カクレマショウ

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報復は何も生まない。─「ミュンヘン」

2006-11-11 | └歴史映画
タイトルの「ミュンヘン」とは、ミュンヘン五輪を表しています。1972年9月5日、オリンピックの真っ最中に、選手村でイスラエル選手11人が「黒い9月」を名乗るパレスチナ・ゲリラに襲われ、全員が殺されるという前代未聞の事件が起こりました。

スティーブン・スピルバーグ監督は、この「黒い9月事件」をフラッシュバックで追いつつ、この事件に対するイスラエルの報復作戦を描いていきます。イスラエルは、諜報機関モサドに極秘委員会を設け精鋭5人を選抜、殺された同胞と同じ11人のパレスチナ人を殺すよう命じました。その暗殺チームのリーダーの告白に基づき、ユダヤ人作家のジョージ・ジョナスが著した『標的は11人─モサド暗殺チームの記録』がこの映画の原作となっています。

映画の公開に合わせて、ハヤカワ文庫から『ミュンヘン』(マイケル・バー=ゾウハー&アイタン・ハーバー著)という文庫が出ましたが、こちらは、この事件の首謀者の一人とみなされ、11人の暗殺者リストのトップに置かれた“レッド・プリンス”ことアリ・ハサン・サラメに焦点を当てたノンフィクションです。

イスラエルの報復に対して、パレスチナ側もさらなる報復に出る。報復が報復を呼び、その連鎖は途切れることはない…。報復が何も解決を生まないということだけが心に突き刺さります。

中東問題、つまりイスラエルとアラブ諸国の対立の構図は、まさに報復の連鎖です。これまでのいきさつについては、「イスラエルのレバノン侵攻」の項目で書きましたが、やられたらやりかえす、領土を奪われたら奪い返す、という子どものけんかみたいなことが延々と続いているわけです。「黒い9月事件」にしても、そもそもの目的は、イスラエルによって捕らわれた獄中のアラブ・ゲリラ200人の釈放を要求するというものでした。

ミュンヘン事件を起こした8人のうち、5人は射殺され、逮捕された3人は10月29日、別のパレスチナ・ゲリラが起こしたハイジャック事件で、犯人グループの要求により釈放されています。イスラエルが報復の標的と定めたのは、パリやローマなどヨーロッパに住み、「黒い9月」と結びついているパレスチナ人11人とされました。しかし、「黒い9月」と関係のあったのは3人だけだったという説もあります。要するに、パレスチナ人であれば誰でもよかったのです。11人の仲間の死には、同じ数だけの敵の死が必要だっただけです。報復を決定するイスラエルの女性首相ゴルダ・メイアがこんなことを言います。「彼らが我々と共存したくないなら、我々も共存する義務はない」、「今は平和を忘れ、我々の強さを示さねば」と。

選ばれた5人のリーダーとされたのは、もうすぐ父となる青年アブナー。「トロイ」でトロイの王子(長男)ヘクトルを演じたエリック・バナが演じています。そして、アブナーら、爆弾製造、書類偽造など、その道のプロばかり集められた精鋭5人は、標的を一人ずついろいろな方法で殺していきます…。まるでゴルゴ13ばりに、正確に、冷徹に、完璧に…。

実はそうでもないんです。彼らはけっこうヘマしています。「爆弾製造のプロ」というのは実は爆弾解体のプロで、爆薬の量をまちがえて仲間も吹き飛ばしてしまったり、起爆装置が作動しなかったり、危うくターゲットの娘を殺してしまいそうになったり(このシークエンスは手に汗がじっとりです)。アブナー自身、標的を前に、なかなか引き金を引けなかったりするのです。

殺し合いをしながら、妙に人間くさい。アブナーは、自分の「仕事」への恐ろしさを、妻の体にすがることで消し去ろうとする。そして、彼らに命を狙われるパレスチナ人の方も、ごく普通の「市民」にしか見えない。そして、アブナーに情報を提供する「情報屋」の親分は、「家族のため」であることを殊更に主張する。

結局、直接手を下し合う彼らは、国家の大義名分に翻弄されているだけなのかもしれません。イスラエルに生まれただけで、その瞬間から彼らはイスラエルという国家の大義名分のもとに置かれ、それに従って生きるしかない。パレスチナ人も同じです。北朝鮮だって同じ。そこから逃れることはできない。

たまたまアテネの隠れ家で一緒になったパレスチナ人のアリとアブナーが会話をする場面があります。アブナーはもちろんユダヤ人であることを隠している。アブナーは、パレスチナ人が自分たちの国だと主張する土地を指して「本当に“オリーブの木”が恋しいのか? 何もないあの地に戻ろうと思うのか?」と尋ねる。「心からそう思う」と答えるアリ。「100年かかろうと俺たちは勝利する。祖国こそすべてだ」。そういう熱い思いでさえ、国によって「作られた」ものとしか私には思えません。

暗殺を重ねていく中で、仲間も一人二人と殺されていく。アブナーはいつ自分も殺されるかという恐怖にさいなまれていきます。任務を解かれ、たとえニューヨークの人混みに紛れていても、彼には一時も気の休まる時はありません。いったい、俺は何のために7人もの人を殺したのか。それは果たして意味のあることだったのか?

ラストシーン。イスラエルからアブナーを連れ戻しにやってきたモサドの工作管理官エフライム(ジェフリー・ラッシュ)とアブナーがマンハッタンを望む公園で話すシーン。「俺たちは何のために7人もの人を殺したんだ」と詰め寄るアブナー。エフライムは、「国のために殺したんだ」と答えるしかない。「君の親が建国し君が生まれた国だ。未来や平和のために殺したのだ」。

アブナーは、「こんなことの先に平和はない。それが真実だ」と静かに言い、エフライムを夕食に誘う。「平和に食事をしよう」。しかし、エフライムの答えは、"No"。エフライムにとって、「国のため」に戦えない男とは一緒に食事なんかできないのです。

背中を向けてそれぞれの方向に歩み出す二人の背後に、マンハッタンの摩天楼の光景。そこには、ワールド・トレード・センターもまだちゃんと立っています。

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