竹取翁と万葉集のお勉強

楽しく自由に万葉集を楽しんでいるブログです。
初めてのお人でも、それなりのお人でも、楽しめると思います。

万葉集 集歌1403から集歌1407まで

2021年01月22日 | 新訓 万葉集
旋頭謌
標訓 旋頭謌(せどうか)
集歌一四〇三 
原文 三幣帛取 神之祝我 鎮齊杉原 燎木伐 殆之國 手斧所取奴
訓読 御幣帛(みぬさ)取り神(みわ)し祝(ほふり)が斎(いは)ふ杉原(すぎはら) 薪(たきぎ)伐(き)り殆(ほとほと)しくに手斧(てをの)取らえぬ
私訳 立派な幣帛を手に取って三輪の神官が祭る杉原よ。薪伐りの人は、神官に見つかって、もう少しのところで手斧を取られるところであった。

挽謌 雑歌
標訓 挽謌(ばんか) 雑歌(ざふか)
集歌一四〇四 
原文 鏡成 吾見之君乎 阿婆乃野之 花橘之 珠尓拾都
訓読 鏡なす吾が見し君を阿婆(あば)の野し花橘し珠に拾(ひり)ひつ
私訳 鏡のように私が見つめていた貴女を、阿婆の野の花咲く橘の珠のような、その芳しい霊(たま)を心に思い浮かべる。

集歌一四〇五 
原文 蜻野叨 人之懸者 朝蒔 君之所思而 嗟齒不病
訓読 蜻蛉野(あきつの)と人し懸(か)くれば朝(あさ)蒔(ま)きし君し思ほえて嘆(なげ)きはやまず
私訳 「あの秋津野」と人が口に出すと、朝、野に遺骨を撒いた貴女のことが思い出されて、悲しみは尽きない。

集歌一四〇六 
原文 秋津野尓 朝居雲之 失去者 前裳今裳 無人所念
訓読 秋津野(あきつの)に朝居(あさゐ)し雲し失(う)せゆけば昨日(きのふ)も今日(けふ)も亡(な)き人念(おも)ほゆ
私訳 秋津野に、朝、棚引く雲が消え失せていくと、昨日も今日も亡くなった人を思い出します。

集歌一四〇七 
原文 隠口乃 泊瀬山尓 霞立 棚引雲者 妹尓鴨在武
訓読 隠口(こもくり)の泊瀬(はつせ)し山に霞立ち棚引く雲は妹にかもあらむ
私訳 人が隠れるという隠口の泊瀬の山に霞が立っている。その棚引く雲は貴女なのでしょうか。
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万葉集 集歌1398から集歌1402まで

2021年01月21日 | 新訓 万葉集
寄船
標訓 船に寄せる
集歌一三九八 
原文 神樂聲浪乃 四賀津之浦能 船乗尓 乗西意 常不所忘
訓読 楽浪(ささなみ)の志賀津し浦の船乗りに乗りにし心(こころ)常(つね)忘(わす)らえず
私訳 楽浪の志賀の海の湊で船に乗り込むように、私の心に乗り込んだ貴女の気持ちを何時も忘れられない。

集歌一三九九 
原文 百傳 八十之嶋廻乎 榜船尓 乗西情 忘不得裳
訓読 百(もも)伝(つた)ふ八十(やそ)し島廻(しまみ)を榜(こ)ぐ船に乗りにし情(こころ)忘れかねつも
私訳 百につながる八十、そのたくさんの島々を操り進む船に乗るように、私の心に乗り込んだ貴女の気持ちを忘れることが出来ない。

集歌一四〇〇 
原文 嶋傳 足速乃小舟 風守 年者也經南 相常齒無二
訓読 島伝ふ足(あし)速(はや)の小舟(をふね)風守り年はや経なむ逢ふとはなしに
私訳 島を伝って行く船足の速い小舟のように風の様子をうかがって、年はむなしく過ぎしまうのだろう。遠くから見守るだけで、貴女に逢うことはなくて。

