MR.コールマンの挑戦日記

セカンドライフを迎えて趣味のランニングや街歩き、スケッチ水彩画、地域活動などの日常のあれこれを綴っています。

2010年度も最終日

2011年03月31日 | うんちく・小ネタ

2010年度も最後の日を迎えて、政財界や地域の諸団体など恒例の事業の総決算を行っているが、まさかまさかの巨大地震・津波災害発生により、最後の事業の中止になったり、事業のまとめも出来なかったりで、思わぬ混乱が続いているようだ。

報道によると、今日の日経平均株価は小幅の上げがあったが、9755円で取引を終えたそうで、前年度末に比べ、12%の下落となったようで、年度末株価が下落するのは2年ぶりだそうだ。

昨年12月以降、日経平均で1万円台を保っていたが、東日本大震災や東京電力の福島原子力発電の放射能漏れ事故の影響で、見放されたのだろう・・・

一方、円相場も82円後半で推移しているようであるが、企業の決算への影響は計り知れないものがありそうだ。過って現役時代には、決算期には一喜一憂していたが、期末になっての大幅な変動では手の打ちようがなく、財務担当者の悲痛な声が聞こえてくるようだ。

地域の関連する協議会の事業報告や決算報告でのまとめや監査のため連日作業が続いているが、我が社会体育振興協議会の活動を見ると、まだまだ目指すレベルまでには到達していないと考えている。

我が地域も少子高齢化が進んでおり、「スポーツを通じて、運動不足を解消し、コミュニテイーに参加することにより、明るく健康な生活を送ろう・・」と呼びかけているが、残念ながら参加率は決して高くはないのが現状である。

我が市では、「いつでも、どこでも、だれでも、いつまでも」運動やスポーツに親しめるように、生涯スポーツの実現に力を入れているが、理想とは程遠いと実感している。

地域には、他にもいろいろな協議会があり、今こそ住民参加による地域コミュニテイーの交流が求められている時はないと考えている。

来年度の事業計画に知恵を絞っているが、なかなか妙案はなく住民の意識の高まりに期待して、明日からの新年度は待ったなしである。

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ぶらりジョギング~親水公園・ふるさとの森へ

2011年03月30日 | ジョギング

ようやく東京上野のソメイヨシノが開花したとのニュースが報じられ、朝から春の陽が射してきたので、近くの桜の開花状況を見てみようと、桜名所であるマイコース親水公園から城址公園の向かった。

親水公園では、今日も朝の散歩を楽しむ人やジョガーの姿も見られたが、富士山の姿は見えず、ボードウオークや芝生広場にも暖かい春の陽光が降り注いでいた。

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クロスカントリーを楽しむべく稲荷ふるさとの森へ入ると、今日も整備工事が進められており、入口には前回無かった新しい門柱がまた一つ増えていたが、聞けば市内の本町小学校の改築工事で伐採された古木のヒマラヤ杉を活用して復活したそうであるが、整備が進み素晴らしい森林公園になり訪れる人も増えそうですね。

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森の中は朝の木漏れ日を受けて、色々な野鳥のさえずりを聞きながらアップダウンを繰り返して進むが、ようやく春が来たのを実感することができ、草木の色や木々の芽ぶきが目にすることが出来ます。

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森から引地川遊歩道へと戻り湿性植物園にて一休みしていると、今日も近くに棲むコサギが舞い降りてきて迎えてくれたが、いつもと違い逃げることなく水温む池を餌を求めてスイスイと泳いでいるのも春の光景である。

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一休みのあと川辺に移ると、カモや鯉たちが群れを作って泳いでおり、持参したパンくずを撒いてやると、先を争い近寄ってきてしばしの触れ合いも楽しい・・・・

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遊歩道の桜並木は、早咲きの開花も見られていたが、あと1週間後にはさくらトンネルが出来て例年は大勢の花見客で賑わいを見せるが、今年は、「桜が咲いたからといって、花見気分じゃない」と、被災者に配慮して今春の花見は自粛すべきだというムードもあり、春を呼ぶ気持ちも複雑である。

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引地川を後にしてホームグランドの大庭城址公園に着いてみると、こちらのさくらの園でも名木サクラが開花寸前となっていたが、今年は入園者に宴会自粛を呼び掛けているそうだ。

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花の広場でも、モクレンが盛りを迎えていて天使のような純白のドレスが春の陽を受けて美しいが、その姿は、何か憂いを思い出すような悲しさが漂っているようである。

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「逢いたくて会いたくて この胸のささやきが あなたを探している ・・・・」と、何故か連想していた。

サクラであれ、モクレンであれ春の花は、心に灯りを灯してくれるが、被災者の方々にも この国にも明るい未来を築くために勇気と元気を与えてくれると信じて『がんばろう・日本』と想いを強くした。

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マーチングバンド・コンサート

2011年03月29日 | アート・文化

今年も恒例の湘南台高校吹奏楽部(White Shooting Stars) の第12回コンサートが藤沢市秋葉台文化体育館で開催され、多くの市民やファンが集まり感動を得た。

