊の御紋や金ぴかの飾りは、素晴らしいものでした。

見学コースは、ロビーから参議院本会場、御休所、中央階段・広間、前庭と巡りますが、いつもテレビで国会中継を見ている本会議場は、議長席・大臣席や議員席などに案内プラカードが下がり判りやすく紹介されていました。 
ガイド説明によると、衆議院と参議院は左右対称に設計されており、本会議場や委員会室など全く同じ構造になっているそうです。
議席は演壇を中心にして半円形に配列されており、議員定数の少ない参議院では、空席があるのはそのためでした。

(見学ガイドより)

「御休所」は、天皇陛下がお休みされる部屋で 天井や壁、敷物など建築の粋を集めたデザインが施された華やかな空間でした。

(見学ガイドより)
中央タワーの真下には「中央広間」があり、議会政治の功労者の伊藤博文や大隈重信、板垣退助の銅像が置かれていました。

(見学ガイドより)

最後には、議事堂正面に出て「県の木のみち」を歩きましたが、生憎の雨のため夫々の木を確認することも出来ずに、正面の門から退出しました。



選挙真っ最中で、メデイアで報道される党首や候補者の演説を見聞きしているが、相手を批難する言葉ばかりで、本当にこの国の政治を任せられるのかと、疑問を感じながら国会を後にして、浅草のビューホテルでの昼食懇談会へと向かいました。
26階からスカイツリービューの展望を楽しみながら会食し、日頃の活動の情報交換や今後のイベントへの意見交換して交流を行っていました。
残念ながら生憎の天候でスカイツリーが辛うじて望める程度でしたね。

会食の後は、眼下に見える浅草寺界隈を散策してみました。
六区街から伝法院通りでは、呉服屋さんや洋服屋さんなど江戸の風情が溢れた街並みでした。

お馴染みの胡蝶屋の屋根には「鼠小僧」がリアルな顔立ちでお出迎えしてくれましたね~

浅草公会堂前のスターの広場では、大衆芸能に活躍する芸能人スターの原寸大の手形の敷石が並べられていますが、この日はあの懐かしいエノケンやフランキー境、服部良一さんの手形を発見しました。

昨年末にあの浅草ボウルの後にオープンしたばかりの浅草の新名所の「まるごとにっぽん」に立ち寄ると、各県のアンテナショップが集結しており、各フロアに各地のご当地グルメや名産品が陳列されていました。

我が故郷の越前海鮮料理店も見られましたが、またの機会に訪れたいですね。

しばしの浅草散策を楽しんで帰路につきました。
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福井震災記念日

2016年06月28日 | うんちく・小ネタ
あれから68年~本日6月28日は、我がふるさと福井の「福井震災記念日」です。

忘れられないあの日 昭和23年6月28日 午後5時13分(サマータイム)に戦後最大の地震に襲われて終戦間もない福井の街は一瞬にして家や財産、多くの市民の命を奪われ記憶に新しい日である。


今年も熊本地震が発生し多くの方々が犠牲になられましたが、いつどうような大震災が起きても不思議ではない地震大国で被災者の皆さんにお見舞い申し上げます。

あの日は、学校から戻って家の近くの路上で友人とキャッチボールをしていたのですが、突然大激震が起こり、目の前に沿道の家が倒れ込んできて、幼少の自分には何が起きたのか全く判らずに自宅へ戻ってみると、我が家もペシャンコになっていたのを鮮明に記憶している。
先日も、ふるさと帰りで現場を通り鮮明に記憶が甦っていました。

あの日は、市内のあちこちから火柱が上がり中心部には真っ黒な竜巻のような火柱が立っていたのを呆然と眺めていました。

幸いにも家族は、倒壊した家の隙間で怪我も無く助かっていたが、多くの知人が貴重な命を奪われました。

福井地震は、マグニチュード7.1、震度7.0と、戦後最大の地震で、福井大空襲の復興も道半ばだったので、家屋の全壊約3万6千、半壊約1万2千軒、死者3769人と壊滅状態となっていたのです。
先日、訪れたときに福井のお濠の遊歩道に立つ記念碑です。

