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南伊豆の「早咲きサクラ」を知っていますか? 伊豆の里山-7

2013-12-14 15:42:16 | 伊豆だより<里山を歩く>

「カワヅザクラ」の来歴や普及過程に関して伊豆農業研究センターに問い合わせたところ,「南伊豆の早咲きサクラ」(村田治重,静岡県農業試験場研究報告42,1997)を紹介された。この論文には,伊豆環境緑化推進協議会が19721973年に実施した調査記録がまとめられている。

この協議会は,伊豆地域の行政・普及・研究の各機関が一体となって伊豆地域の緑を守り育て,特色のある花を素材に地域振興を図る目的で組織されたものだという。時代は,伊豆半島に鉄道が開通(伊豆急行19611210日)してから10年,南伊豆の開発が急速に進んでいた頃のことである。

伊豆環境緑化推進協議会は,自生種の中から「ソメイヨシノ」より開花が早く観賞価値の高いサクラ類の実態調査を行い,目的に沿う7種類(河津桜,湊桜,お吉桜,紅寒桜,大島早生桜,大寒桜,寒桜)を選定し,更にその中から既存の3品種(紅寒桜,大寒桜,寒桜)を除き,既往の桜とは異なる特色をもった4系統に「カワヅザクラ」「ミナトザクラ」「オキチザクラ」「オオシマ早生」と普及上の品種名を付したとある。

 

では,どのような桜なのか? 前述の研究報告から一部を要約して紹介する。

◆カワヅザクラ(河津桜)

開花期は,1973年が1月中旬~2月下旬,1974年が2月上旬~3月上旬(調査地は河津町田中)。開花期間は約1か月と長く,開花期は年により2週間程度の差が見られる。蕾は紅色が強く,満開時の花色は淡紅色。花径は大きく,やや散房花序。出葉は開花末期と開花が優先し,樹姿が開くので開花は見栄えがする。

原木は河津町田中飯田氏宅にある。オオシマザクラとカンヒザクラとの交雑種と推定された(後に,DNA多型解析でも解明)。河津町の「町の木」として大量に植えられた。

◆ミナトザクラ(湊桜)

開花期は,1973年が2月下旬,1974年が3月上旬(調査地は南伊豆町湊)。花色は僅かに淡紅色を帯びた白色,花序は散形,枝の先に群生して開花する。満開時にはガク片の内側が花弁の間にのぞくので,花は赤味を帯びて見える。開花枝からの出葉は落花後,若葉の色は赤色から後に緑となる。

南伊豆町湊の大野氏宅にあったサクラを原木としたが,原木は既になく,原木から挿し木をした木が南伊豆分場に生育しているという。シナミザクラとベニカンザクラの交雑種と推定された。

◆オキチザクラ(お吉桜)

開花時期は3月中旬~下旬(調査地は下田市河内1973),「オオシマ早生」よりやや遅れて開花する。開花と同時に赤褐色の葉芽が伸び,開花初期の樹冠は赤芽が目立つが,満開時には花で埋まり美しい。蕾は淡紅色を帯びるが,満開時の花色はわずかに淡紅色を帯びた白色である。花柄がよく発達し,やや散房花序である。

原木は下田市箕作の小林吉太氏がオオシマザクラの早生種を増殖し,その中から花色が淡紅色を帯びた白色の個体を選抜したものとされる。小林吉太氏は1958年に原木から増殖した三年生苗をお吉が淵に定植し,これが「オキチザクラ」と称されるようになった由来であるという。

私情になるが,「カワヅザクラ」の華やかさも良いが,「オキチザクラ」の優雅さが好きだ。桜には開花だけでなく,散り際の儚さ潔さも人々の心を揺さぶってきた。パッと咲き,サッと散る姿が日本人の心に響くということだろう(「カワヅザクラ」のように開花期間が長くないのでイベント向きではないかも知れない)。

「オキチザクラ」花いっぱい運動が広まることを期待したい。

◆オオシマ早生(大島早生桜)

下田市箕作の小林吉太氏が1920年代に下田市横川の山林から早咲きのオオシマザクラを選抜し,それを19231928年にかけて接ぎ木増殖し,各地に植えたものだという。前述の協議会による調査時点で(1973年),稲梓小学校,旧須原小学校,須崎県道,熱川や下河津及び箕作地区に生育が確認されている。当時,稲梓小学校の桜が最も大木であったことから,これを原木として「オオシマ早生」と命名したと記されている。

筆者の記憶を辿れば,須原小学校の卒業記念写真は満開の桜の木を背景に撮影されていた。当時は桜の名前こそ知らなかったが,美しいサクラだと思った。グラウンドに散る花びらと戯れた想い出が蘇る。あれが「オオシマ早生」だったのか。稲梓中学校へ通うようになって(箕作地区にあった,現診療所の場所),近くにある龍巣院周辺の桜も美しいと思ったが,あれも「オオシマ早生」だったのか。「オキチザクラ」だったのか。

民間育種家小林吉太翁について興味が湧く。早咲きのサクラを広めた翁の功績はもっと称賛されてしかるべきだろう。

◆河津正月(登録番号11556

開花期は12月下旬~1月下旬,花蕾は紫紅色,満開時の花弁は紫紅色,散形花序である。

◆伊豆土肥(登録番号15225

開花期は1月中旬~2月中旬,花蕾は紫紅色,満開時の花弁は淡紫紅色,散房花序である。

伊豆急下田を走り出した「踊り子号」の車窓に見事な桜が眺められるのを数年前から気になっていて,村田さんに「お宅の桜ですか?」と不躾な手紙を差し上げたら,「私のところの桜です」とのお返事と「カワヅザクラ」に関する資料をお送り頂いた。本ブログでは,氏の論文を参照または引用させて頂いた。お礼申し上げる。

村田治重氏の「伊豆の山をピンクに染めたい」との夢は大きく花開いたのではないか。同慶の至りである。


添付:「南伊豆における早咲きサクラの開花特性」南伊豆の早咲きサクラ写真」(出典,静岡県農業試験場研究報告42

参照1)村田治重1997(南伊豆の早咲きサクラ,静岡県農業試験場研究報告42) 2)村田治重ら2012(南伊豆地域における早咲きザクラの探索,増殖,生態解明および観光資源としての利用への貢献,園芸学研究11(4)) 3)飯田宏2003(河津正月,品種登録11556) 4)山田和彦・勝呂信哉2007(伊豆土肥,品種登録15225

 

 関連記事:拙ブログ2013.12.5「カワヅザクラ(河津桜)を育てた人々、伊豆の里山-6」

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