湘南地方では、湘南台高校と言えばマーチングバンド、マーチングバンドと言えば湘南台高校の代名詞となるほど、有名となり市民の誇りともなっている大きな存在となっている。

今回は、東日本大地震の発生により開催が危ぶまれていたが、コンサートの規模を大幅に縮小して『被災地復興応援コンサート』として、時間帯もお昼に変更されて開催され、開場前から長い列が出来ていたほど、市民にとっては待望のコンサートでもある。

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湘南台高校吹奏楽部(WSS)は、マーチングバンド全国大会で6年連続で金賞以上を受賞し、2008年には、高校生部門でグランプリ、文部科学大臣賞を受賞しており、全国にも名を轟かせる名門校である。★☆★

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開演時には、広い体育館はバックスタンドも含めて約2400人の観客で一杯となっていた

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コンサートは、1年の総決算として行われており、約140名の吹奏楽部の一糸乱れぬ演奏・演技・行進には、吸いつけられる迫力がありました。

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マーチング独特の歩みや陣形の組み替えなど、見事にシンクロナイズされた動きには、素晴らしいものがあり、さらにペットやドラムの迫力ある演奏にも感動しました。

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卒業生42名が紹介されてのセレモニーも行われたが、この3年間の想いは想像できない万感募るものがあるだろう・・・・

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最後には、金賞を受賞した時の演奏曲「星に願いを」を会場一杯のマーチングで演奏されたが、大地震被害の災害復興がいつか叶うことを願っているのだろうか、思わずその心を感じて涙が出る程の素晴らしい演奏・演技が披露されていた。

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プログラム終了後は、観客の拍手が成り止まず熱いアンコールに、全ての想いを込めて再演奏で応えてくれたが、高校生の演技とは思えないマーチングであった。

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演技の数々は、バックスタンドからの撮影ですが、写真でじっくりとご覧ください。

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ぶらりジョギング~江ノ島巡り

2011年03月28日 | ジョギング

3月末というのに、今年は桜の開花予想もあまり聞かれず開花が遅れそうに思えるほど寒い日々が続いているが、暖房も使えない家の中より快晴の外がましだろうと、久しぶりに江の島目指してジョギングへ・・・

マイコースの引地川遊歩道を通り鵠沼海岸に到着すると、この日も富士山の姿は見えず波も殆どなく、春の穏やかな海岸風景が望めていた。春休みに入っていたので、浜辺には少年サッカーチームが基礎練習に打ち込んでいて、元気な声がこだましていた。

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引き潮の砂浜を片瀬漁港までゆっくりと歩を進めると、波打ち際にはワタリガニだろうか?何匹も打ち上げられていたり、美しいアーテステイックな古木などが見られ、この季節特有の静かな光景が見られた。

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また、片瀬漁港では、鮮魚即売が行われており賑わいを見せていたが、目指す魚の種類が限られていたようで、魚選びが難しいそうだ。この日は、巨大なアオリイカが水揚げされていたが、余りに大きく手が出ない・・・

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しばし、寄り道してから江の島の奥へと下道を経て奥津宮へ。 「江ノ島縁起」によれば、欽明天皇(552年)時代に、海底より隆起して天地が鳴動すること21日間で、出来た島となったそうで、中でも奥津宮が最も古く、現在大々的に建て直し工事が行われています。

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この奥津宮周辺が、江ノ島では最大のパワースポットとして、人気を呼んでいるようで、頼朝が寄進したという石鳥居や、江戸時代の日本一の力持ちが奉納した力石(320KG)や亀石(亀甲石)と神木大イチョウなどが配置されており、強い開運気が漂うように感じてしまうから不思議です。

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奥津宮本殿はシートを被り工事中でしたが、拝殿では訪れる人の列が出来て、次々に被災地に幸あれと祈願しているようです。拝殿の天井には、江戸の絵師・酒井抱一が描いた「八方睨の亀」が描かれており、どこから見てもこちらを睨んでいるように見えると有名です。

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現在の画は、復元された模写画であるが、睨んでいるように見えますか?

すぐ隣には龍宮大神が祀られている龍宮(わだつみのみや)に参拝するが、江の島には龍が棲むと言われており、「天女と五頭龍伝説」など多くの伝説が残されているようで、島内は龍がシンボルでもある。

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さらに江ノ島神社の本宮と言われ、龍神が棲む『岩屋』のある稚児が淵へと降りていくと、平日の為か、10人程の釣り人が見られるが、岩屋が定期点検のため休業だったせいか、訪れる人は少なかった。

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稚児が淵は、「かながわ景勝50選」に選ばれており、波に浸食された岩肌や岩礁の果てに見える富士山や日没の光景は、実に美しいが、この日は富士山は見えなかったが、静かな青い海原が展望されていた。

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波もない静かな岩肌を楽しんで後、島を離れて海岸へと戻ったが、片瀬東海岸には、人影もなく僅かに少年がひとり砂浜を走っていたのが印象的な光景であった。