母校の小学校の体育館では、PTAの会議が行われていたため、全壊した体育館が火災となり多くの方々が犠牲になられました。
また、震災後には、親戚に身を寄せて通学していましたが、全壊した学校生活は米進駐軍のテント教室となり、各地から援助を受けながらの生活だったのです。
今も校内の一角に震災記念碑が立てられています。

先日訪れた時に、福井のシンボルである福井城閣跡には今も天守台跡の石垣が崩れたまま保存されていました。

福井城跡のお濠を巡る「歴史のみち」を一回りしてみると、多くの記念碑が残されている中央公園は改修工事が行われており、すっかり緑の公園に変わっていました。



城内へ通じる御本城橋とお濠の光景は、今も福井市内の代表的な光景ですが、あちこちにふるさと福井の歴史を感じ、不死鳥(フェニックス)の意気込みを感じていました。

初代福井藩主結城秀康像です。

福井の亀さんも福井の発展を象徴するように元気な姿で甲羅干しでした(笑)

熊本地震から2ヶ月となりますが、夢と希望を抱き一日も早い復興を願うばかりです。
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スケッチ散歩~横浜象の鼻パーク

2016年06月27日 | まち歩き
梅雨空の重い雲が垂れる一日でしたが、久しぶりに仲間とスケッチに横浜象の鼻パーク行ってきました。
この日は、日本大通りを歩いて象の鼻パークへ向かうと、通りにはアガパンサスが満開となって彩りを添えていましたが、遥か先には新しく高層ビルが出来たのかと錯覚する程の大型船が大桟橋に接岸しているのが見られました。

大桟橋には豪華客船「ダイヤモンドプリンセス号」が入港しており、大桟橋のクジラの背中を歩きながらダイヤモンドプリンセス号の豪華な姿を眺めていました。

入港したばかりだったようで、乗船客が大勢下船して市内観光へと列を為していましたが、クジラの背中にはまだ人影は少なく、ダイヤモンド・プリンセス号の豪華な眺めを独占していました。

プリンセス号は、イギリス船籍ですが国内で建造された最大級の客船で、総トン数11万6千トン、全長290mの豪華客船で巨大なビルのようでした。
船の最頂部には、飛行機のジェットエンジンのような物体が乗せられており、見慣れない光景でした


船首にはビルの屋上のように展望台が張りだしており、高さ約50mからの眺めは最高でしょうね。



この日は青空は望めませんでしたが、大桟橋からは船首の先にみなとみらい21のランドマークやクイーンズタワーを望む光景もいいですね~

クジラの背中からは、朝くぐってきたベイブリッジが望めますが、本当にあの下をくぐれるのだろうかと思うほど、巨大なビルのようでした。



大桟橋ターミナルには、プリンセス号の大パノラマ写真が掲載されています。

大桟橋から象の鼻パークに来てスケッチポイントを探してブラ散歩し、パークからランドマークを望む先に架かるトラス橋と運河の光景をモチーフに選んでみました。

象の鼻パークの水辺の光景は、どの方向を見ても素晴らしいモチーフばかりですが、このトラス橋に固執して描いてみました。

二枚目は、象の鼻パークから大桟橋に横付けされているダイヤモンド・プリンセス号を望む光景に挑戦しました。

クルーズ船やボートが汽笛を鳴らして絶え間なく出入りしており、爽やかな海風を受けながら筆を取っていましたが、不満足のミナトヨコハマの光景ですね。

時折、身の回りに飛び歩くスズメ君にも檄を受けていましたが、限界でしたね

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ふるさとの風景~護国神社・養浩館

2016年06月26日 | 旅行記
 ふるさと福井を訪れ最後の一日は、朝ジョグで懐かしい母校周辺を巡っていました。
ホテルを出てすぐ近くの「神明神社」は、子供時代には”お神明さん”と呼んで、春の祭では学校もお休みとなり、こども神輿を担いだ懐かしい神社です。

