goo blog サービス終了のお知らせ 

Blogout

音楽全般について 素人臭い能書きを垂れてます
プログレに特化した別館とツイートの転載もはじました

ウィントン・マルサリス/スターダスト

2009年11月21日 23時16分19秒 | JAZZ
 最近、ウィントン・マルサリスって何をやっているのだろう?。80年代中盤に完璧なテクニック、アカデミックな知性と教養でもって、ジャズ界のメインストリームに躍り出た彼も考えてみれば、もう早いもので48歳なのだ。あの当時、ウィントン・マルサリスといえば実質的にマイルスの正統的後継者として飛ぶ鳥を落す勢い、出るアルバムは例外なく高い評価を得て、まさに未来のジャズ界を牽引する若き逸材....という感じだったのだが、2009年の現在、彼がジャズ界を牽引しているとはお世辞にも言い難い。自分の場合、彼が自分探しだったのだろう、南部系やディキシー系の音楽に色目を使い、どう贔屓目に見ても「秀才の考えすぎが高じた組曲」を連打したはじめたあたりで、ほとんど興味を無くしてしまったのだけど、さすがに最近ではそういう作品も打ち止めて、比較的ストレートアヘッドなジャズをやっているようだ。

 さて、この作品だが、1989年にまさに彼の全盛期に出したウィズ・ストリングス・アルバムである。この時、彼はまだ20代後半だったはずだが、もうレギュラー・コンボによるアルバム、スタンダード・シリーズなどと平行してんなアルバムを出しているところに、当時の彼の「なんどもきやがれ」的な勢いを感じさせる。編成はドラムにジェフ・ワッツ、ベースがロン・カーター、ケント・ジョーダン、ピアノがケニー・カークランド、サックスはブランフォード・マルサリスという、当時の常連が集い、ロバート・フリードマン指揮のストリングスをバックに演奏している。ウィントン・マルサリスのトランペットは例によって完璧な仕上がりである。例えば、1曲目は「スターダスト」だが、これなどヴァースから入るパターンで、最後まで1音たりともおろさかにしないマルサリスらしい実にクリーンさとゴージャスなオーケストラもあいまって、素晴らしい演奏だ。「星に願いを」では、意表をついたミドルテンポのアレンジで、当時のレギュラー・コンボでの変幻自在な演奏パターンをとりいれていてなかなかカッコ良い....などなど、他の曲も全く過不足演奏で、恐らくウィズ・ストリングス・アルバムとしては、10指にはいるクウォリティだと思う。久しぶりに聴いてうなってしまった。

 ただ、この人の場合、昔からいわれていることなんだけど、どうもそこに出てくるジャズ的な語法、ムード、情緒といった要素が、なにやらいったんコンピュータにとりこんで、高精細なCGで再現したような味気なさがあるのも事実。ぱっ聴き、こんなに素晴らしいジャズはない....と思うのだが、なにが足りないような気もしてしまうのだ。近年はメインストリーム的スタイルに戻り、ライブ盤ではかなりエキサイティングな演奏をしているらしいのだが、ひょっとするとこのあたり一皮むけているのかもしれない。ライブ盤もいくつかあるが、何枚か購入してみようかな。

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エラ・フィッツジェラルド・シングス・コール・ポーター・ソング・ブック vol.2

2009年11月14日 00時16分46秒 | JAZZ
 第2巻は「アイ・ラヴ・パリ」からスタート。この曲、この歌唱以外のヴァージョンを聴いたことがないので、これまであまり馴染みがなかったのだが、久しぶりに聴いてみたところ、実に「良い曲」であることを再認識してしまった。なにしろ小振りなヴァースがチャーミングだし、そこからプイと転調してややほの暗い感じでテーマが歌われ、繰り返しの中、次第に霧が晴れるように明るさが増していくあたりの曲の移ろい方がいいし、その微妙な色合いのようなものを彼女はきっちり表現していて、まさに職人的なうまさを感じさせる。あと、-これはアレンジによるところが大きいが-それを受けてオーケストラが間奏よろしくテーマを敷衍していく、映画音楽的にスケールの大きな展開も素敵だ....などと、今夜もこんな感じで気がついた曲を拾っていこう。

 「イージー・トゥ・ラヴ」というと、最近だとロベルタ・ガンバリーニの本邦デビュー作のタイトルにもなっていたけれど、エラ・フィッツジェラルドのヴァージョンを聴くとロベルタのそれは基本的にエラの解釈を踏襲していたのがとてもよくわかった。「イッツ・オール・ライト・ウィズ・ミー」は彼女の黄金時代のライブ盤のオープニング・ナンバーとしてよく登場するお馴染みの曲だけれど、ここではビッグ・バンドをバックにしたスタイルで、ライブ盤の豪快なノリとはちょっと違った軽いキャバレー風な歌唱が楽しい。「恋とは何でしょう」はこれはいろいろなヴァージョンがある名曲で、ここでのエラは小粋に歌っているけれど、個人的には「チャリー・パーカー・ウィズ・ストリングス」にはいってるきらびやかで歌いまくったライブ・ヴァージョンが好きだったりする。初期のキング・コールがピアノ・トリオでやったインスト盤なんかも記憶にある。

 「ラブ・フォー・セイル」はなんだかパラマウント映画をみているような都会調なイントロから、ややアーシーに歌い込む老練さがいいね。「ソー・イン・ラブ」は日曜洋画劇場からはじまり、あまりにインスト・ヴァージョンを聴きすぎたせいで、ボーカル入りはかえって違和感があったりする。「あなたはしっかり私のもの」も有名な曲だが、ここでは「恋とは何でしょう」と同様小粋に歌っている。 「夜も昼も」は個人的にはリンゴ・スターの「センチメンタル・ジャーニー」という異色のアルバムで知った曲だが、これについてはいわずもがなの曲だろう。という訳で久々に聴いたこのコール・ポーター集、実にいい。若い頃はロジャース&ハートの方が馴染みやすく、コール・ポーターの方はやや硬質で苦いところを感じないでもなかったが、そのあたりがかえって心地よく感じられるのは自分が年をとったせいだろうか?。