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海海しょく台地の岩を波が洗う景観は勇壮で、富士の眺めもすばらしい。特に日の出と日没の景観は見事である

しょく台地の岩を波が洗う景観は勇壮で、富士の眺めもすばらしい。特に日の出と日没の景観は見事である

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JICA横浜を訪問

2011年03月27日 | まち歩き

先日、横浜新港パークにある「国際協力機構(JICA)横浜」を訪問して、JICAの事業展開や海外移住の歴史など興味深い話題に触れてきました。

JICAとは、かってインドネシアからの研修生を受け入れなどで多少縁があったが、今回初めてJICA横浜を訪れてみて、あまり一般には知られていないその事業の奥深さと意義を学ぶ機会となった。

政権交代により始まった事業仕訳や行政刷新会議などで、多くの指摘が行われたそうで、改めて世界の大変革の中での日本の役割が問われているそうである。

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今回特に興味があったのは、横浜港開港以来、多くの日本人がこの横浜港から旅立って海外へ移住しており、その歴史は140年以上の永い歴史を刻んでいるのである。

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「移住資料館」には、アメリカやブラジルなどへと夢を抱いて移住された移民の方々の『移民の暮らし』が、遺品や写真などで紹介されており、異文化社会のなかで想像を超える苦労を重ねながら日系社会を造り上げてこられた経緯を見聞することが出来る。

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資料館の入口には、アメリカ・ポートランドにおける当時の日本人農家の皆さんの生活ぶりを凝縮したローズフェステイバルの「」が展示されていたが、色鮮やかに大根・キャベツ・白菜・サツマイモ・赤カブ・ネギ・南蛮などで飾られており、目を魅かれます。

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また、館内には、横浜港を出港するときの荷物や移民の七つ道具を詰め込んだ柳行李やトランクなど、水盃を交わし見送られたであろう光景が伺えて、釘付けとなって見入っていた。

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現地入りしてからのコーヒー栽培や野菜づくり、コショー栽培、鮭漁など、その移住の道程やふるさとを離れての苦労ぶりが生々しくモデルや映像で生活ぶりも見られ改めて深くて重い歴史を感じていた。

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JICAからは、かってインドネシアやハイチなどへ国際緊急援助隊を派遣したそうですが、今度は、東日本地震・津波被害地へと援助隊を派遣するそうで、「がんばろう・日本」としてどんなに大きなパワーを発揮されるだろうと期待が大きい。

訪れた直後に、JICAもCloseされてしまい、その被災地での活動に期待したい。

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地域交流会へ

2011年03月26日 | 地域活動

年度末を迎えて地域の自主活動団体や各自治会などの事業のまとめや次年度計画など多忙な時期となっているが、また異動時期でもあり、仲間の定年退職される方の慰労会を兼ねて地域のコミュニテイーグループとの合同交流会に参加してきました。

我が地域も少子高齢化が進んでいることでは、例外ではなく「地域は地域で支え合おう・・・」と日頃から意識の高い方は、少なくないが、中々全体の地域の底力が高いとは言い難いところがある。

晴れてハッピーリタイアメントを迎えられた仲間には、「これまでの靴を履き替えて、新しい靴で第二の人生を歩んでほしいが、新しい靴は履き心地が良くないよ・・・・」と先輩同士から、はなむけの言葉が送られていたが、全く同感である。

現役時代に華やかだっだ人ほど、新しい靴に馴染まない人が多いと聞いているが、ゆっくりと歩みながら、第二の人生に歩んでいただきたいと期待してやまない。

今回の東日本大地震の現地レポを見聞していると、被災者に密着して喜んでもらえるのが、自治会など地元のボランテイアだそうで、痒いところに手が届き心通じる強い絆が一番である。

毎日の報道でも、ようやく支援物資なども届いているようだあるが、これからの長い復興の道程は長く、地域の密着した助け合いが何よりのパワーとなると思われる。

我々被災地以外のものは、今出来ることは、お見舞い・義捐金と、節約して全てを被害者優先での行動しかない。

昨日も、某コンサルタントからのメルマガで、「3D運動」の勧めとして~「できる人が、できることを、できる限り」 が伝えられてきたが、全く同感であり、早速仲間にも呼び掛けて運動に参加することにした。

今、我が地域では、日頃の活動は小学校をベースにしているが、高齢者から子どもまでが「小学校」という学区単位に、苦楽を共有してご近所のお付き合いの輪を広げるべくPRしているが、残念ながら人間関係が濃密とは言えない状況である。

特に、団塊世代の男性の参加率が低く、イベントなどの参加も圧倒的に女性が多いのである。

昨日のメデイアでも取り上げられていたが、まさに今の日本の状況は、戦後の悲惨な状況に似ており、『最後の復興』に向かって、心ひとつにしてこの国難に取り組む時ではないだろうか?