西別院通りを走り「西本願寺西別院」に到着。
西御坊と呼んでいましたが、周辺の景観はすっかり変わっていました。
社務所の屋上に鐘楼が置かれているのも珍しい風景ですね。

えちぜん鉄道三国芦原線と福井鉄道福武線が相互乗り入れとなった田原町駅周辺もすっかり変わっていました。

その先の母校の校舎も見違えるようなニューデザインに変わっていました。
福井震災の後に新校舎が出来た時に通った中学校ですが、あれから●●年ですね~

校舎の裏に隣接すように建つ高校を一回りして、福井護国神社に向かい参拝してきましたが、橋本左内公を含む第二次世界大戦で殉じた福井戦死者を祀る社で、福井在住時は、田園地帯の中に立てられていたのです。

特攻勇士之像も立てられており、その隣には、軍馬・軍犬・軍鳩の碑も立てられており、境内は別世界の聖なる空間となっていました。

狛犬と並んで立派な軍馬のブロンズ像も奉納されています。

高校の周辺には、あじさいのせせらぎ路もあり美しい通学路になっていました。

さらに大学の構内を一回りしていると、新しい校舎や施設が出来ており、雰囲気もすっかり変わっていましたね。

母校周辺を一巡りして、かつて住んでいた住宅街を歩き、名勝「養浩館庭園」(御泉水屋敷)を訪れました。

「養浩館庭園」は、福井藩主松平家の別邸で、江戸時代には「御泉水屋敷」と呼ばれていたものですが、我が青春時代には、「お泉水コート」としてテニスコートとなって市民の憩いの場でした。
東門を入ると、紅葉通りでは新緑のモミジが美しく迎えてくれました。

お泉水庭園の最大の魅力は、清らかな池を中心とした回遊式林泉庭園で「お座の間」や「お月見の間」から池に映る月を眺めるなんて想像するだけで風流ですね~

お庭から見る「お月の間」です。

池の中には、ゴールドやオレンジの豪華な緋鯉が泳ぎ回っていましたが、時を忘れて見惚れていました。

清廉な池の周りの遊歩道を歩くと「清廉」や「石造七重塔」などの向こうに「御茶屋」を望み素晴らしい光景です。





養浩館を出ると、江戸時代の福井城の「舎人門」が復元されており、福井城の外濠にあった門で、その石垣や外濠なども復原されています。

養浩館を後にして、福井のランドマークである福井城址のお濠を一回りしてホテルに帰着しましたが、懐かしいふるさとの歴史と風景を楽しんだふるさと訪問でした。


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ふるさとの風景~北潟湖花菖蒲園・ユリの里

2016年06月25日 | 旅行記
越前三国の雄島・東尋坊を旅して福井への帰路に、北潟湖畔の「花菖蒲まつり」と春江町の「ユリの里」に立ち寄ってきました。
北潟湖畔花菖蒲まつりは、約300種20万本の花菖蒲が咲き誇る福井随一の菖蒲園と聞き期待していました。
北潟湖畔に着くと美しい赤い斜張橋の「アイリスブリッジ」が掛けられており、5年前に開通したばかりでした。
花菖蒲園をモデルに公募で名付けられたそうで、湖畔を巡るサイクリングロードになっていました。

アイリスブリッジから湖畔の花菖蒲園に多くの花見客で賑わっていましたが、残念ながら花の盛りは過ぎていて花の数も少なく、花菖蒲の見頃は短いのを実感しました。

園内には、代わって紫陽花が見頃となっていましたね。

園内の遊歩道を一回りして展望台に立つと、菖蒲園の一部と北潟湖を一望する事が出来ましたが、青空に蒼い海の展望は見れませんでした。
晴れた日には、白山も望めるそうです。