 ちなみに頭に書いた、「アイ・ラヴ・パリ」だが、「おっ、いいぞ、この曲お気に入りになりそう....この曲!」などと思って、いましがたiTunesの検索機能で「I Love Paris」を探したところ、彼女の他に2つのヴァージョンを発見した。ひとつはもちろん先日聴いた、ビル・チャーラップ率いるニューヨーク・トリオが「ビギン・ザ・ビギン」でやっていもの。もうひとつはその存在すら気がついていなかったが、半年くらい前にiTunesShopで購入した「The History of Blue Note - 70th Anniversary」に入っていた、ジャッキー・テラソンという90年代にデビューしたピアニストによるトリオ演奏だ。前者は意表をついてブルージーな曲に仕立て上げているし、後者は思いきりトリッキーでモダンなピアノ・トリオ作品にしていて、いずれも「現代」を感じさせてくれた。それにしても、こういうときのiTunesは本当に便利である
コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エラ・フィッツジェラルド・シングス・コール・ポーター・ソング・ブック vol.1

2009年11月13日 00時03分55秒 | JAZZ
 先日、取り上げたニューヨーク・トリオの「ビギン・ザ・ビギン」がコール・ポーターの作品集であったことから、ふと思い出して久しぶりに聴いてみた。エラ・フィツジェラルドはヴァーブ時代に限ってみても、こうしたソング・ブック・シリーズを1ダース近い作品を出しているけれど、このコール・ポーター集は確かその最初のものである。彼女はヴァーブに移籍する前のデッカでも、ガーシュウィン集のような作品を出していたようだが、「ソング・ブック」というコンセプトを全面に出してアルバムを作ったのは、彼女にこれまでの活動に限らずとも、おそらくジャズ界では斬新かつ画期的なプロジェクトだったのではないだろうか。なにしろ、このアルバムでは都合ポーターの作品を32曲を取り上げているである。

 さて、とりあえず、現在第一巻目の方を聴いているところである。1曲目は「夜もすがら(All Through the Night)」で、ストリングスを加えたビッグ・バンドをバックにミディアム・テンポでゆったりと歌っていて実に気持ちいい。そういえば、この曲は奇しくもビル・チャーラップの出世作のタイトル・チューンで、アルバム冒頭に9分近い長尺ヴァージョンで収録されていて、レッド・ガーランドばりのスマートなスウィング感に、モダンなリズム感覚を加味した実にクレバーなアレンジで、思えば私がチャーラップにKOされた一曲だった。2曲目の「エニシング・ゴーズ」も好きな曲だ。この曲は「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」の冒頭で、ケート・キャブショーがMGMミュージカルのパロディよろしく歌った曲であり、初めて観た(聴いた)時は思わずニヤリとしたものだった。今聴くと「夜の静けさに(In the Still of the Night)」も好きな曲だ。この曲はチャーリー・パーカーが演奏したコーラス入りの意味不明なヴァージョンも楽しいが、はて、どちらを先に聴いたんだっけか?。「オール・オブ・ユー」といえばマイルスの「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」で知ったんだけど、ジャズメンにやけに好まれるこの曲はさすがにエラ・フィツジェラルドもジャジーに歌ってるな。最近だとキース・ジャレットもよかった。「ビギン・ザ・ビギン」は、これを聴くきっかけになった曲だ....。

 などと、こうしたスタンダード・ナンバーを、バーボン飲みつつ、「あれ、この曲は誰の演奏や歌唱で知ったんだけかな....?」と考えながら聴くのは実に楽しい。もっともこういうのはこちらの気分が乗らないと、なかなかそういう気分になれないものだが、たまたま今はそういう気分である。ついでに書くと、「君にこそ心ときめく」「レッツ・ドゥ・イット」「ゲット・アウト・オブ・タウン」の3曲は、ピアノ・トリオにバーニー・ケッセルを加えたカルテットでの演奏で、これはけっこうジャジーな演奏で、甘口でやや古臭いアレンジが多い楽曲の中にあって、けっこういいアクセントになっていて、これまたいい感じで聴ける。
 という訳で、久しぶりにいい気分でこのアルバムを聴けた。けっこう僥倖かも....。明日は第2巻を聴いてみようか?。同じような気分で聴ければ幸せなんだけどなぁ(笑)。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

DIANA KRALL / Live in Rio

2009年08月14日 23時11分39秒 | JAZZ
 先にレビュウした「クワイエット・ナイツ」のライブ・パフォーマンス版である。かの「ルック・オブ・ラブ」も、アルバム、リリース後にそれをフォローするように「ライブ・イン・パリス」というオーケストラ帯同の豪華なライブ・パフォーマンスを収録した映像作品が出たが、これもほぼ同様の狙いであろう。ただし、こちらはアルバムのコンセプトを反映したのか、ロケーションはリオ・デ・ジャネイロである。メンバーは「クワイエット・ナイツ」と同様の布陣、アレンジはオガーマン、プロデュースはリピューマ、収録はHD画質と、ほとんど万全の体制でのプロダクションである。
 「ライブ・イン・パリス」という作品は、「ルック・オブ・ラブ」同様、非常にゴージャスかつ音楽的な質も高い非常に素晴らしい作品だっただけに、今回も期待できそうな作品だったのだが、なにしろ「クワイエット・ナイツ」が、期待に反して80点どまりの地味な作品だったので、こちらへの期待もなんとなくしぼみかけていたところだったのだが、とりあえずお盆休みのリラックス・タイムということもあり、いま一通り観終わったところである。