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『ONE For ALL 』であり、『ALL For ONE 』で立ち向かわねばならない。

『立ちあがろう・頑張ろう 日本』を合言葉に、3D運動に参加せねば、この国の未来はないだろう・・

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ぶらりポタリング~湘南海岸から境川へ

2011年03月25日 | サイクリング

昨日の冬空から一転、春の陽光が射して穏やかな日となり、昨年来の左手ボクサー骨折の最終リハビリで、病院へ出かけた後、久しぶりにマイチャリで、湘南海岸サイクリングロードから鎌倉腰越を経て、境川サイクリングロードをポタリングへ、・・・ 

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海岸へ出る前に、マイチャリの点検のためマイショップに立ち寄ってみたら、いつの間にか閉店しており、閉じられたシャッターには、「東日本地震と福島原発の影響により閉店させていただきます」と張り紙があり、古い処分自転車が店頭に積まれていた。

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大手のチェーン店であるが、予告なしに閉店とはびっくり・・・・湘南地方は、134号線を控えてサイクリングのメッカであり、辻堂・茅ヶ崎エリアでは、地域の大型スーパーなどの進出などで、バイクショップも熱い闘いが展開されている噂は本当だろうか?

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海岸に出てみると、富士山は姿を隠していたが波もなく穏やかな春の陽光を浴びて、砂浜では散歩などを楽しむ人やワンちゃんで賑わっていた。

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いつも見かけるワンちゃん(3歳)は、覚えていてくれるのか駆け寄ってきて、早速ここ掘れワンワンとパフォーマンスを見せてくれたが、のんびりと潮風を感じながらビーチを楽しめる絶好の日和である。

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しばし、ワンちゃんと戯れてから江の島へと海岸プロムナードを走ると、サーファーの姿は少ないが、行き交うジョガーやサイクリストは、実に多く最高のシーズンである。

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江の島から鎌倉腰越漁港へと向かうと、今日もしらすではなく、ワカメの天日干しが盛りだったようで、その姿が何とも微妙な形でした。まもなくシラスの最盛期を迎えると、漁港を訪れる人が一気に増えるそうだ。

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境川河口に戻って川沿いの遊歩道を走り、国道1号線の遊行寺を経てサイクリングロードへと入ると、この日も、春の陽光を待ちわびていたようにサイクリストやジョガー、散歩を楽しむ人が一気に増えていた。

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この日目指すは、境川サイクリストの癒しのスポットである「日本一小さな牧場」飯田牧場へと向かって一休み・・・・・。

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早速、出来たての名物ジェラードを口にするが なめらかでとろける味は何とも言えず、乾いた口に溶けるように浸み込んでいく味は最高である。

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牛舎に向かって牛さん達と向かい合って、牛さん達からは「美味しいかしら~」 と優しく見つめられながらいただくジェラードの味は、実に最高でした。

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また、そのネームプレートが吊るされていたが、ホルン、ミラン、ショコラ、ラン、モモ、ラブ、バニラ・・・・など実にユニークでその顔を見ながら思わず声をかけたくなるような雰囲気が漂う・・お互いに肩寄せ合った愛し合っている?姿は、実に微笑ましく、美味しいお乳が出る秘訣なのだろうか?

別れにはショコラやバニラちゃんの流し眼に送られて牧場を後にして、六会日大を経由して引地川へと向かい帰路に着いた。

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第83 回選抜高校野球大会開幕

2011年03月24日 | スポーツ

巨大地震の影響を受けて、被害地で懸命に生きるために努力されている被災者を思い、開催が危ぶまれていた「第83回選抜高校野球大会」が昨日開催された。 

開催に当たっては、関係者は様々な影響を考慮して決断までに大変な苦悩があったようであるが、開会式も簡素化し、試合中の鳴り物やブラスバンドでの応援を控えて、開催にこぎつけたようだ。

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開会式では、注目された選手宣誓も『 私たちに今できること。それはこの大会を精いっぱい元気を出して戦うことです。・・・・「がんばろう!日本」・・・・全身全霊で正々堂々とプレーすることを誓います 』と、被災者にも勇気を与える素晴らしいものだったと思う。

今大会の主役は、当然、被災地から出場する東北地区代表の宮城県代表「東北高」になっており、開会式では、いきものがかり「ありがとう」の曲に乗って力強くグラウンドを踏みしめて行進する東北高にスタンドから大拍手で迎えられ、テレビの画面も独占していたようだ。

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今大会のスローガンは、「がんばろう日本」で、被災者の方々に元気や感動を与えられるような大会にしたいという主催者側の意図も見えて、この国難に国民全員が立ち向かうべく勇気と感動を与えてほしい。

当の東北高の監督は、「今は野球のことは何も考えられない・・・・」とコメントされていたが、国民からの熱い想いを受けて、被災者や国民が感動を受けるプレーを見せてほしい。