集歌一四〇一 
原文 水霧相 奥津小嶋尓 風乎疾見 船縁金都 心者念杼
訓読 水(みな)霧(き)らふ沖つ小島に風を疾(いた)み船寄せかねつ心は念(おも)へど
私訳 霧雨にかすむ沖の小島に風が激しいので船を寄せることが出来なかった。心には貴女に逢うことを願ったのだけど。

集歌一四〇二 
原文 殊放者 奥従酒甞 湊自 邊著經時尓 可放鬼香
訓読 こと放(さ)けば沖ゆ放(さ)けなむ湊(みなと)より辺(へ)著(つ)かふ時に放(さ)くべきものか
私訳 特別に遠ざけるなら、沖で遠ざけてください。湊に入って岸辺に着こうとする時に遠ざけるものでしょうか。

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万葉集 集歌1393から集歌1397まで

2021年01月20日 | 新訓 万葉集
集歌一三九三 
原文 豊國之 間之濱邊之 愛子地 真直之有者 何如将嘆
訓読 豊国(とよくに)し間(ひま)し浜辺(はまへ)し真砂子(まなこ)土(つち)真直(まなほ)しあらば何か嘆かむ
私訳 豊国にある静かな浜辺の真砂子の土、その愛しい貴女よ。貴女の気持ちが私にまっすぐであればどうして嘆くことがあるでしょう。
注意 原文の「間之濱邊之」は標準解釈では「聞之濱邊之」と校訂して「企救の浜辺の」と訓じます。ここでは原文の「間」の漢字の意味を尊重して、そのままに訓じています。

寄藻
標訓 藻に寄せたる
集歌一三九四 
原文 塩満者 入流礒之 草有哉 見良久少 戀良久乃太寸
訓読 潮満てば入りぬる礒し草なれや見らく少く恋ふらくの多(た)き
私訳 潮が満ちると水中に入ってしまう磯の海草なのでしょうか、出会うことが少なく、恋い慕うことが多い。

集歌一三九五 
原文 奥浪 依流荒礒之 名告藻者 心中尓 疾跡成有
訓読 沖つ浪寄する荒礒(ありそ)し名告藻(なのりそ)は心しうちに疾(やまひ)となれり
私訳 沖に立つ浪が打ち寄せる荒磯に生える名告藻。その言葉のように貴方は名を告げました(=愛の告白)。それは私の心の内に悩みとなりました。

集歌一三九六 
原文 紫之 名高浦乃 名告藻之 於礒将靡 時待吾乎
訓読 紫(むらさき)し名高(なたか)し浦の名告藻(なのりそ)し礒に靡かむ時待つ吾を
私訳 紫の高貴な色の名が高い。その言葉のひびきのような名高の入り江の名告藻が磯で打ち靡く、その言葉のように私の名を告げた貴女が私に打ち靡く時を待つ私です。

集歌一三九七 
原文 荒礒超 浪者恐 然為蟹 海之玉藻之 憎者不有手
訓読 荒礒(ありそ)越す浪は恐(かしこ)ししかすがに海し玉藻し憎(にく)くはあらずて
私訳 荒磯を越していく浪は恐ろしい(=娘を見守る母親)。だからと云って、海の美しい藻が憎いのではありません。

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万葉集 集歌1388から集歌1392まで

2021年01月19日 | 新訓 万葉集
集歌一三八八 
原文 石灑 岸之浦廻尓 縁浪 邊尓来依者香 言之将繁
訓読 石(いは)灑(そそ)く岸し浦廻(うらみ)に寄する浪(なみ)辺(へ)に来寄らばか言(こと)し繁(しげ)けむ
私訳 岩に水が飛び散る岸の浦辺に打ち寄せる浪、その浪のように貴女のそばに近づき寄ったら、きっと、噂話が激しく立つでしょう。