 ステージは、意外にも「ライブ・イン・パリス」と同様、「Love Being Here With You」、「Let's Fall in Love」という2曲セットからスタートする。「ライブ・イン・パリス」と比べると、より自由闊達にインプロヴァイズした演奏で、やや行書体気味ではあるが、ジェフ・ハミルトン、アンソニー・ウィルスン(この人はスケールも大きくなり、ジャズ・ギタリストとしてけっこう化けたんじゃないだろうか?)、ジョン・クレイトンのコンビネーションの安定感は抜群、その練度感はさすがの素晴らしさで、その後の演奏も大いに期待させる始まりになっている。
 さて、この後に繰り広げられる演奏だが、総体的には悪くない。いささか地味だった「クワイエット・ナイツ」に比べれば、旧作の再演もあるし、華やいだ雰囲気は十分である。ただし、「ライブ・イン・パリス」に比べてしまうと、オーケストラの比重はけっこう少なめで、豪華さという点ではイマイチか。またレギュラー・バンドの演奏は前述のとおり、かなり練り込まれてはいるのだが、多少、手の内を読み尽くしたルーチン・ワークに陥っているところがなくもない。また、リオ・デ・ジャネイロでのパフォーマンスだというのに、ご当地的な躍動感も少なく、妙に落ち着き払ってしまっているようなところが気にならないでもない(オーディエンスに歌を歌わせるパフォーマンスはなかなか和むけれど....)。

 という訳で、どうも「クワイエット・ナイツ」の地味さをここでも引きずってしまっているところがあるようだ。何度もいうようだけれど、全体としては悪くはないのだか、非常に高いレベルでの欲求として、もうひとつ突き抜けたものが欲しいと思うの私だけだろうか。ちなみに、ダイアナ・クラールももう43歳ということで、だいぶ老け込んでいるかな....とか思っていたら、イメージ的にはほとんど変わらないのはある意味おどろき。キムタクじゃないけど、この人、ブルーレイの精細な画面で観ても、容姿的にはなんか時間がとまっちゃっている人だと感じた、ファンならたまらんだろう(笑)。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

DIANA KRALL / Quiet Nights

2009年08月07日 23時26分04秒 | JAZZ
クラウス・オガーマンの編曲、トミー・リピューマのプロデュース(ついでにエンジニアはアル・シュミット)と、かの「ルック・オブ・ラブ」の時の役者が再び勢揃いしたダイアナ・クラールの新作。なにしろ、かの作品ついて私は、 『彼がかかわった「ルック・オブ・ラブ」は、私がこの10年に聴いた様々のアルバムの中では、ベスト3に入る作品だった』 とか 『ジョビンの「イパネマの娘」で作り出した「オーケストラによるボサノバ・サウンド」の最終にして、最高のアルバムとなるんではないだろうか。いや、もう一枚くらいこの趣向でクラールのアルバムをアレンジしてもらいたいとは、切に願ってはいるのだが....。』 などと書いているくらいだから、かの作品の続編になるに違いないであろう本作はまさに待望のアルバムである。で、本作がボサ・ノヴァをメインしたアルバムだから、別に夏本番になるのを待っていた....訳でもないのだが(笑)、先週末ようやく聴くことが出来た。

 この一週間くらい、メインのシステムやWalkman、カーステなどで、ずっと聴き続けているところだが、「ルック・オブ・ラブ」にあった「もーなにもしたくねー」的ゴージャスさ、華やいで垢抜けたムードに比べると、今回はジャケットのポップな印象に相反して、前作「フロム・ディス・モーメント・オン」でも感じたような、仕上がりは決して悪くはないものの、全体に渋味が強く、いささか通好み的な地味さが出た作品になってしまっている。いや、「イパネマの少年(娘)」「ソー・ナイス(サマー・サンバ)」「クワイエット・ナイツ(コルコバード)」といったボサ・ノヴァ・スタンダーズは入っているし、バカラックの「ウォーク・オン・バイ」、ロジャース&ハートの「いつかどこかで」といったスタンダード作品のボサ・ノヴァ化など、オガーマンの作り出す瀟洒だが温度感の低い、貴族的ともいえるオーケストラをバックにゆったりと音楽を展開しているあたり、かの「ルック・オブ・ラブ」的な条件は表向き満たしてはいるのだが....。それなのに、どうもイマイチ突き抜けた感じがせず、どことなく「冴えない」雰囲気を感じてしまうのは、一体どうしてなのだろう?。

 理由はといえば、やはりポップさに欠けているというところかもしれない。ポップさといって悪ければ、どうも作り手の意識がリスナーに向かっていないところがある....といってもいいかもしれない。このあたりはトミー・リピューマと並んでダイアナ・クラール本人が名を連ねているあたりがヒントになるかもしれない。ダイアナ・クラールというの人はどう考えても「アイドル性のあるエンターテイナー」ではなく、「生真面目な音楽主義者」であり、このところ数作では「リスナーに媚びを売るのをほどほどにして、私は芸術性の高い音楽をやるんだ」的なアーティスト・エゴが強まってきてるようだから、本作でもおそらくリピューマが狙ったであろう「ゴージャスで耳当たりの良い、極上なエンターテイメント・ジャズ」に対して、ひょっとすると、かなり抵抗したのではないかと思ったりするのである(というか、御大リピューマも既に十分に大物になってしまったクラールに対して、音楽的な指示をあれこれだすことは、もはや出来ない....みたいなところはあるんだろうし)。

 そんな訳で、ここでの彼女のボーカルはジャズ的な都会性というよりは、敬愛するトム・ウェイツ風なアーシーさに近寄ってみたり(そういえば、ボーカルの録音がいつも違って、かなり近接したオン気味の質感なのも違和感が大きい、キーも下がったかもしれない)、ボサ・ノヴァ・スタンダーズも当たり前に演奏することや、これみよがひけらかすことに出すのに抵抗があったのか、アレンジ的にちとひねりすぎだし、収められたポジションも地味な場所で、せっかくのアルバムなのに目玉やセールスポイントになり損ねているのが残念だ。同様にオガーマンのアレンジも、甘目のメロディックさだとか、ゴージャスでリッチな量感みたいなところを意図的に抑えているような印象を受けるのも、どうもそこにクラールの「私はリスナーに媚びを売りたくない」的な主張を感じてしまうのだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Francis Albert Sinatra & Antonio Carlos Jobim