大会も2日目に入り、熱戦が続いているが、優勝候補の一つとの評価を受けていた神奈川の雄である「横浜高」は、1回戦で早くも完敗を喫していた。

昨年夏の選手権決勝戦で涙をのんだ「東海大相模」も、優勝候補に挙げられており、関東代表としてのプレーと結果を期待して応援していきたい。NHKのテレビ中継放送も、中継によって消費電力が増えることを考慮して、東北・関東地方は16時までで打ち切られたが、東北高の中継は例外扱いになったようだ。

また、プロ野球も開催日をめぐり、セ・パ同時開催が先ほど決定されたと速報が流れていたが、プロ野球は、ドーム球場での開催が多く節電効果に疑問が投げかけられており、長期に亘るリーグ戦故に、ファンのひとりとしてやきもきしながら動向を見守っているところ・・・

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報道では、ソロバン片手だとか、娯楽志向の野球をやってる場合かとか、球団と選手間で意見の食い違いなど、様々な論争が出ているようであるが、ナイター縮小などの節電や被災地への支援などを工夫して勇気を与える試合を行うことは意義あると考えている。

選手たちの「今野球なんてやれる気分じゃない」とか、球団の「夢を与えるため・・・」とかの論争もあるようだが、何もしないのではなく、ファンに支持されるように工夫の余地はいくらでもあると思うが・・・それがプロである。

【添付写真は、テレビ画面より】

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ぶらりジョギング~目久尻川へ

2011年03月23日 | ジョギング

朝からエリアメールで何度も緊急地震警報が伝えられて 何度も大きな揺れに戸惑い、眠れない不安な時間を過ごしていたが、雨は上がっていたので早朝からジョギングに飛び出した。

彼岸を過ぎても、外は北風強く 「未だに春遠からじ・・・」の感があり、思わず身震いするほどの寒さを感じたが、近くの公園では、鳩も寒さに凍えているようにボールのように丸く縮こまっており寒さを実感した。

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朝から繰り返し地震情報が流されていたので海岸を走るのを避けて、久しぶりに綾瀬方面の目久尻川へと向かい、途中藤沢慶応キャンパス(SFC)を経由して、藤沢景観ベストテンにも選ばれている竹藪の里の遠藤健康の森へ入る。

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一歩森の中に入ると、朝日も届かぬほど暗い広大な竹藪が拡がっており、人手が足りないので充分に手入れも出来ないそうで荒れ果てていたが、熊のプーさんも竹林の中で鎮座?しており、まもなく筍の季節には、「竹炭祭」が行われ大変賑わいます。

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地域コミュニテイーの市民団体が、竹林の保護や環境保全活動を通して、地域の交流と活性化を図っているそうで、我が協議会とも交流したいとお誘いを受けていた。

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また、この辺は昔は厚木や一之宮に通じる古道だったそうで道標が残っているが、今は自然保全地区の遠藤ビオトープエリアとなっており、雑木林やせせらぎが流れる藤沢では最も自然が残る谷戸で、人影の無い小路を走るのも大変心地良さを感じます。

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さらに用田を経てカワセミの里である目久尻川遊歩道を走り、神崎橋際の『川の駅・中将姫』へと向かうが、今日もカワセミの姿はなく、人影もまばらでしたが、川沿いの田圃には、廃材のカラフルマットを敷き詰めた遊びの畦道?が面白い・・・・

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「川の駅・中将姫」は、案内板によると、奈良時代、右大臣藤原豊成と紫の前の娘である中将姫が母親に先立たれ、継母に追われ、この地に逃避してきたそうで、近くには祠があるそうです。

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地域のコミュニテイーグループにより整備されて、今や地域の憩いの場となっているようで、休日には大変賑わうそうです。ボランテイアの方から由来などを聞いているとその意気込みが伝わってくるが、フリマや夏祭りなどでも賑わい色々な地域のイベントが開催される「ふれ愛ステージ」も出来ていた。

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しばし、交流して引き返して寒川、藤沢宮原・獺郷地区を寄り道して、小出川里山に戻ってきたが、道沿いの辻には珍しい不動堂や多くの道祖神に出くわして思わず足を止めて寒さを忘れてのジョギングでした。

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また、被災者を思ってか、卒業時期に合わせてだろうか、「Dream Come True」(夢は実現する)の看板が目立っていたが、国難を迎えてひとりひとりが夢を抱いて立ち向かうことの大切さを改めて感じていた。

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また、帰路では、早咲きの桜?や、名も知れぬ花が咲いており、春を呼んでいた。

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地域力を強めよう~

2011年03月22日 | 地域活動

東日本大地震で壊滅的な被害を受けた被災地の状況が報道されているが、避難所などで苦難に立ち向かうボランテイアの方や地域の方の活動を見ていると、涙が止まらない・・・

地震などの自然災害により発生する被害を最小限に喰いとめ、災害に強い街を創るために、今こそ「行政」「市民」「地域」が力を合わせて協力しあうことが如何に重要かを実感している。

我が藤沢市でも、3年前から「地域のことは、地域で決めて、地域で実行する・・・」の合言葉で、市民、地域、行政が協力し合って課題に立ち向かう新たな創りシステムに取り組んできており、スタートしたところである。

