カクレマショウ

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『症例A』(多島斗志之)その2

2004-11-03 | └多島斗志夫 『症例A』
精神分析について、『症例A』からもう少し引用してみたいと思います。

榊医師は、臨床心理士の広瀬由起に連れられて、彼女の「師」である精神分析医の岐戸を訪ねる。そこで榊は思いもよらない光景を目にすることになるのですが、それは置いておくとして、岐戸は、「精神分析」について、こんなことを語ります。

「患者の言葉をそのまま真に受けたりせず、深層に隠れた真実をそこから汲み取るために分析家が解釈をほどこす、というのが精神分析です」

つまり、精神分析は、患者の言うことを信用しないという立場に立つということであり、そんな路線を敷いたのは、フロイトである。彼はもともと、女性患者のヒステリー症状の原因は「トラウマ」であるという説を主張していた。しかしそれは、世間にはとても受け入れがたいものだった(もしそうだとすれば、別に珍しい病気でもないヒステリーを抱える女性の多くは、幼少時の性的虐待などによるトラウマを持っていることになる)。彼は世間の冷たい視線に「狼狽」し、自説を撤回して一転してトラウマ否定説をとるようになった。それ以降、彼は女性患者がいくら子どもの頃の虐待経験を話そうが、額面どおりに受け入れようとはしなくなった。

「そんなのは、女性のなかに潜む無意識の願望と抑圧がつくりだした偽りの記憶だ。そういう偽りの記憶をつくってしまう患者の精神のあり方をこそ、解明しなきゃならない。」─これがフロイトの精神分析の始まりだという。

心理学や精神医学をかじったことのある人にとっては常識なのでしょうが、私にはこのくだりは大変新鮮にとらえられました。ここだけに限らず、岐戸医師の長い語りには、「なるほどな」と感じる部分が多かったような気がします。

もっとも、「多重人格」の場合には、ほとんどの原因は幼少期のトラウマにあるようです。心に深い傷を負った時に、その傷を癒やそうとしたり、あるいは傷を負ったことを自体を忘れようとして、本来の自分とは異なる人格が形成され、棲みつく。だから、多重人格の治療にあたっては、交代人格が語る記憶をできるだけ信じてあげることが必要なのだと思います。どんな状況下でその人格が生まれたのか、素性を明確にしないことには治療は始まらないということでしょうか。

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