2009年08月01日 15時48分13秒 | JAZZ
 シナトラとジョビンが共演し、オガーマンが編曲で仕切る....という豪華極まりない布陣で、67年に製作されたボサ・ノヴァの大名盤。67年といえば、ボサ・ノヴァ最盛期であり、ジョビン自身も「波」という大傑作をモノにしたりしているが、ここにきてポピュラー・ミュージックの大御所であるシナトラがこれに取り組むことによって、ボサ・ノヴァは更に広く市民権を得た....といったところだろうか。
 余談だけれど、シナトラがビートルズの「イエスタデイ」だか「ミッシェル」を歌って、ビートルズが「見直された」のも、同じ頃だったんじゃないだろうか。67年といえば、ビートルズは「サージャント・ペパー」を出したり、ヒッピーが登場したり、カルチャーの大変動期に当たっていた訳だけれど、シナトラがこうした楽曲に果敢に挑戦するというのは、そうした時代の雰囲気だったところもあると思う。

 収録曲は10曲で、内7曲、つまり「イパネマの娘」「ジンジ」「コルコヴァド」「メディテーション」「待ちわびて」「お馬鹿さん」「平和な愛」はジョビンの作品、数曲では実際ジョビンがギター、そして例のボーカルで加わってデュエットしている。アレンジはオガーマンだし、曲が曲なだけに64年の「コンポーザーズ・プレイズ」のスタイルを基本にしているようだが、シナトラのボーカルということを考慮したのか、「コンポーザーズ・プレイズ」の時のような「切れるリズム」控えめで、どちらかというとゆったりとしたストリングスが全面に出た仕上がりだ。シナトラのボーカルは例の歌い上げスタイルはほどほどに、肩の力抜けたリラックスした歌いぶりで、彼の持ついささか大時代的な「粋」とか「洒落たセンス」が、ボサ・ノヴァに合っているんだかいないんだか分からないような微妙なズレたところが逆にとてもいい。その意味で-私の好みは別としても-、このアルバムのアレンジをネルソン・リドルでなく、オガーマンに託したのは大正解だったと思う。

 非ジョビン系の作品は「チェンジ・パートナーズ」「あなたに夢中」「ビーズと腕輪」の3曲で、前の2曲を私はたぶん初めて聴くスタンダード作品。どちらもアルバム中でもけっこうアップテンポで軽快な仕上がりで、全く違和感ないボサ・ノヴァ作品になっているのだが、前述のジョビンの作品ではどちらかといえばゆったりとしたアレンジで料理し、こうしたスタンダートでは逆にリズミカルなアレンジでボサ・ノヴァ化してしまうというのは意図的なものであったのかどうかはわからないけれどなかなかおもしろい。また「ビーズと腕輪」はイリアーヌ・アライアスの「ドリーマー」に入っていたので、3曲中これだけは聴き覚えがあったのだが、アレンジといい雰囲気といい、イリアーヌそれは「シナトラがボサノバ化した」この演奏へのオマージュだったことが分かって、妙にその歴史的意義を堪能してしまった。
コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Compact WES MONTGOMERY

2009年07月25日 23時29分13秒 | JAZZ
 一昨年の今頃だったウェス・モンゴメリーの「テキーラ」を取り上げた時、「このアルバムは曲順にしまりがない、一曲目はやはり「バンビン・オン・サンセット」だ。大分前にこのアルバムの曲順を再構成して、iPodで良く聴いてものだったけれど、あの時もそうしていた。どう構成したか、もう忘れてしまったけれど、今度もう一度やってみようと思う」みたいな趣旨のことを書いたものの、たまに思い出したりはしていたが、すっかり手つかずに終わってしまっていて、今週に入って仕事も一段落したせいか、精神的余裕がでてきたのだろう、ようやく「私家版「テキーラ」って、どんな曲順だったけかなぁ....?」などと、くだんのアルバムを引っ張り出してきているところである。

 で、このそもそも「バンビン・オン・サンセット」をトップにもって来るという構成のアイデアなのだが、あれこれウェス・モンゴメリーのCDを引っ張り出してきて気がついたのだが、このアイデアは私が思いついたのではなく、実は元ネタがあったことが判明した。もちろん、このアルバムである。CD創生期の頃、カタログ豊富な有名アーティストの場合、オリジナル・アルバムをリリースする前にベスト盤を発売するみたいなパターンがよくあったけれど、これはヴァーブ・レーベルのアーティストのベスト盤シリーズ「コンパクト・ジャズ」からシリーズで出たひとつだ(ちなみに、モンゴメリーは売れっ子だったのでバック・カタログが豊富だったのか、このシリーズでもこのアルバムの他に「ブルース編」というのもあった)。

 このアルバムはヴァーブ時代の代表曲が15曲収録されているが、そのトップが「バンビン・オン・サンセット」なのである。私はモンゴメリーの作品というと、実はこのアルバムで概要を知って、その後オリジナル・アルバムを聴くというパターンでリスナー歴を過ごしたので、このアルバムはあまり聴き込んだ記憶もないのだが、それでも、この曲順がよほどすり込まれてしまっていたのだろうと思う。ちなみに、このアルバム、後半1曲目ともいえる8曲目にはご丁寧にも「Tequila」だったりするから、オリジナルの「テキーラ」を聴いた時はA面とB面が逆にはいっているような大きな違和感を感じたのも故なきこととはいえないと思う(ちなみにこれは「ブルース編」でも、全く似たようなことがあるのだが、これについては後日書くこともあると思う)。

さて、私家版「テキーラ」の曲順であるが、これが実は全く思い出せない。何回も聴いているうちに、なんだか、もうオリジナル・アルバムの曲順が一番良いような気がしてきたりもしているのだが(おいおい-笑)、とりあえず、思い出せないというのは、それほどのものでもなかったんだろうと思い、もう一度考えつつ、
新たに再構成しようとしているのだが、どうもうまくいかない。アルバム「テキーラ」の欠点(長所なのかもしれないが)は、全般に薄味でどうもいまひとつ食い足りないところがあるところで、くだんのアルバムだけあれこれ曲順をいじくったところで、どうもいまひとつなところがあったので、この「コンパクト・ウェス・モンゴメリー」から3曲ほど夏向きなボサ・ノヴァ風作品をプラスして、以下のように構成してみたら、それなりにいい感じになった。「曲順なんかになんでそんなに拘るのよ」といえわれるかもしれないけど、私はこだわるのである(笑)。