北潟湖を後にして、春江町の「ゆりの里」へ立ち寄ってきました。
「ゆりの里」では、広い園内一杯に15万輪の色とりどりの花が満開となって咲き誇っていました。



ゆりの花の種類も名前も判りませんが、その色や豪華な花柄に見惚れていましたね~



黄色、オレンジ、赤、白、桃色と色鮮やかなカラーの絨毯が敷かれたようなカラーゾーンが実に見事で往きつ戻りつして巡っていました。





園内の中央には、ユリの花をイメージした「ユリーム春江」の建物が立ち、春江町のランドマークと言われているそうです。




園内を巡っているうちに雨も降りだしてきたので後ろ髪を引かれる思いで、ユリの里を後にしました。
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ふるさとの風景~雄島・東尋坊

2016年06月24日 | ジョギング
ふるさと福井を訪れて休暇村越前三国に宿泊し、早朝ランで雄島から東尋坊を巡ってきました。
雄島を訪れるのも久しぶりですが、心霊スポットとしても有名で期待と不安を抱きながら雄島へと向かいます。
雄島へ向かう途中で、1997年にナホトカ号が安島沖に座礁し重油が流出して、海岸が真っ黒に汚染された事件で、全国各地から集まったボランテイアの改修作業によって美しさを取り戻した現場で「ナホトカ号漂着の碑」が立てられていました。

この日は、波も無く美しい海が見られ思えば19年前の事で当時の記憶が甦っていました。

現場から約5分で心霊スポットで神の島と言われる「雄島」に到着。朱塗りの橋も最近塗り替えられたようで神秘的な雰囲気が満ちていました。



真っ赤な橋を渡ると、別世界へ通じるような錯覚を覚えていました。

昔から、雄島を反時計回りに回ってはいけないと言い伝えを聞いていたが、神の島の鎮守の神「大湊神社」にお参りしてから島を巡ることを意味しているようです。
長い約120段の急階段を上ると、重要文化財となっている「大湊神社」に到着。

境内で拝殿に参拝していると、非常に強いパワーを感じていました。

神社を後にして波打ち際へ出ると、不思議な形の岩が並びますが、その中に磁石を狂わせる磁石岩と云う岩があるようですが、磁石の持ち合わせも無く確認できませんでした。

また、島の周りは海釣りの名所のようで高い岩場から釣りを楽しむ釣り人が多く見られました。

周回道の殆どは山道のような「ヤブコッケイの森」となっており、鬱蒼と木々が茂る森の中を走ります・・・・

約20分で一回りして橋の袂へ着き岩場で一休みしていると、にっこりと笑顔を見せる奇妙な岩に出くわしましたが、これも神の島の光景でしょうか?

雄島から東尋坊へは、階段の上り下りの続く「荒磯遊歩道」の黒松が生い茂る断崖の道を日本海を眺めながら走ります。





途中、遊歩道の脇に小さな滝も見られましたが、水量は少なかったですね。

雄島から20分で東尋坊に到着し、振り返ると今走ってきた雄島と遊歩道が見られました。

東尋坊には、昨春も訪れていますが、学生時代には山岳部で岩場のトラバース訓練した懐かしい想い出のスポットの屏風岩です。

早朝でもあったので人影も少なく30m近い断崖の絶壁は、日本一の規模の柱状節理の岩肌で迫力満点でしたね~



あじさいととコラボした風景です。

雄島・東尋坊の奇岩や日本海の絶景を堪能して引き返しましたが、名物のポンポコ狸さんに”またおいでよ~”と声をかけられました(笑)
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ふるさとの風景~越前松島

2016年06月23日 | 旅行記
福井市から三国海岸の「休暇村越前三国」に宿を取り早めに到着して、周辺の「越前松島」を散策してきました。
日本三景の松島を思わせる美しい小島が点在していることから命名されたそうですが、美しい小島や日本海の荒海を身近に感ずるふるさと越前の景勝地です。
期待していた夕陽が沈むサンセット・シーンは見られませんでしたが、松島観音様の鳥居の先には美しい夕空が拡がっていました。

