2013年の或る日のこと、帰国したばかりのKさんから電話があり「パラグアイでは最近,大豆の播種期が早くなった」と聞いた。
K氏は,パラグアイ大豆育種研究協力に参画した20年前からずっと同国大豆育種の現場でご苦労され,先月(2013年6月)任期を終え帰国したばかりである。
「以前は11月に播種していたが,最近は9月に大豆を播き始める」
と生産現場の変化を述べ,早播になった理由と問題点を指摘した。
◇後作(大豆収穫後)にトウモロコシを播くようになり,播種期が早まった。
◇中生種から早生種へ品種構成が変化した。
◇中生種のカメムシ被害が増加している。
◇莢先熟が発生し,コンバイン収穫前に除草剤による茎葉枯凋処理を行う生産者がいる。
大豆の播種期が早まっているとの情報は,10年前(2002年3月26日)にアルゼンチンを訪問したときにも聞いた。パラグアイの特異例ではなく,南米大豆作全般の傾向であるのだろう。
農牧省マルコス・フアレス農牧研究所(INTA)ラタンシイ場長(当時)の言葉を思い出す。
「貴方がINTAにいた頃に比べ,播種期が早くなっている。従来の播種適期は11月だったが,現在10月播種になった。そして,品種も早生が多くなっている。湿潤パンパ地帯(特にサンタフェ州からコルドバ州)で作付けされる品種は,かつて熟期Ⅵ~Ⅶ群が主体であったが,近年Ⅲ~Ⅳ群の品種が多くなった。品種改良により早生群でも多収が得られるようになり,播種期が早まったのだろう」
その時の報告書を開いてみると,「パラグアイ大豆研究プロジェクトでも早播き適応性・晩播き適応性品種の育成成果が出た時には,もう一度播種期を見なおす検討をしたら良い」とある(任国外出張実施報告書,2002)。
従来,大豆の播種適期は11月とされた。これは,この時期に雨量が多くなる気象条件や播種期試験の結果に基づき設定されたものである(だが近年,降雨時期が変化したとの見方がある。不耕起栽培により播種期の適応幅が拡大した)。
筆者らが実施した2006/07年の播種期試験では10月下旬~11月上旬が多収で,従来の知見よりは半月ほど早かった(参照-土屋武彦2007:専門家技術情報第4号,パラグアイにおけるダイズ品種の播種期試験2006/07,JICA-MAG)。一方,生産現場ではアルゼンチンから導入されたGMO大豆が早生のため,既に更なる早播化が進行していた。
同じころ,CRIAのプロジェクトではこの現象に対応するため,トウモロコシの前作に適応する早生の多収品種「Guaraní」を発表し(参照-土屋武彦2006:大豆新品種CRIA-4(Guaraní)とCRIA-5(Marangatú)の育成,専門家技術情報 第1号,MAG-JICA),その早播適応性を活かしパラグアイ東部の地帯に普及させようとした。K氏の話では,本品種は数百ヘクタールの規模ではあるが栽培されていると言う。
大豆を早く播くようになった要因は,大豆後作にトウモロコシを導入し有機物還元を図ろうとする考えに基づく。当地の従前栽培体系は大豆連作の継続であることから,地力維持のためにトウモロコシ導入は望ましい方向である(二期作に進むのは望ましくない)。
9月~10月の早播栽培を成功させるためには,早生品種の導入が必須だが,早生品種の収量水準や適応能力の改善が極めて重要になってくる。K氏が指摘した「莢先熟」の問題も,品種改良や総合的な栽培技術改善(栽植密度・栄養生理・病害虫対策)が必要である。技術開発の進展を期待したい。
ちなみに,早生品種は生育期間が短いため晩生品種より少収であるが,人類の歴史の中には早生品種の収量水準向上を実現した事例は数多くある。ここでは北海道の大豆について触れよう。例えば,「十勝長葉」から「北見白」「キタムスメ」,「トヨスズ」から「トヨムスメ」「トヨコマチ」「ユキホマレ」など最近の品種変遷をみても明らかである。
育種の評価は,画期的な大品種を称賛するにとどまらず,一歩ずつ着実に前進して蓄積されること,すなわち継続性の成果をこそ見るべきでないか。
なお,播種期試験と新品種「Guaraní」については,当ブログ「パラグアイにおける大豆品種播種期試験(2011年6月8日),「パラグアイ大豆,4粒莢の多い早生品種Guaraní(2011年7月16日)に記載している。
播種期と大豆収量(パラグアイ)