01. Bumpin' on Sunset
02. Thumb
03. What the World Needs Now Is Love
04. Big Hurt
-05. Shadow of Your Smile (Bumpin'_`65)
-06. Once I Loved (Goin' Out of My Head_65)

01. Tequila
02. Little Child (Daddy Dear)
03. Wives and Lovers
04. Midnight Mood
05. Insensatez (How Insensitive)
-06. Here's That Rainy Day (Bumpin'_`65)

01. Tequila [Alternate Take]
02. Big Hurt [Alternate Take]
03. Bumpin' on Sunset [Alternate Take]
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ダイアナ・クラール/ホエン・アイ・ルック・イン・ユア・アイズ

2009年07月07日 23時30分39秒 | JAZZ
 1999年発表のダイアナ・クラールの出世作。メジャーシーンのことはよく知らないけれど、彼女はこれでもって「ジャズ界の新星」から「大スター」へと羽ばたいたのではないだろうか。音楽的にも前二作で採用したナット・キング・コール・スタイルのドラムレス・ピアノ・トリオから、もっと大向こうに受けるより多彩かつスタンダードな音楽へと変貌しているのが印象的だった。なにしろ1曲目の「Let's Face the Music and Dance」と6曲目の「I've Got You Under My Skin」はゴージャスなオーケストラが帯同したボサノバ・ナンバーであり、やや、通好みというか、マニアックなところがないでもなかった前作までのこのアルバムにはなかった「華」を感じさせるのだ。

 で、この路線は当然のことながら、次のオガーマンを引き連れての「The Look of Love」でもって、最高潮に達する訳だけれど、個人的な好みのせいもあるだろうが、やはり私的には「The Look of Love」が仕上がりがあまりに素晴らしかったせいで、以降、どうもこちらの「When I Look in Your Eyes」の方は、妙に色あせてしまったというか、あまり手を伸ばさなくなってしまっていた。いや、たまに取り出したりはするんだけど、最後まで聴くということがほとんどなくて、「こっちはこっちでいい曲沢山はいっているし、良いアルバムなんだけどなぁ、やっぱ次が良すぎたからかなぁ」とか思ったりしていた訳だ。
 ところが、ここ数日、ウォークマンでちょこちょこ聴きながら、ふと気がついたのだ。またかいといわれそうだけれど、曲順である。もう何度も書いているけれど、私はビートルズの「サージャント・ペパー」なんかで音楽を開眼したクチなので、アルバムというのは決して「曲の寄せ集め」などではなく、すぐに「曲順、構成も含めてアルバム全体で一個の作品として評価すべき」と考えてしまう悪いクセがあって(笑)、このアルバムも「どうも、曲順をなんとかすればもっと聞きやすいものになるんじゃないかと」と考え始めたら、けっこうハマってしまったのだった。

 細かいプロセスは省く、とりあえず再構成したものは以下の通り。狙いとしては前作ラインのドラム・レス・ピアノ・トリオの曲をできるだけ地味なポジションにおいて目立たなくして、逆にオーケストラがはいっているような曲が映えるようにすることである。なにしろオリジナルだと、ボサノバの1曲目が終わるといきなりミッドナイトな「Devil May Care」が始まり、1曲目華やいだムードがすっかり沈んでしまうあたり、違和感大きかったので、そういうのを緩和する感じで再構成してみた。あくまでも個人的にはだが(というか自己満足か-笑)、全体としては次の「The Look of Love」っぽい雰囲気になったような気もしている。そんな訳でこの曲順で聴く「When I Look in Your Eyes」は良い。出先に赴くまでの車中などで、最近愛聴している。


01.Let's Face The Music And Dance (1)
02.Let's Fall In Love (3)
03.The Best Thing For You (11)
04.East Of The Sun (9)
05.Pick Yourself Up (10)
06.When I Look In Your Eyes (4)
07.I Can't Give You Anything But Love (7)

08.I've Got You Under My Skin (6)
09.I'll String Along With You (8)
10.Popsicle Toes (5)
11.Devil May Care (2)
12.Do It Again (12)
13.Why Should I Care (14)
14.P.S. I Love You (13)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

The History of Blue Note / various artists

2009年03月22日 19時29分41秒 | JAZZ
 現在、iTunesStoreでヒットしているジャズ・コンピレーション。私は知人の人に教えてもらって知ったのだが、ブルーノート・レーベル70周年を記念してのもので、ネット配信限定商品としてされたものらしい。構成はごく初期のモノラル音源から、セルニアス・モンク、ソニー・クラーク、アート・ブレイキー、ケニー・バレル、リー・モーガン、ハービー・ハンコックといった黄金時代のメンツから最近ノラ・ジョーンズまで70曲(70周年にひっかけてるのか?)がクロノジカルに収録されている。収録時間は7時間を超えるから、CDにすると6枚組くらいになるだろうか?。ともかくこれで1,500円というのだから、そのお買い得感に思わずポチっと押してしまったという次第である。

 さて、内容だがまさにネット配信向けのものとしかいいようがない。当方ジャズも多少は聴くので、このアルバムに収められた曲が収録されたオリジナル・アルバムは、「クール・ストラッティン」「ミッドナイト・ギター」「処女航海」などなど、思いつく限りでも既に少なからず所有していたりするし、他ならぬわがiTunesにもライブラリ化され終わったりもしているのだが、70曲からの音源をまとめているとなれば話は別だ。そもそもCD6枚組とかいったら、曲へのアクセスが煩瑣だし、仮に収録曲全てをオリジナル・アルバムで持っていたとしても、それらをライブリ化するのはかなり気合がいる作業だろうから、ネット配信向けの商品としては最適な企画だと思う。iTunesStoreでヒットしてるのも、さもありなんである。