島の遊歩道を歩くと、切り立った岸壁には観音洞や聖り穴など見どころが一杯で、その由来は判りませんがその多くは自然に出来た景勝のようです。
「聖り穴」と呼ばれる大きな洞窟の奥には、石仏が祀られています。

小島を繋ぐ散策路を歩くと柱状節理の奇岩が並んでおりこの日は波も静かで絶景が拡がっていました。



さらに遊歩道を進むと、「観音洞」という立派な洞窟があり、古代人の住居跡だったそうで人骨や土器などが出土されているそうです。
その奥には観音像が安置されています。

その入口にもお不動様がしっかりと警護されていました。

切り立つ岸壁の切り通しの遊歩道から望む奇岩の数々も絶景でした。

さらに遊歩道を進み「長茶ヶ浜」と名付けられた浜は、殿様や風流人がこの景色を眺めながらお茶を飲んでいたという風流なスポットですが、材木を積んだような岸壁が続いています。



まさに材木を積み上げた光景ですね。

柱状節理の岩が織りなす材木岩の景観は、横に積んだり丸く折曲がったりロックアートのようですね~

久しぶりに訪れたふるさとの磯散歩を堪能したひと時でした。
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ふるさとの風景~寺社巡り

2016年06月22日 | 旅行記
足羽山あじさいロードを走って足羽山に鎮座するパワースポットの「藤島神社」に参拝。

「藤島神社」は、あの鎌倉幕府を滅ぼした新田義貞公を祭神とする別格官幣社ですが、福井在住時にはよく通った記憶が甦ってきました。
先日は、鎌倉巡りで新田義貞が攻め落とした北條高時一族が自刃した東勝寺跡を訪れていたので、歴史の巡りあわせを感じていました。

境内には、美しいガクアジサイが咲き誇り献花されていました。

藤島神社から直ぐ近くにあるパワースポットの「毛矢黒龍神社」に立ち寄って参拝してきました。
「毛矢黒龍神社」は、黒龍川(現九頭竜川)の守護のために創建された古刹で、日本古来の四大明神の一つとされているそうで、風格を感じ境内にはパワーを感じていました。

境内の一角には、神の使いの小龍が彫られた撫で石が鎮座しており、幸運と健康を運ぶパワーストーンとしてピカピカに光っていました。

黒龍神社を後にして、我が家にご縁のある「長慶寺」に参拝。
長慶寺は、北ノ庄城主であった武将堀秀政の墓所もあり、大銀杏や立派な鐘楼など古式豊かなお寺ですね。

本殿の木鼻や手先も素晴らしい龍の彫りが施されていましたが、由来は不明です。




長慶寺からサクラの名所である足羽川の堤防に向かうと、緑の桜トンネルとなっており、清々しい夏の光景でした。

足羽川の桜橋など想い出多いスポットをブラ散歩していましたが、街並の光景はすっかり変貌しており、代わって珍しい西洋館「グリフィス記念館」が建てられていました。
案内によると、福井藩に努めて福井の科学教育に寄与し福井を愛した 「W.E.グリフィス」の居宅を再現させたようです。

この日のあじさい巡りと寺社巡りを終えてゴールは、ホテルに隣接する「佐佳枝廼社」でした。
「佐佳枝廼社」(さかえみやさん)は、徳川家康公と福井藩主松平春嶽公を祀る神社ですが、徳川家ゆかりの社でもあり、越前東照宮とも言われており、福井人には心のふるさとともなっています。
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故郷の風景~足羽山あじさいロード

2016年06月21日 | 旅行記
ふるさと福井に旅して紫陽花の名所である市内の足羽山の「あじさいロード」を朝ランで巡ってきました。
足羽山には約1万5000株のアジサイが咲いていると聞きていたが、丁度見頃となっていて足羽山の足羽神社へ向かう九十九折の坂道では、見事に咲き誇っていました。



