豆の育種のマメな話

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北海道のあお豆(大袖振大豆),品種の変遷

2012-02-02 10:49:05 | 北海道の豆<豆の育種のマメな話>

北海道では古くから,子実の種皮色が黄緑色の大豆(あお豆)が栽培されていた。品種を区別するとき,種皮色が「緑」「黄緑」と表記される品種群である。詳細に観察すると,種皮色は「黄色地に緑色が子実の腹部から鞍掛状に覆い,全体としては黄緑色を呈する」ことに気づく。また,緑色の発現にも若干の強弱がある。これら品種群は,一般に「袖振」「大袖振」として流通している。何故「袖振」と呼んだのか,由来は定かでない。

明治から大正にかけて,「小袖振」「早生袖振」「早生袖振枝豆」「吉岡中粒」と呼ばれる早生品種,「青白」「大袖振」「吉岡大粒」と呼ばれる中生品種が,道東や道北地方を中心に子実用または枝豆用として広く栽培されていた。いずれも来歴不明な在来種である。

 

これらの中で,最初に北海道の優良品種に登録されたのは「吉岡大粒」(本第2065号)である。北海道農事試験場本場が1912年(大正1)夕張郡由仁村古山の松浦某より取り寄せたもので,品種比較試験の結果1914年(大正3)優良品種に登録している。また,当時「吉岡中粒」(十支第8191号,短茎の極早生種)が,根室や宗谷地方で主として枝豆用に栽培されていたとの記録がある。

 

北海道立農業試験場北見支場は,1951年(昭和26)に収集した手塩産の在来種から,早熟多収な「早生緑」(北支4014号)を系統選抜し,1954年(昭和29)優良品種に決定した。「早生緑」は,早熟で作りやすいことから農家に好まれ,大袖振銘柄の主流品種として長く活躍した。本品種は種苗業者や加工業者からの評価も高く,多くの業者がこの品種を基にして「早生緑」系の枝豆用品種を開発した。今でも「早生緑」の血を引く多くの品種が販売されている。

 

また,北海道立農業試験場十勝支場は1957年(昭和32)十勝管内の在来種1,200点を収集した中から,帯広市川西町南基松の農家清水清が栽培していた「大袖振大豆」を,品種比較試験の結果「アサミドリ」として1962年(昭和37)優良品種に決定した。本品種は,収量性や品質で「早生緑」に優ったが,耐倒伏性が劣ったため栽培は伸びなかった。

 

一方,十勝地方の音更町を中心に1950年(昭和25)頃から栽培されていた「音更大袖」は,冷害年の早熟安定性が評価され急速に普及し,1985年(昭和60)には900haの普及をみた。北海道立十勝農業試験場では道内関係機関の調査を経て,1991年(平成3)優良品種に登録した。

 

冷凍技術の進歩にともない冷凍枝豆の流通が増加すると,枝豆用として白毛品種が求められるようになった(褐毛は汚れにみえる)。北海道立十勝農業試験場では,「十育186号」(臍色が黒のあお豆系統)を母,「トヨスズ」(臍色が黄でダイズシストセンチュウ抵抗性強の黄大豆)を父とする人工交配を行い,1992年(平成4)「大袖の舞」を開発した(参照:土屋武彦「豆の育種のマメな話」など)。初の交配育成品種。現在,「大袖の舞」はJA中札内ほか各地で,枝豆用等で好評を博している。

 

なお,北海道あお豆の栽培は現在5001,500haで推移している。

 

もう一つ北海道には,種皮色だけでなく子実の中(子葉)まで緑の品種群がある。「青豆」「緑豆」「青」「黄粉豆」などと呼ばれる在来種であるが,異名同種,同名異種のものも多い。緑色の「きな粉」として商品化している事例もあるが,優良品種に登録されたものはない。育種技術の手が入っていない品種群,興味をそそられる対象ではないか。

 

 参照:1) 砂田喜與志,土屋武彦1991「北海道における豆類の品種」日本豆類基金協会 2) 土屋武彦2000「豆の育種のマメな話」北海道協同組合通信社

   

 

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