 おまけにこれはジャズ・サンプラーとして理想的である。ロック、ポップ系の音楽なら1曲4分とかだから、CD1枚70分でもサンプラーとして十分機能するが、ジャズとかクラシックになると1曲が長いので、CD1枚のサンプラーというのは、楽曲ひとつをフル収録すると、曲が少なすぎてカタログとしてヴァリエーションが寂しいし、途中でフェイドアウトとかしてしまうと、そもそも聴く気がおこらないしで、クラシックやジャズのサンプラーは中途半端なものが多かったように思うのだが、これなら精神衛生上満足感もあるし(笑)、コンピレーションとしての価値もあろうものである。もっともあの曲が入ってない的な不満は、当然出てくるだろうが....(マイルスとキャノンボールの「枯葉」が入ってないとかね-笑)。

 ついでに書くとこのアルバム、DRMフリー、iTunes plusの商品なので、コピーや再生などが基本的に制限がなく、iPodなどへの運用がラクチン、ビットレートは256kbpsで収録されているから、自宅でそれなりのシステムで再生しても、CDに多少劣る程度の音質が期待できるというのもいい(※)。という訳で、繰り返しになるが、良い企画のアルバムである。若い世代にとって音楽のネット配信というのは、別に不自然でもなんでもないだろうが、現在のCDの主たる購買層である中高年といえばなかなかそうもいくまい。そんなオッサン向けにこういう商品が沢山でてくると、音楽のネット配信というのも、世代を超えていよいよ加速度的に普及してくるのではないか。なんてまだ一曲も聴いてないうちに書いてしまった....って、未だ聴いてなかったんかい(笑)。



※ ネットで配信されたソースは回転メディアを通さずコピーされているから、正真正銘、ストレートにデジタル転送したデータともいえる訳で、その分、音質的にも期待できるという人もいるようだ。
コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Joe Beck / DMP Years

2009年02月22日 01時32分50秒 | JAZZ
 ジェフ・ベックを聴いたところでハタと思い出してきいているのが、もうひとりのベックと名がつく私が好きなギタリスト、ジョー・ベックである。ジェフの方が先の映像でもはや時間の止まったかのような現役ぶりを開陳していたのに比べ、ジョー・ベックの方は半年前くらい前に訃報が世界中をかけめぐった。つまり亡くなってしまったのである。その時も何か書こうと思っていたのだけれど、あれやこれで書く機会を逸していて、あれから半年後、久々にゆったりとした週末な今、ちょいと前にiTunesで作ったジョー・ベックのプレイリストを今聴いてるところなので、遅すぎた追悼としてこのプレイリストについて書いてみたい。

 ジョー・ベックは、一般的にはマイルスが最初に雇ったエレクトリック・ギタリストとして有名だし、恐らく同傾向のミュージシャンの間でもかなり高い評価を得た人だと思うのだけれど、不幸なことに「ジョー・ベックといったら、この一作」みたいな代表作がないのだ。せいぜい70年代の作ったKudoの諸作とかがかろうじて知られている作品かもしれないが、これだって大して有名な訳ではない。おそらくこれらの作品によって、彼は「ラリー・コリエルよりもう少しオーセンティックなフュージョン・ギタリスト」みたいに位置づけられていたように予想しているのだけど、そんな彼が80年代中盤から約半ダースに及ぶアルバムをリリースしたDMPレーベルでの作品群は、フュージョン・ギタリストとしてのジョー・ベックとは少しばかり....いや、かなり違う彼の姿が刻印されている。

 長くなるので結論だけいうと、DMP時代の彼の作品はフュージョン風なギタリストからではなく、もっと伝統的でオーソドックスなジャズ・ギタリストとしてのジョー・ベックがよく出ていて、私はこういうジョー・ベックが大好きだった。83年の「Relaxin'」はそういうジョー・ベックを最初に見せた作品であり、84年の「Friends」では、逆にこれまでのフュージョン路線を総決算してみせた作品だったが、その後一作おいて90年の「The Journey」では、本格的にバーニー・ケッセルやケニー・バレルだのの伝統にのっとったオーセンティックなギタリストに脱皮して、重厚な風格を漂わせ始めた作品だったと思う。

 このプレイリストはこのDMP時代の三作から作ったもので、あくまでも個人的には....だが、ジョー・ベックの「ミッドナイト・ギター」という感じで構成した。調度今夜みたいにゆったりとした深夜に聴くには調度いい感じである。ジョー・ベックはその後、日本のヴィーナス・レーベルで、こうした路線の作品を3作残すことになるが、あれこれヴァリエーションを広げたのは彼の器用さ故だったのだろうが、できることならば「夜のストレンジャー」のような正統派の作品をもう1枚くらいは聴いてみたかったと思う。遅くなったが、彼の冥福を祈りたい。



01 Isn't She Lovely (Relaxin' -`83)
02 Belle Touche (Friends -`84)
03 There's Always Time (Friends -`84)

04 Killer Joe (The Journey -`90)
05 Zanzibar (The Journey -`90)
06 Quidado (The Journey -`90)
07 Body & Soul (The Journey -`90)

08 Secret Love (Relaxin' -`83)
09 Skating In Central Park (Friends -`84)
10 Golf Swing (Friends -`84)
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ダイアナ・クラール/フロム・ディス・モーメント・オン

