あた子の柿畑日記

田舎での日々の生活と趣味のレザークラフトについて

光明岩

2021-06-06 00:56:43 | 山登り・里山歩き
 
 昨日の案内板の写真を拡大して再掲します。
 わたしたちは右端の下の方から ▼の世田山という場所まで登りました。そこから笠松山へ行くにはいったん下ってまた登り、ほぼ平坦に見える尾根の道を行けばいいのです。
 
 


 山なのに木が少ないのは、この辺り一帯が火事で焼けてはげ山になったからなんです。10年以上たって、今はこのくらいに復活しています。
 
 
 世田山から下る道は2本あって、1本が笠松山に通じる道だと言うことは分かっていました。そしてもう1本の道は・・・・ あとで思い出したのですが、遠足の時何人かの子どもと先生が偵察に行って、何もなかったと言って帰って来た道でした。
 わたしたち、すっかり忘れていて、あのときの子どもと同じように偵察に行ってみたのです。するとー
 
 しばらく下ったら階段が現れました。ということは?
 何かある。
 この手すり、根元が腐ってぐらぐらでした。
 
 
 しかし、何もなくてまた眺望が開けました。そしてまた下り坂になっているのでした。
 正面に見えるのが笠松山だと思うのですが

 そこになが~い階段が。

 
 え? あそこを登っていくの?
 そうだと思うけど。
 すごい階段だね。
 はあ~ 階段に弱い私はため息をつきました。
 さっきのあの降り口からあの階段に続くん?
 頂上はどこなんだろ。
 
 と、思いがけず下から年配の女性が登ってきました。といってもわたしたちよりは若そうでしたが。
「こんにちわ」と挨拶しましたが女性はここまで来ず、なんと道に生えているワラビのシダを刈りだしたのです。
 
 「あの人に聞いてみようか。」と、Aさんが声をかけました。やはり階段は笠松山に登るためのもので、階段を上りきったら尾根伝いに右に進んで
 
 
一番高いところに鉄塔がある、そこが頂上だと言うことでした。
 
 
 うわあ、世田山から30分て聞いていたのに、とてもとても30分では行けそうにない距離でした。あの階段にすっかり心が萎えたわたしたちは、笠山までの縦走をあきらめ、下山することにしました。
 
 その女性が草刈りをしていた道を指している標識
 



 これについて聞いてみると、 自分たちがこの岩に行く道を歩きやすくしたのだと言います。ここから歩いて10分。光明岩というなんだかありがたそうな岩に行ってから帰ることにしました。
 
 まだ山火事の跡が残っています。
 
 
 土は粗い小石の混じった、運動場に敷かれている土と同じ土でした。
 観光案内には石灰岩と書かれていました。 とにかく これ、滑りやすいんです。道幅は50㎝もないと思います。気をつけなければ。
 岩へ行くにはさらに下ると言うことなので
 
 所々に咲いていたつつじを見ながら

 
 ワラビを採りたい誘惑にかられながら
 
 
 そしてビーズをばらまいたような小石でいっぱいの下り道を滑りそうになりながら歩きました。
 そして


 
 いきなり現れた巨大岩
 しかし足元はかなり滑りやすく、傾斜の急な下り坂。しばらく行こうかどうしようか迷ったのですが、岩の下に見えている書き物が気になって、ついに下り始めました。
 
 
 

 
 自然の造形ってすばらしい。近くで見る岩はそれはそれは大きくて、人の顔に見えなくもない・・・くちばしの大きな鳥のようでもあり、天狗のようでもあり、見ようによっては不気味なんだけど、「光明岩」という名前のおかげでなんだかありがたいような気がしました。
 どうも、昔は見られなかったらしいのです。やはり先ほどの女性が道を作ってくれたおかげなのでしょうか。
 笠松山へは行けなかったけれど、思いがけずいい物を見られたので満足して帰ることにしました。
 
 笠松山の階段を眺めたところまで帰ってくると、先ほどの女性が階段を上っていくところでした。すごい、作業をして、今から笠松山の頂上へ行くのか・・・・




 女性は一度も立ち止まらず、速度を変えることもなく、ゆっくりと着実に登っていきました。いいところを教えて頂いてありがとうございました。わたしたち、本当に感謝の念を抱きながら見送りました。
 
 ところで、岩の裾に置いてあった書き物ですがー



 「ゆっくりでいいですから、マイペースで登ってこれる自分をほめてあげましょう。お友だちが増えるとなおさらいいですねぇー」
 
 あそこまでたどり着いたわたしたちへのご褒美のような言葉なのでした。
 
 
 
 
コメント (2)
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