山あい坂道の緑に包まれる中で朝日を受けて色合いも映えており、爽やかなあじさいロードとなっていました。

坂道を上りきった先にある「足羽神社」に立ち寄って参拝し、シンボルの天然記念物の枝垂れ桜を見ると、流れるように枝を垂らし見事な妖艶な姿を見せていました。

境内には、珍しい石碑が多く見られますが、亀の背に石柱が乗っている「足羽宮之碑」と書かれた珍しい石碑でした。

足羽神社から足羽山のシンボルである継体天皇像が立つ山頂へ続く山道にも両側に見事なあじさいが咲き誇っていました。

三段広場の周囲のあじさいです。



継体天皇像が立つ足元には、豊臣秀吉が柴田勝家を攻略した際、近くに本陣を置いたと云われる「天魔ケ池」が今も残されており、どんな戦略で臨んだのでしょうか?


天魔ヶ池から階段を上がった先には、4頭身大の継体天皇が越前平野を見下ろしていました。

さらにあじさいロードを上る先には、福井の将兵戦没者を祀る「足羽山招魂社」が鎮座していますが、別世界のように聖なる雰囲気が漂っていました。

あじさいロードは、市民の絶好のジョギングコースとなっており、ランナーや散歩人の姿も多く見られましたね。


その先の丘陵地帯には、多くの古墳群も保存されており、歴史のロマンを感じました。

さらにひと際目を引かれる白亜のドームの「平和塔」が鎮座していますが、インドのネール首相より贈られた仏舎利など6粒が納められているそうです。

一休みして引き返しましたが、ロードの脇には苔生す石垣とあじさいのコラボも美しい光景でした~

あじさいロードを走り降り、足羽山のパワースポットの寺社を巡りました 【続く】
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故郷の風景~福井駅前

2016年06月20日 | 旅行
久しぶりにふるさと福井へ出かけて故郷の風景をたっぷりと味わってきました。
福井駅に下りると、西口駅前の開発が完了して駅前広場の形相が見違えるように変わっており驚きでした。
駅前広場は長年史跡発掘作業や開発工事が行われていましたが、ようやく先のゴールデンウイークにグランドして駅前広場は生まれ変わっていましたね。

駅前には、「ハピリン」(ハッピーの輪)が、新しい「県都の顔」として聳え立っており、1階から3階までの屋根付き広場(ハピテラス)は他では見られない素晴らしいイベント広場となっていました。



また、福井鉄道福武線が駅前広場に新フォームが出来て乗り入れており、駅前の様相は大変化を遂げていました。

一方、「恐竜広場」では、巨大な恐竜モニュメントがリニューアルされており、実物大の大きさで動きながら声を発していました。
フクイラプトルとフクイサウルスは夫々全長約4.2mと4.7mで日本で初めて全身骨格を復元したものだそうです。



フクイテイタン(全長 10M、高さ6M)は、首を振りながら大声を発していましたので、近くに見ていた子ども達も思わず「怖~い」と驚いていましたね~

バックの駅舎壁面に描かれた多くの仲間にエールを送っているようで、正に恐竜広場となっていました。

長い首の先には、カラスが止まりコラボしているのでしょうか?



足元には、福井で発掘された恐竜の足跡化石が設置されていますが、その大きさにも驚きでした。

駅舎の壁面には、フクイサウルスをイメージした素晴らしいトリックアートが描かれており、実物が飛び出してきたような形相でした。

ふるさと福井は、ジュラチック天国を実感する第一歩でした。
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藤沢の大仏~宝泉寺

2016年06月17日 | まち歩き
小出川の「せせらぎの道」で満開の紫陽花を堪能して、近くの「玉雄山宝泉寺」の大仏に立ち寄ってきました。
石段を上り山門へ向かうと、境内の緑深い森にはパワーが漲っていました。