2009年02月16日 01時39分18秒 | JAZZ
 先日、某ネット・ショップのぞいて知ったのだが、3月に出るダイアナ・クラールの新作は超待望のクラウス・オガーマンのアレンジである。なにしろ、彼がかかわった「ルック・オブ・ラブ」は私がこの10年に聴いた様々のアルバムの中では、ベスト3に入る作品だったので、その後出たややコンテンポラリーな「ザ・ガール・イン・ジ・アザー・ルーム」や「クリスマス・アルバム」も悪い出来ではなかったが、やはりオガーマンとのコラボの素晴らしさを知ってしまった後では、いささかくいたりなかったのも確かである。だいたいダイアナ・クラールが好きとかいうと、なんとかのひとつ覚えみたいに「美人女性ヴォーカル」みたいなキーワードで語りたがる人もいるが、私も男だからそういう側面は確かにあることは認めるけれど(笑)、個人的にはダイアナ・クラールといえば、なんといってもオガーマンとのコラボであって、その場合、彼女のルックスというのはあまりカンケーなく、「音楽的な素性の良さ」ということに尽きる....と思っている。まぁ、あくまでも個人的な印象であるが。

 そんな訳で「早くこいこい3月の新作」なのだが、そういえばこの作品を未だ聴いていなかったことを思い出し、今聴いているところである。基本的には前作の「クリスマス・アルバム」と同様、ライブで息のあったクレイトン・ハミルトン・ビッグ・バンドを従えてのスタンダード集となる。「クリスマス・アルバム」ではその性格上、かなりロマンティックでメロディックな要素がフィーチャーされていたけれど、こちらはビッグ・バンド・ジャズという特性を生かした、ライブなノリでダイナミック、ある意味とてもジャジーな仕上がりといえる。また、「ザ・ガール・イン・ジ・アザー・ルーム」で前面に出した、ブルージーさだとか、アーシーな要素も見え隠れしていて、ファンの期待とクラールの音楽的自我を頃合いでバランスしたという仕上がりといってもいいかもしれない。
 そんな訳で、客観的に見て本作出来は決して悪くはない。個人的にもしばらくはウォークマンやカーステレオなど活躍することにもなると思うが、現時点ではやはりちと地味というか、華かない作品という気がしてしまう(余談だが、こういう作品なら、もう少し彼女のピアノをフィーチャーしても良かった)。それもこれもオガーマンとのコラボの出来があまりに素晴らしかったからだ。そうなると、ますます新作に期待が高まってしまうのだが....。
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

キャロル・スローン/バット・ナット・フォー・ミー

2008年10月28日 23時33分30秒 | JAZZ
 80年代後半にCBSソニーが、ニューヨークへ赴き、現地の新旧ジャズ・ボーカリストを起用して「ブラン・ニュー・スタンダード・ボーカル」という、いささかバブリーなシリースを10枚ほど出していて、その中にあったロレツ・アレクサンドリアの「マイ・ワン・アンド・オンリー・ラブ」がお気に入りだった....という話は、しばらく前に書いたけれど、キャロル・スローンをフィーチャーしたこのアルバムもその一枚である。メンツは、ロレツの時と同じくトミー・フラナガン、ジョージ・ムラーツ、アル・フォスターという鉄壁のリズム・セクション。多分、私はこのリズム・セクション目当てに購入してきたと思うのだが、こちらには曲によってフランク・フェスのフルートとテナーが入っている。

 キャロル・スローンは白人の女性ジャズ・ボーカリストだが、彼女の他のアルバムを私は聴いたことがないので、よく分からないところもあるのだが、このアルバム聴く限り、ややおっとりしてクセがなく、ちょい控えめでエレガントなヴォーカルが特徴だと思う。このアルバムは全編ガーシュウィン作品で埋め尽くされているが、ガーシュウィン作品のスムースで流れるような美しさのようなものと彼女のセンスは良くマッチしている。4枚組のガーシュウィン・アルバムで、ありとあらゆるガーシュウイン作品を有無をいわさずに自分の世界に引き寄せてしまったエラ・フィッツジェラルドとはあらゆる意味で対照的な作品といえようか。もっとも、キャロル・スローンのボーカルはエラ・フィツジェラルド的なフェイクとか、スキャットを時折みせるたりするから、系列的にはサラ・ヴォーンとかカーメン・マクレエあたりより、よほどエラ・フィツジェラルドっぽいのだが、なにしろ、あまりに落ち着き払って、シックでエレガントなので、いささか地味に聴こえてしまうのが、まぁ、良くも悪しくも彼女のキャラなのかもしれない。

 まぁ、そういうキャラクターの人なので、曲はミディアム~スローの作品ばかりとなっている。トミー・フラナガン、ジョージ・ムラーツ、アル・フォスターもロレツの時のように彼女に対峙するように小気味良くスウィングするというより、キャロル・スローンに寄り添っているという感じの演奏が多い(スウィングする作品なら「ラブ・ウォークトイン」あたりか)。時折入るフランク・フェスのとつとつとしたソロもそうした印象を倍加している。そういう意味で「エンブレイサブル・ユー」あたりはこのアルバムのハイライトだろうか、「エンブレイサブル・ユー」といえば、聴き飽きたというか耳タコの名曲だろうが、それをバースから丁寧に歌い、しっとりとした歌声でもって、最後まで味わい深く、しばし聴き惚れさせるのはさすがだと思う。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ホワイト・クリスマス/various artists

2007年12月22日 13時29分27秒 | JAZZ
 これもWeekend Classicsのシリーズの一枚。ただし、こちらはクラシック・ソースというよりは、登場するアーティストがマントヴァーニ、ロニー・アルドリッチ、フランク・チャックスフィールドの三者であることからも分かるとおり、イージー・リスニングとして分類されるべきソースを集めている。よくわからないけれど、イギリスではこういうのは広い意味でクラシックに分類されているだろうか。もっともこの三者は、50~60年代にデッカが擁していたアーティストだから、当然そうなるんだろう。あっそっか、ネルソン・リドルはキャピトル、ポール・モーリアはフィリップスで発売されていたけれど、ボストン・ポップスはクラシック扱いだったから、そういう扱いなのかもしれない。まぁ、どうでもいいことだな、そもそも三者の音楽も一律な訳ではないのだし....。