集歌一三八九 
原文 礒之浦尓 来依白浪 反乍 過不勝者 雉尓絶多倍
訓読 礒し浦に来寄る白浪反(かへ)りつつ過ぎかてなくは雉にたゆたへ
私訳 磯の入り江に寄せ来る白浪が打ち返すように、何度も振り返りながら通り過ぎて行けないのは、焼野の雉のように激しく気を引かれてためらっているから。
注意 原文の「雉尓絶多倍」は、標準解釈では「誰尓絶多倍」と校訂して「誰にたゆたへ」と訓じますが、ここでは原文のままに訓じています。なお、慣用句「焼野の雉子、夜の鶴」が奈良時代に使われていたかは不安です。

集歌一三九〇 
原文 淡海之海 浪恐登 風守 年者也将經去 榜者無二
訓読 淡海(あふみ)し海(み)浪(なみ)恐(かしこ)みと風守り年はや経なむ榜(こ)ぐとはなしに
私訳 近江の海の浪が恐ろしいと風の様子をうかがって、今年はもう過ぎて行く。船を操り船出することをしない間に。

集歌一三九一 
原文 朝奈藝尓 来依白浪 欲見 吾雖為 風許増不令依
訓読 朝凪に来寄る白浪見まく欲(ほ)り吾(われ)はすれども風こそ寄せね
私訳 朝凪に打ち寄せ来る白波を眺めたいと私は願うけど、風だけは吹き寄せないでくれ。

寄浦沙
標訓 浦の沙に寄せたる
集歌一三九二 
原文 紫之 名高浦之 愛子地 袖耳觸而 不寐香将成
訓読 紫(むらさき)し名高(なたか)し浦し真砂子(まなこ)土(つち)袖のみ触れて寝(ね)ずかなりなむ
私訳 紫の高貴な色として名が高い、その言葉のひびきのような名高の入り江の真砂子の土、その愛しい貴女の袖だけを触れ合わすだけで共寝をしないで終わるのだろうか。

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万葉集 集歌1383まで集歌1387まで

2021年01月18日 | 新訓 万葉集
集歌一三八三 
原文 名毛伎世婆 人可知見 山川之 瀧情乎 塞敢与有鴨
訓読 嘆(なげ)きせば人知りぬべみ山川し激(たぎ)つ情(こころ)を塞(せ)かへてあるかも
私訳 この心境を嘆いたなら人はきっと気づくでしょう、山の川のような激しい恋心を心の内に堰き止めているのです。

集歌一三八四 
原文 水隠尓 氣衝餘 早川之 瀬者立友 人二将言八方
訓読 水隠(みこも)りに息衝(いきつ)きあまり早川し瀬には立つとも人に言はめやも
私訳 潜水して呼吸を継ぎに息を激しく吐き出すほどの激しい早川の瀬には立ったとしても(=窮地に立つ)、人には語らないでください。

寄埋木
標訓 埋れ木に寄せる
集歌一三八五 
原文 真鉇持 弓削河原之 埋木之 不可顕 事等不有君
訓読 真鉋(まかな)持ち弓削(ゆげ)し川原し埋木(うもれぎ)し顕(あらは)れがたき事にあらなくに
私訳 立派な鉋を持って弓を削る、その言葉の本来の意味のような弓削の川原の埋木のように、表に現れないで済みそうな事ではないのに。
注意 原文の「真鉇持弓削河原之」の「鉇」は埋木を意味する言葉ですから、歌を木簡などに墨書して回覧することで初めて了解可能となる表現方法です。

寄海
標訓 海に寄せる
集歌一三八六 
原文 大船尓 真梶繁貫 水手出去之 奥将深 潮者干去友
訓読 大船に真梶(まかぢ)繁(しじ)貫(ぬ)き水手(かこ)出(い)なし沖つ深けむ潮は干(ひ)ぬとも
私訳 大船に立派な梶を刺し貫いて水夫たちが出航していった。沖はきっと大船に相応しく深いのでしょう。潮は引いていても。

集歌一三八七 
原文 伏超従 去益物乎 間守尓 所打沾 浪不數為而
訓読 伏超(ふせこえ)ゆ行かましものを守らひに打ち濡らさえぬ浪数(よ)まずして
私訳 伏超から行けばよかったのに、浪間を見計らっている間に波に打ち濡らされてしまった。浪を十分に考慮しなくて。

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