孤独の自由と欲張らない実践=頑張らない~楽になるブログ

個人意識丸出しながらも、欲張らない、見栄張らない、頑張らない、無理をしないで楽に生きる実践

愛情や義理人情が人間関係の絆や信頼にもなっていますが、不完全意識だけに裏が必ず出るのです。

2013年08月29日 | Weblog
人間関係の中で優しさ思いやり感謝は必然です。
しかし問題なのは矛盾する不完全意識から出ていることにあります。
然るに表もあれば裏もあるのです。

然るに愛情や義理人情や温情&情けが人間関係の絆や信頼にもなっていますが、その私情が不完全意識から出ている限りその裏が必ず出るのです。
それが裏切りの思いです。

然るに不完全意識が消えて完全意識、然るに宇宙&神の愛意識にならなければその言葉に裏があるわけです。

ゆえに優しさ思いやり感謝の言葉や愛情義理人情の絆や信頼の言葉に偽善&裏が隠れていて当然なのです。
なのに「結果」を求めている人、然るに結果を前もって思惑期待している人にはその言葉に魅せられているのです。

ところで完全意識になれば「そのまま・このまま・あるがまま」ですから、然るに結果形がありません。
然るにそれら結果形を表す言葉も必要なくなります。

だからその完全意識からしてみれば、前もって美味しそうな言葉でもってして思惑期待させておいて、そして自分の都合がいいように動き働いてもらう目論見&皮算用からして使っている事になります。
然るに「海老で鯛を釣る」が如き思惑が隠れているのです。

ところがその思惑通りに事が進まなければ、その期待を裏切った人になったり、また期待を裏切られた結果の人にもなるのです。
すなわち両者に思惑期待の欲絡みがあってのその結果であり、然るに両者共に加害者でもあり被害者の立場でもありますから、然るにお互い様の裏切り関係になります。

然るに海老で鯛を釣り上げる如きの利口な輩もいれば、その美味しそうな海老に惑わされて愚かにも釣り上げられる人がいるのです。
然るに両者共に欲絡みであることは確かです。

だから欲絡みの思惑期待に惑わされないだけの精神力&自信と自力が必要なのですが、然るに他力依存の自力と自信の精神力の弱い人が惑わされているのです。
そしてその弱い者同士が群れ合うことにもなっているのです。
然るに赤信号の横断歩道にも例えられるわけです。

とにかく「結果」に魅せられ惑わされるのもその原因の意識の中に欲が隠れているからです。
然るに「結果じゃないよ心意識だよ」となるわけです。

なのに過去現在未来の結果に執着している人が大勢いるようです。
何たって結果なくしては生きられないと思い違いしているからです。

然るにその一過性の結果を出し続ける自己拡大の人生から一転して、その結果を気にしない生き様に変わったことで新たな人生が始まっているのです。

然るに結果じゃなくしてその原因にして生きるその精神世界を意識した生き方になっているのです。
然るにそれも本物&事実&真実の精神世界を学び知ったその自信からして(何が無くても&何か失うことが有っても)安心安全の心持で生きていけるのです。