 収録曲はトラッドっぽい曲はあまりなく、クリスマス・スタンダーズと呼びたくなるようなポピュラー・ミュージックばかりが選ばれていて、私の大好きな「ハブ・ユアセルフ・ア・メリー・リトル・クリスマス」「ザ・クリスマス・ソング」もしっかり収められているのはうれしいところ。マントヴァーニは例のカスケーディング・ストリングスがこうしたクリスマス系の音楽によくあっていて、これを購入した20年くらい前の印象だと、いかにも古くさい音に聞こえたものだけれど、時代が巡った今聴くとストリングスの金ぴか感がけっこう新鮮だ。マントヴァーニはイタリア系の人だと思うが、このストリングスはまさにそうしたイタリア人のセンス故のものだと改め感じたりもした。一方、フランク・チャックスフィールドはこの三者の中では一番クラシックっぽく、出てくる音も穏健で当たり障りなく中庸という感じで、2台のピアノをフィーチャーする華麗なスタイルが売りだったロニー・アルドリッチはその調度中間といったところだろう。ちなみに私の好きな2曲はいずれもアルドリッチが演奏している。ともあれ、どれもアメリカ産のイージー・リスニングのような派手ではないが、それなりにメロディックで瀟洒、節度をわきまえた演奏で、このあたり英国らしさを感じないではいらなれない。

 今時、街のデパートに行くと売り場のBGMに流れているのはスムース・ジャズ版のクリスマス・ソングばかりだが、私が子供の頃、つまり昭和40年代のクリスマス・シーズン時のデパートといったら、ジャズ系の音楽というよりこういう音楽が流れてような気がするのだが、どうだったのだろうか。ともあれ、そんな妙に大昔のデパートの売り場にタイムスリップしたような気分にさせてくれる懐かしいアルバムだ。ちなみにマントヴァーニの録音は、さすがデッカ黄金時代の看板アーティストだけあって、今聴いてもデッカのハイファイ感を濃厚に感じさせるリッチな優秀録音だ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

SARAH VAUGHAN / Sings the Mancini

2007年12月03日 23時48分16秒 | JAZZ
 サラ・ヴォーンはエラ・フィッツジェラルドほど網羅的、体系的でもなかったが、ロジャース&ハート、ガーシュウィンなどけっこう作曲家シリースを残している。このアルバムは1964年に録音したヘンリー・マンシーニ集であるが、エラ・フィッツジェラルドはたぶんマンシーニ集を残していないので、けっこう貴重といえるかもしれない。収録曲は極めつきの名曲ばかりである。聴く前はサラ・ヴォーンのアクの強いヴィブラートとマンシーニの流麗なメロディーの組み合わせはどうかとも思っていたが、いやはや、さすがディーヴァ・サラ・ヴォーンというべきなのだろう。マンシーニの優雅な旋律美を損なうことなく、彼女独特の世界にマンシーニを引きこんでしまい、1曲目から豪快にスウィングするラストの「今宵を楽しく」まで、しばし聴きほれてしまう。

 全体に名作「ミスティ」あたりと似たようなポピュラー・ミュージック寄りの雰囲気ではあるが、プロデュースは同じクインシー・ジョーンズなので(アレンジにボブ・ジェームスの顔も見える)、バックのムードも上々である。ただまぁ、さすがに近年にわかに生命力を回復してきた感もあるマンシーニのオリジナル演奏に比べると、アレンジ面ではやや古びてしまった感がなくもない。発表当時からスタンダード入りが確定してしまったような作品、例えば「酒とバラの日々」はファンタスティックなムードを強調し、「シャレード」はシャンソン風、「ムーン・リバー」、ははミディアム・テンポのジャズ・ワルツ風といった具合にオリジナルから多少趣向をかえているが、他はけっこうオリジナル雰囲気に忠実なだけに、多少手を加えたところが古びてしまったような印象もある。ちなみに「バイ・バイ」は「ピーター・ガン」に歌詞をつけて歌っていておもしろい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジョン・アバークロンビー・クアルテット/アーケイド

2007年10月31日 21時09分43秒 | JAZZ
 ジョン・アバークロンビーというと、DMPからでた1984年に出たアンディ・ラバーンの「レキッド・シルバー」というアルバムで、ビル・エヴァンス直系といいたいようなラバーンのピアノに伍して、「ギターのビル・エヴァンス」といいたいようなプレイで、この両者が実に隠微なインタープレイを展開していたのがなにやらすっかり気に入ってしまい、2,3年前だったか、彼のリーダ名義のアルバムを数枚買い込んだことがあるのだが、これはその中でももっとも古い、78年のECMから出た作品である。私は彼の経歴とかを全く知らないのだが、多分、70年代後半にECMから出てきた人なのだろう、この作品は温度感の低いヨーロッパ的な優美さと、耽美的な雰囲気、そして独特の空間的なサウンドといった点で典型的にECMの香りを漂わせた作品だ。

 このアルバムのメンツは、アバークロンビー+ピアノ・トリオというスタイルによるクァルテットで、ピアノはリッチー・バイラーク、ベースがジョージ・ムラーツ、ピーター・ドナルドという布陣になっていて、メンツから薄々分かるとおり、おそらくここで聴ける音楽はアバークロンビー単独というよりは、事実上彼とバイラークの双頭バンドのようなものになっていて、実際、曲もバイラークが持ち込んだものの方が多いくらいくらいである。アバークロンビーのギター・ワークは理知的なセンスに支えられた、角の取れた独特の柔らかい音色が特徴であり、このアルバムでもそのあたりは縦横に発揮されているが、良くも悪しくも、ここではバイラークのやや情緒過多というか、妖しげで耽美的な雰囲気がアルバムの雰囲気を決定づけていて、バイラーク作の「ネプチューン」などという曲を聴くとそれがよく分かる。

 まぁ、なにはともあれ70年代に一世を風靡したECMレーベルだからして、こういう音になるのは、むしろ当然かもしれないが、その後のアバークロンビーの作品からすると、1曲目のタイトルトラックのような、もうすこし音楽主義的なところプレイで突っ走りたかったような本音があったような気もするのだが、2曲目以降は典型はとりあえずECMカラーに染まってみましたというところなのかもしれない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする