川口保 のブログ

1市民として市政を眺めつつ、社会のいろいろな出来事を取り上げています。

阿形寶蔵寺 苦抜観音大祭 行われる

2016-11-06 21:44:01 | 日記
 松阪市阿形町にある英田山寶蔵寺(あがたさん ほうぞうじ)で11月6日「平成28年 苦抜観音秋季大祭」が行われました。寶蔵寺の本堂の北側にある建物に十一面観音が祀られており、生きている人の苦しみを救ってくれる苦抜観音と言われています。この法要は毎年この時期に行われています。

 阿形町には昔、寶蔵寺という京都や奈良にあるような大きなお寺がありました。その場所は今の阿形町から大足町にかけての一帯で、今でも寶蔵寺という地名が残っています。この寺は戦国時代に織田信長の軍勢に追われた長島一揆衆が逃げ込み、信長勢の焼き討ちにあって消滅しました。
 その後元禄時代に4年間ほど再興されたことがもありましたが、廃寺となりました。現在の寺は明治9年に建てられたもので、当時「射和寺」と呼ばれていましたが、平成13年に昔の名前の「寶蔵寺」に改称されました。

 この日は午前10時30分からご詠歌が唱えられ、午後1時から護摩祈願、清流会による獅子舞、最後に来賓挨拶、餅まきがありました。
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松坂城跡解体新書開催される

2016-11-06 05:49:08 | 日記
 松阪市外五曲町の松阪市文化財センター/はにわ館で行われている平成28年はにわ館特別展『氏郷の城と町』の関連行事として、同第3ギャラリーで11月5日、特別展講演会「松坂城跡解体新書」がありました。この講演会では埋蔵文化財や多くの城郭の研究をされている三重県教育委員会の竹田憲治氏によるもので、約60人の市民が聴講しました。

 松坂城跡は平成18年に(財)日本城郭協会主催の日本100名城に選ばれました。この時、選定委員の一人が松阪市で講演をされて、松坂城跡が100名城に選定された理由として
 1、野面積の石垣が素晴らしい
 2、城の縄張り(設計)が素晴らしい
 3、近くに御城番屋敷があること
 4、戦国武将蒲生氏郷が造った城であること
などをあげられた。

 今回の講演会は、大小の石垣を400余「面」としてとらえ、その特徴と作られた年代の推定が述べられた。
 野面積の石垣は古く、石垣の角に細長い石の長辺と短辺を交互に組み入れた算木積は比較的新しく、蒲生氏郷の時代の安土桃山時代に積まれたものから、江戸時代、明治、大正、昭和・平成の時代に積まれたものまであるということで、氏郷の時代に積まれた石垣は天守の周辺だけであるということでした。
 講師の竹田氏が松坂城跡のすべての石垣を写真に撮って、分類されており興味深い講演であった。
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