我が街も、少子高齢化が進んで地域力が低下しており、このままでは地域が衰退して危機に瀕するのではと危惧しており、様々な活性化への試みが行われていると感じている。

これまでも、地域には「社会福祉協議会」や「社会体育振興協議会」、「青少年育成協力協議会」、「防犯・防災協議会」、「交通安全協議会」など市民団体の他、「自治会・町内会連合会」などがあり、住みよい街づくりに様々な事業を展開しているが、実態は中々多くの市民の参加を得て活性化に繋がっているとは思えないものがある。

これら市民団体で活動する人が固定化している傾向が強く、また事業の実施に当たっては地域住民の協力が不可欠であるが、参加者は決して多くないが悩みである。

今回のように一たび大災害が発生した時に、被害を最小限に食い止めるためには、市民と地域が一体となって対応することが必須であり、行政だけに依存しても対応には限界があることが証明されている。

「地域の安全は、地域自らの力で守る」と言われているが、その主役は地域の住民である。

いろいろな機会でその必要性が叫ばれているが、まだまだシステムも住民の意識も脆弱だと思われ、参加意識が高いとは言えない。地道な活動を通じて、相互扶助の精神へと住民の意識を変えていくことが必要である。

管理者も、体育振興協議会や青少年育成協力協議会などで、地域との関わりを持ってきたが、街づくり活動への男性の参加意識が低く、スポーツイベントの開催すら参加者集めに苦労しているケースが多いようだ。

『地域の安全・安心は、地域自らが守る』ための自主防災組織の主役は市民であり、地域コミュニテイー活動を通じて絆を強めて、『市民力+地域力+行政力』の協調体制の街づくりが、地域の活性に繋がると思う。

国家的危機に面しているこの国の再生には、地域力の強化がMUSTである。

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大阪マラソンへの期待

2011年03月21日 | マラソン

今春に開催予定されていた東日本のマラソン大会が次々に開催中止のアナウンスがなされているが、先日第1回大阪マラソンの申込受付が締め切られその応募状況が発表された。

先月開催された「東京マラソン2011」が火付け役となったマラソンブームにより、関西地区でも相次いで、大都市型フルマラソンの開催が決定されていたが、その先陣を切って『第1回大阪マラソン』が、10月30日に開催されることが決定していた。

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「大阪マラソン」は、東京マラソンに次ぎ国内最大の3万人が大阪市内の大阪城や御堂筋、中之島などの歴史的スポットやビジネス街を走るコースが設定されており、正に東京マラソンの大阪版である。

大規模の「都市型市民マラソン」は、今や生活スタイルを変えて健康志向ブームが起きる中で、サイクリングやウオーキングなどと共に、大ブームとなっており、申込状況が大変気になっていたところ。

その申込み受付が先月始まり、1ヶ月で締め切られたが、その結果は予想通り約6倍近い倍率となっていた。大会事務局の発表によると、募集3万人に対して171,744人となったそうである。

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大阪の街は殆ど知らないが、大阪城・通天閣・御堂筋などの観光名所を巡り、沿道の大阪のおばちゃんの「がんばりや~」 と声援を受けながらの触れ合いランを楽しみにしているが、この倍率を聞いて、その望みも薄れかけてきた。

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さらに、11月には港町神戸の街を2万人が走る『神戸マラソン』の開催が決定されており、これもあのエキゾチックな街中を走れると想像していると、これも人気が殺到するのだろうか

また、来年春には、中断していた京都シテイマラソンが生まれ変わり、同じ規模で「京都マラソン」が開催される予定である。

マラソンブームが益々拡がっているのを実感しているが、ランナーの一人として、これまで開催されていた従来のマラソン大会もこれまで通り開催予定されているので、開催日が重なり両立出来るのだろうかと、余計な心配をしている。

このブームの影響でランニンググッズの業界は不況知らずと聞くが、地震津波災害から経済不況が深刻となる時代を迎えて、何がしかの景気回復へのきっかけとなり、精神面からも元気回復への起爆剤になればと願っている。

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横濱三塔巡り

2011年03月20日 | まち歩き

3月10日は横浜みなとみらい地区の「横濱三塔の記念日」であり、先日 被災地の復興と被災者への救援が一刻も早く叶うことを願いつつ三塔巡りの散策に出かけてきました。

横浜の神奈川県庁(King)・横浜税関(Queen)・開港記念会館(Jack)は、歴史的建造物としてそれぞれ建造されてから80年以上の風格あるもので、横浜を訪れる方は、その威容に感嘆してカメラに収める名所でもある。

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この三塔(3タワー)を一望できるポイントを全て回ると、願いが叶い幸せを呼ぶと言われており、「横濱三塔物語」として伝説となっているが、一昨年の開港150周年記念以来、訪れる人が多くなっているようです。

この三塔を同時に見る事の出来るビュースポットは4か所あると聞いており、スケッチなどで何度も訪れているが、改めて、①日本大通りの神奈川県庁分庁舎前、②象の鼻パークの鼻の先付近、③大桟橋のクジラの背中、④赤レンガ倉庫1号館岩壁寄りの順でゆったりと巡ってみました。