立派な山門の前には、阿吽の仁王様が立ち格式を感じる迫力満点でした。


山門の左手の前庭には、鎌倉の大仏には叶いませんが高さ約10mの藤沢で唯一の「寶泉大仏」が鎮座しています。

日本の大仏は右手に梵字の幸福を表し、左手は人々を救うと云う意味で手の平を上に向けていますが、この大仏さまの左手は邪悪なものは抑え込んで手の平を下に向けておられました。

境内には、「撫で仏」「布袋玉」が置かれていますが、布袋様の石「布袋石」は優しく玉を撫でてから持ち上げると軽く感じ、ペタペタ叩くと重く感じるらしい不思議な玉だそうです。
布袋様の大きなお腹はかなり重そうでしたね(笑)

本堂前の「撫で仏(おびんずるさま)」では、腰痛に悩んでいたので腰を撫でたかったのですが、法衣に包まれて撫でられませんでした

他にも、水子地蔵尊や松の木を彫りあげた慈母観世音菩薩など珍しいお像が鎮座しています。



宝泉寺を後にして田園地帯を走ると、青空をバックにタチアオイの花がまだ上まで咲いておらず、梅雨に入っていないのでしょうか?


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遠藤アジサイの道

2016年06月16日 | ジョギング
我が町藤沢のアジサイの名所である遠藤地区の小出川沿いの「花とせせらぎの道」に約500mに亘りアジサイの花が見頃となり、早朝から花見ランしてきました。
今年も17回目のアジサイ祭が週末に開催されますが、一足先に観てきました。
会場に着くと、小出川のえびす橋~大黒橋の両岸に西洋アジサイやガクアジサイ、カシワバジサイなど約500株が咲き誇っていました。



小出川の両岸には、散歩道が続いていますが、早朝だったこともあり、散歩人の姿もすくなく川沿いに咲く色とりどりの紫陽花が並ぶ光景は最高でしたね~

今年は、気候の影響もあるのでしょうか、どの花も彩りが実に鮮やかでした。



遠藤アジサイの花は、かつては川沿いに多くのゴミが捨てられていたそうで、地域の皆さんが紫陽花や彼岸花を咲かせて美化する運動が発端となったのです。
現在は、地域の「遠藤あじさいの会」が主催され、地区の諸団体、サークルが参加され湘南の花の名所となりました。

約500株のアジサイは、「あじさいの会」の会員の皆さんが個人で育てられており、互いに美しさを競うように美しい姿を披露しています。





えびす橋で折り返して西側の歩道から眺める景観も別の花道のように素晴らしいものでした。




大黒橋で折り返して行きつ戻りつ観察していましたが、同じ紫陽花でもその花弁や色あいが実に様々でした。



せせらぎの道の外れには、赤いユリも負けじと彩りを添えていましたね~

祭りの日には、例年地元の神輿や踊りも行われ、地場野菜などの特産品の模擬店が並んで大変な賑わいとなりますが、観光客と地元のふれあいが行われることでしょう。
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鎌倉巡り

2016年06月15日 | 地域活動
地域の小学校の校外学習で恒例の鎌倉めぐりが行われ、学校ボラテイアチームとして、子ども達のサポーター&案内役で、「鎌倉めぐり」に参加しました。
この時期には、鎌倉歴史散歩として湘南地区の各学校で実施されており、この日も各寺などで5校と出会いました。
子ども達は、約1ヶ月前から鎌倉の歴史や文化を学びながらコース選びをしていたようで、5人編成の10班に分かれて、事前に入念に調べた思い思いの見学コースを巡りました。

ボランテイアチームも、各コース毎に分かれて設定されたチェックポイントに立ち、子ども達の安全確認やコース案内などに従事して各班の到着を待っていました。
早朝に鎌倉駅から若宮大路を経て担当スポットの「東勝寺跡」「腹切りやぐら」へ向かいましたが、改修工事を終えた段葛では人影も少ない静かな神聖な雰囲気となっていました。