この日は、関内から横浜開港記念会館(Jack)へ向かい館内の歴史的資料などを参観したが、約100年近い歴史を感じ、開館以来の変遷などを知り、我が故郷福井にゆかりのある岡倉天心生誕地でもあり、大変興味深いものがあります。

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一昨年のY150博では、赤レンガの時計台塔の内部まで登ってみたが、この風格は何度描いても飽きない独特のものがあり、銅製のドームや内部のデザインなどレトロな雰囲気が本当に素晴らしい。

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次にすぐ目の前にそびえる神奈川県庁(King)も、いかにも王様らしい風格があり、ここの屋上にもY150博の時に登ったが、屋上から見下ろすベイブリッジやベイエリアの風景も素晴らしいものがありました。

春になれば、銀杏や楠の木などで覆われてしまうが、今の季節には威厳ある全貌を披露しており、容易に寄せ付けないものを感じるが、現在の県庁であり誰でも内部に入ることが出来ます。

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日本大通りに出て分庁舎前の歩道には、三塔一望スポットのフートプレートが埋め込まれています。また、日本大通り駅構内には、三塔広場があり三塔の写真展示などのイベントが開催されていた。

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続いて、象の鼻パークへと移動すると、横浜税関塔(Queen)がイスラム寺院風の優雅で気品がある姿を見せており、Y150博でパークが整備されてからは、その姿が一層美しくなっているように感じていた。

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象の鼻エリアに行くと、鼻の先の手前ほどに、第2の三塔一望スポットのフートプレートがあり、Jackがやや小さいが、はっきりと見えますね・・・・

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さらに大桟橋客船ターミナルへ移動してボードデッキのクジラの背中に到達すると、ここでも同様に一望スポットがあります。

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ボードデッキを一回りして、ベイブリッジや赤レンガ倉庫の眺めを堪能して、赤レンガ倉庫へと移動すると、象の鼻に近いエリアに第4スポットがありましたが、こちらも象の鼻のスポットとほぼ同じ眺めでした。

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また、三塔広場・赤レンガ倉庫・大桟橋ロビーでのスタンプラリーも開催されていたので、記念スタンプを押して、横浜港の歴史散策ともなったが、「横濱三塔物語伝説」にあやかり一刻も早く被災地の救援の願いが叶うようにと祈っていた。

なお、今回の三塔一望スポット4か所を巡ってきたが、神奈川県庁西側交番付近からは、King・Queen・Jackの三塔が、目の前にそびえているが、何故このスポットは外されているのか?と疑問を抱いていて帰路に着いた。

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ぶらり~ジョグ&クロカン

2011年03月19日 | ジョギング

彼岸に入り、昨日までと打って変わって4月の陽気となり、春の陽射しがたっぷりと射しこんでいるが、被災地の状況が少しでも改善されるように祈りながら、現地の様子を伝えるテレビ報道に釘付けとなっています。

今日も、計画停電の時間帯に合わせて行動の予定でしたが、今夜の停電は中止されると聞き、近場のホームコースである引地川親水公園やふるさとの森周辺のジョグ&クロスカントリーへと飛び出した。

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引地川遊歩道では、春の訪れとともに多くの野鳥や春の花で季節を感じる散策スポットとなっているが、この日は一番にコサギが飛んできて歓迎してくれたが、すぐ近くに巣作りしているようだ。

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「ふるさとの森」に入り、いつものクロカンコースを1周して、大庭神社に被災地の復興を祈願してから山を下り成就院へと向かったが、春の風が森を通り抜けており春の息吹を実感します。

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成就院にも何度も訪れているが、昔は大庭神社の別当寺だったそうで、本尊は愛染明王として有名となっており、愛を成就させてくれると訪れる人も多く隠れ寺でもある。

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引地川遊歩道へと戻ると、桜並木の桜のつぼみが芽を吹き始めていましたので、月末には満開の桜道となり、桜を愛でながらのジョギングを楽しみにしながら、水辺の景色を堪能してから、大庭城址公園へと移動。

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こちらでも白木蓮やコブシが満開に近く、青空のもとで咲く花の色や形は美しく、高貴な姿と香りを振りまいていたが、花の広場には春を待つ様々な花々の開花準備が始まっていました。

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芝生広場では、家族連れや卒業式を終えた生徒たちがボール遊びなどを楽しみ、遊歩道には顔見知りの中学陸上部のトレーニングが行われていたので、一緒に周回クロカンコースを付いて行って思わぬトレーニングとなった。

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地域の小学校卒業式に参列

2011年03月18日 | 地域活動

地震大津波発生から1週間を迎えたが、依然として死者・行方不明者が1万5000人を超し、1万人近い多くの被災者が孤立して救援を待っておられると、報道されているが、何とか一刻も早く救援出来ないのかと、苛立ちを感じています。