鎌倉幕府滅亡の地、東勝寺跡へと至る途中にある東勝寺橋から滑川を望む光景は、新緑の樹木に覆われて清らかな流れの美しい鎌倉の景観でした。
 アーチ型の東勝寺橋も建造して100年を迎える名橋です。

長い急坂の道を上ると、左手に新田義貞の鎌倉攻めによって敗れた北條高時と一族の約870人が自刃した東勝寺跡があり、今は、新緑美しい広場となっていますが国の史跡に指定されていました。

緑の広場には入れませんが、奥の方に小さなやぐらが見られますね。
子ども達も案内板の説明を読みながら鎌倉滅亡の地に立ち、歴史を再確認していたようです。

東勝寺跡の先に進み祇園山ハイキングコースの入口の左手の奥の裏山に、一族が自刃した墓「腹切りやぐら」があり、心霊スポットなっています。


他の学校のボランテイの方とも一緒になり、子ども達の到着を待っていると、一番多くの班が訪問スポットに選んでいたようです。
到着した各班の子ども達もやぐらの中を覗きながら手を合わせていました。

ほぼ予定通り到着した子ども達を見送ってお昼の集合場所の鶴岡八幡宮へ向かうと、相次いで子ども達の各班も到着し、流鏑馬通りで他校と一緒に呉越同舟で和やかにお昼を摂りながら情報交換する光景が見られました。

八幡宮では、梅雨の晴れ間となっていたので多くの参拝客の姿も見られ賑わっていました。

石階段を上ると、6年前に倒れた大銀杏も新しい芽が成長しており、その横では倒れた輪切りの幹も確実に新芽を出していましたが、その強い生命力には感服します。

大石段の上に聳える朱塗りの楼門も青空をバックにひと際輝いていました。
扁額には、神聖な八万神の使いとされている二羽の鳩が描かれており、子ども達の話題になっていました。

八幡さまにお参りして、午後は小町通りをブラ散歩を楽み全班が長谷寺や鎌倉大仏へと向かいましたが、ボランテイチームは、子ども達を見送って解散しました。
子ども達のこの日の「鎌倉めぐり」のレポートが作成中だそうで、子ども達と交流した感想が楽しみです。

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親睦グランドゴルフ大会

2016年06月14日 | 地域活動
地域の社会体育振興協議会(社体協)主催の「親睦グランドゴルフ大会」が開催され、地域の各町内会の住民が参加し、グランドゴルフを通じて相互親睦・交流が行われました。

今年も各町内会から老若男女の選手約60人が集い町内対抗戦で和気あいあいの親睦交流会を楽しみました。

各町内会からは、夫婦や家族連れ、高齢者など初心者の参加者も多かったのですが、ベテラン愛好者の指導を受けて校庭一杯に8ホールを回る3ラウンドで熱い戦いとなっていました。

グランドゴルフは、近年誰でも楽しめるニュースポーツとして人気が高く、ラウンドスタートしてまもなくホール・イン・ワンを出して歓声が上がったり、惜しくも外したプレーヤーの奇声が聞こえていました。

ラウンドを重ねるごとに初心者もコツを会得して愛好者に負けないプレーも続出していたようで、それぞれのチームのスコアも接戦となって熱戦が続いていました。

プレー中も日頃の地域の楽しい話題などに花が咲き歳を越えて意気投合してスコアを忘れるシーンも見られました。

3ラウンドが終わってスコアを整理すると、各町内会単位では2、3点の僅差で順位が決定する接戦となっており、我が町内会は2点差で優勝を獲得しました。

また、管理者もラッキーにホール・イン・ワン賞を勝ち取り素晴らしい「こだま西瓜」を獲得することになりました。

今回も親睦交流大会として大変盛り上がり、貴重なコミュニケーションの場となっていましたね~
校庭の一角には、紫陽花の花が満開となっていて健闘を祝ってくれていました~

大会終了後は、町内に戻って祝賀会を行い時を忘れて盛り上がっていました。

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