今日は、地元の小学校の卒業式に参列したが、朝から計画停電が実施されていたので、「学校見守り隊」として、信号が止まっている学校周辺の交差点に立ち、児童達の通学の安全誘導を行ってから学校へと向かったが、卒業生の顔は、毎日通学時に見る顔とは違い光り輝いていた。

この日を祝うように、柔らかな光がふりそそぐ春の息吹を感じる快晴の日となっており、式会場の体育館入口には、開場を待つ保護者の列が出来ており、ご近所の父兄の顔も見られてお祝いムードが流れていた。

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会場は、児童達の手作りの菜の花やパンジーのプランターが会場一杯に並べられていて、微かながら匂いが漂い、春の花の彩りを添えていた。

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小規模校故に、今年の卒業生は2組60人でしたが、思い々々の服装に正装し、拍手で迎えられて会場に入場するときは、緊張して頬もこわばっている子もおり、歩幅も乱れるような足取りも見られていたようだ。

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式の初めには、東北大地震・大津波で悲惨な被害に遭われた被災者を想い、お見舞いと互いに助け合って行こうと確認し合ったが、すすり泣く姿も見られて、想いを一つにしていたようだ。

卒業生が一人づつ6年の学校生活の想い出や将来の夢などを発表して、卒業証書を受け取っていたが、「ノーベル賞をもらえるように挑戦していきたい・・」とか、「運動会や修学旅行の想い出が忘れられない・・・」と、夢を語りながらも、先生や両親に感謝するメッセージを述べていたが、実に気持ち良く聞いていた。

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学校長のお言葉では、「共に助け合う気持ち」や「ありがとうを言われる人になる」、「自分らしく生きよう」などのメッセージが伝えられたが、最後に卒業生全員で『自分を信じて、未来を信じて 新しい人生に出発します~ 』と力強い決意を示していた。

この日に唄われる曲は何だろうと興味を持っていたが、やはり例外ではなく、「Believe」と、「旅立ちの日に」が、在校生とともに、「今 別れの時 飛び立とう 未来信じて・・・ この広い大空に 夢を託して・・・・」と力強く合唱されていた。

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新しい門出にあたり予想もしない大惨事を見せられたこの卒業生達は、どのように感じていたのだろうか?希望を失うことなく輝く未来に向けて、逞しく大空に羽ばたいて欲しいと願いながら、一人一人会場を出る卒業生に送る拍手は止まなかった。

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計画停電4日目

2011年03月17日 | まち歩き

地震発生後6日目を迎えて復旧作業や救援作業がようやく動きだしているようですが、相変わらず行方不明者が多く、被災者の方々の悲鳴が聞こえてきて、テレビ画面を見るのも辛くなります。

計画停電がスタートして4日目を迎え最初は対応に戸惑いもありましたが、停電に対する準備や心構えも出来てきており、復旧状況を見ていると長期戦を覚悟しなければならないと感じつつも大きなトラブルも無く過ぎている。

昨日も内閣官房室より、個々に直接エリアメールにて節電に対する理解と協力依頼が届いており、その一部を紹介します。

 「地震により、電力需給がきわめて厳しい状況になっていることを受け、3月14日から、東京電力管内において計画停電を実施しているところです。・・・・・本日は、気温の低下が予測され、昨日以上に厳しい状況になるものと考えられることから、国民の皆様におかれましては、引き続き徹底した節電をお願いいたします。皆様のご協力をお願いいたします。(内閣官房)」

また、昨日、天皇陛下から 被災者や国民に向けて、ビデオメッセージが発表され、国民の皆が様々な形で少しでも多く分ち合い、被災者に心を寄せて、被災者が希望を失うことなく、いたわり合いながら不幸な時期を乗り越えるように励ましのお言葉をいただいた。

被災地ではどれほど勇気を得たであろうかと、熱い気持ちがこみ上げてきました。

10時に停電が始まったので、ぶらりとジョグ&ウオークで外に出てみたが、交差点などでは、無信号で交通安全協議会の皆さんが、総出で交通整理が行われていて、スムースに流れていたようだ。

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海岸に出てみると、今日も134号線では近くのガソリンスタンドに向けて、約1Km以上の車列が出来ており、無信号の交差点付近は、大変混雑しており、事故がなければいいがと心配される状況である。

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海岸のプロムナードでは、富士山は雲を被り全景は見られなかったが、停電になってから外へ出てこられたのだろうか?いつになく多くの散歩者がみられた。

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辻堂海浜公園に移動すると、ここでも子ども連れで滑り台や砂遊びに賑わいを見せていて、停電時間帯では、暗くて暖房もなく公園に遊ぶのが一番のようだ。

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停電の終了時間に合わせて家に戻ってきたが、近くの名門ゴルフ場も広域避難場所に指定されているためか、全くラウンドする姿は見られず人影もなかった。

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まもなく本日2回目の計画停電を迎えるが、不便を不便と思わず被災地に思いを馳せて、全ての人が出来ることを、やりながら絆を強めていきたいものです。

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